再会
「どうした、リチャード?」
突然、窓の外を眺めながら黙り始めたリチャード。過去の記憶に思いをはせていたのかもしれない。
「あ、ああ、わりーな」
まるで夢から覚めたかのように、火炎将軍は瞬きをした。
「俺たちは皇帝の協力を得て、竜装機兵を完成させた。その力で戦争を制し、こうして今も世界を支配してるっつーことだ」
「王国側が勝ったってことなんだよな? だったらどうして、神話で俺やお前が悪人扱いされてるんだ?」
アーク教団が唱える神話。すなわち、俺やリチャードが邪神として悪役扱いされている話は、王国の勝利と矛盾している。なぜ勝利した人間たちが悪のレッテルを張られているのか?
「それが俺たちと皇帝との約束だったからだ」
と、俺の疑問にリチャードが応える。
「俺たちは世界を支配する権利を、皇帝は架空の物語で自分たちが称えられることを、それぞれ望んだ結果だ。皇帝の奴は改造手術を受けなかったから、別に反故にしてもよかったんだがよぉ。まぁ、その辺は誠実な女王陛下の指示もあって、結局そうしようっつーことになった」
「じゃあ、当時の皇帝はもう生きていないのか?」
「竜装機兵は魔力を使って操縦する。奴や大臣は微量の魔力しかもってねーから、改造手術は行われなかったぜ。普通に死んだ」
皇帝は死んだのか。
皮肉なものだな。帝国の名を残し、遺産ともいえる竜装機兵が支配するこの世界で、当の皇帝が生きていないだなんて。
「どうして、帝国の名前を残したんだ?」
「結局、占領したのはマキナマキア帝国の国民だ。俺たちがどれだけ強くても、また反乱を起こされたら厄介だ。どっかで妥協しねーとな、アメとムチってやつよ」
だいたい分かってきた。
それは敵国であるグリモア王国が、旧帝国民を正常に支配するための仕組み。もっとも、魔法も機械も存在しない今の時代では、その意義は薄まってしまっているようだがな。
そう……か。
やっと理解した。なぜこの地にグリモア王国が残っていなかったのか。変な神話がまかり通っているのか。
皇帝の望みと世界の円滑な支配。そのためだけの……世界体勢。
「で、邪竜に世界がほろぼされるから、アーク教団の教義に従う人間をここに集めたってことか」
「あ……ああ……」
リチャードは歯切れの悪い様子で頷いた。
理屈は通っている。
でも俺は知っている。この世界に孕んだ大きな矛盾を。それゆえに歪んでしまった、この世界を。
この男は……本当に何も知らないのか? そうなのだとしたら、軽く怒りすらこみあげてきてしまう。
俺はテーブルを叩いた。
「お前たちは自分が何をしているか分かってるのか!」
リチャードが頭痛を抑えるかのように額へと手を添えた。ひょっとすると、本人も俺が何を言いたいのか気がついているのかもしれない。
「アーク神の教えに従う善良な民を集める、ってか? これのどこがおかしいと思う?」
「あいつらは屑だっ! お前は知っているのか? あそこにいたオールヴィ州の枢機卿は、信仰を理由にいろいろな人間から金をむしり取っていた。その配下の〈邪法使い〉たちは、魔法を使って一般市民を脅していた。こんなことが許されるのかっ! あいつらがお前たちの言う、『平和』と『平等』を愛する慈悲深い人間だっていうのかっ!」
「カイ、俺の言うことを聞いてくれ」
リチャードが俺の肩を掴んだ。強い力と真剣なその瞳に、一瞬ではあるが俺は気圧されてしまう。
「『俺たち』は分かっている。そうだ、全部お前の言う通りだ。ここにいる人間は屑だ。いや、違うな。結局人間ってやつぁ、自分のことしか考えてねーのさ。だから家族や金を優先して、どうでもいい奴をここに連れてくる。教団の教義なんてあってないようなもんだ」
「だったらどうして――」
「だから俺たちは、お前を……」
と、そこでリチャードは言葉を切った。背後から忍び寄る気配を感じ取り、口をつぐんだのだ。
かつん、かつん、と響いてくる足音。部屋の外から聞こえてくるその音に、かすかな緊張が生まれる。
リチャードは冷や汗をかいているようにすら見える。一体、この足音の主は……。
部屋の前で足音が止まった。どうやら、件の人物はドアの前に立っているらしい。その扉が、ゆっくりと開かれる。
「カイっ!」
一人の少女が、突然俺に抱きついた。陽光によってきらきらと輝く銀髪をなびかせ、背中に羽を生やした彼女の名は……そう……。
俺は、気がつけば体を震わせていた。感動のあまり、目から涙が漏れ出てしまいそうだった。
「…………」
言葉が出なかった。真に心を動かされたとき、人間は……声すらも失ってしまうのだと理解してしまう。
俺は何かを言おうとした。そのつもりで口を開いた。でも何も言葉が出てこなくて、まるで金魚が餌を求めているのようにパクパクと口を動かすだけだった。
落ち着かなければならない。感情で、心が爆発してしまうそうだ。
冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせていたちょうどその時、こつん、と俺の胸当てに彼女の額が当てられた。
「お前の胸当ては、やっぱり冷たくて気持ちがいいな」
「お久しぶりです、エミーリア女王陛下。本当に……懐かしい」
俺は、この時をどれほど夢見たことだろうか。もう、絶対に叶うはずのない幻であると決めつけてすらいた。
グリモア王国女王、エミーリア・ケンプファルト。我が愛しの女王陛下。
五〇〇〇年の時を経て、俺たちは再会した。
読んでくださってありがとうございます。
やっとエミーリア登場。
ここまでほんっっと長かったです。
回想挟みながら、この回はいつになるのかとずっと考えてた。
その回がやっときた。




