皇帝の提案
竜装機兵で世界を制す、とマキナマキア皇帝は主張した。
リチャードは前に出た。今や正常な判断力を失っている女王陛下に代わり、この男の相手をしなければならない。
「おいおい、竜装機兵は帝国の兵器だぜ? この国で誰がそいつを作るんだ?」
「余が作る」
帝国皇帝は帝国一の技術者である。確かに、彼の実力をもってすれば竜装機兵は作れるかもしれない。しかし――
「間に合うのか?」
「半年……いや三か月あれば問題ない」
「ああーっと、いや、仮に間に合ったとしても、同格の竜装機兵が攻めてきているこの状況で、一体や二体作り上げることに意味があるのか?」
「あれは未完成なのだ。魔力を持つ人間が内部で操縦してこそ、あの兵器はもっと強い力を発揮することができる。勝てるのだ奴らにっ!」
ばんっ、と床に書類を叩き付けた皇帝。その紙には、羽の生えた人間が描かれている。
「すでに構想は完成している。魔法使いの体を改造し、竜の死体と親和性を持たせる。魔法と竜のブレスを合わせれば、旧式の竜装機兵など足元にも及ばない攻撃が可能になるのだっ!」
「おいおいおい、体を改造するってか? 俺たちの体を弄るのか?」
リチャードは息をのんだ。彼の主張はあまりに飛躍しすぎており、そう簡単に受け入れられるものではない。
そもそも、この皇帝とはこれまでずっと敵だったのだ。体の改造など、安易に受けいれられるわけがない。何かよからぬことを考えているのではないと疑ってしまう。
「そう蔑むこともない。寿命による死を失い、肉体は老いを忘れる。不老不死の体に生まれ変わるのだっ!」
「……カイに、会えるのか?」
いつの間にか泣き止んでいた女王が、皇帝の言葉に食いついた。
「不老不死の体。七〇〇〇年後に転生する、カイに……カイに……」
「陛下っ! お気を確かにっ!」
「煩いっ!」
エミーリアは雷の魔法を使い、リチャードをけん制した。手にわずかながらしびれが残っている。
「もううんざりだっ! 私はどうしてこんな戦争をしているっ! その力でこの戦争を終わらせることができるのなら、それで何もかも解決じゃないかっ!」
「余と同じ境遇に置かれた女王陛下であれば、必ずや賛同していただけると思っていた」
皇帝は笑う。国を追われ、惨めにも亡命の生活を送っている彼が笑みを浮かべている姿を見たのはこれが初めてだった。
「竜の死体を用意して頂きたい。なるべく強い竜を。強力な竜であれば竜装機兵の力も増します」
「……ちっ」
リチャードは舌打ちした。どうやら、この竜装機兵を作るという流れはすでに決定してしまったらしい。
戦争を終わらせられなかった責任は、少なからず将軍であるリチャードにも存在する。ならばこの件に協力し国を救うことは、自分にとって当然の仕事だろう。
「オーケー、分かったぜ。国境付近に転がってる竜の死体を持ってきてやる。それでいいんだな?」
「……待て」
エミーリアがリチャードを止めた。
「……そもそもあいつらがもっとしっかりしていれば、カイは転生しなくて済んだんだ。そうだ、あいつらも同罪だ。……死んでしまえばいいんだ」
「……へ、陛下?」
暗い影が差す女王陛下を見て、リチャードは身震いを覚えてしまった。王国軍人として戦争に明け暮れ、幾度となく死地を渡り歩いた自分ではあるが、このような少女に恐れを抱いたのは……初めてだった。
「リチャード、火竜王を召喚して殺すんだ。その死体を使えば、もっと強い竜装機兵が得られる」
「……は?」
リチャードは冷や汗をかいていた。慈愛に溢れる女王陛下とは思えない発言に、一瞬ではあるが意識が飛んでしまっていた。
「お、おい、エミーリア様。気を確かに……」
「……そうだな、すまない。お前は火竜王と仲が良かったからな。火竜王は私が殺すから、お前は私が召喚した雷竜王を……」
「落ち着けってっ!」
女王を諫めようとしていたリチャードだったが、横やりが入る。大臣が腕を掴んだのだ。
「り、リチャード将軍。私は間違っていた。しかし今度は間違えない。この戦争を終わらせることができるなら、皇帝の提案を受け入れるべきではないのか?」
「なっ……」
リチャードは大臣を振り払おうととその腕に力を籠めようとした。だが、いざ事に及ぼうとすると……どうしても体が動かせない。
大臣の言う通りなのだ。
そもそも、力及ばずこの国を窮地に追いやり、友人であったカイを転生に追いやってしまったのは将軍にも責任がある。今更善人ぶって説教することなど……お門違いなのかもしれない。
そもそも、女王がリチャードの言葉に耳を傾けてくれるかどうか怪しい。今、彼女の心を静めることができる者がいたとすれば、それは……。
「さあ、リチャード。雷竜王を召喚するぞ。準備してくれ。これで……カイに会える……、ふ……ふふ」
エミーリアが笑った。その狂気を孕んだ声は、まるで壊れた機械人形。リチャードは戦慄を覚えるのだった。
火炎将軍に逃げ場はなかった。
「民や家臣に踊らされ、望みもしない戦争を続けてきた……我ら。この強大な力で世界に復讐を……くくく」
皇帝の笑い声が、玉座の間に響き渡った。
こうして、グリモア王国の将軍たちは次々と改造手術を受けた。召喚竜をその手にかけ、竜たちの怨嗟の悲鳴を胸に、最強の力を手に入れた。
グリモア王国は戦争に勝利し、マキナマキア帝国、そしてその反乱後に作られた共和国も完全に解体された。
世界は……エミーリアを頂点とする統一帝国へと生まれ変わったのだ。
読んでくださってありがとうございます。
ここで回想編終了。
ってこれ、本当は前話と前の前の話で一話にまとめるはずだった。
無謀すぎたか。




