火炎将軍の昔話
俺たちはリチャード将軍に連れられ、客室として使われている一室へとやってきた。豪華な調度品に彩られたその部屋は、王国の財力を体現していると言っても過言ではないだろう。
火炎将軍リチャードが、天使長。その事実は驚きではあったが、まったく予想していないわけではなかった。
邪神であったカール将軍が天使だったのだ。その仲間である天使長ともなれば、俺と同じ邪神格のリチャードが最もふさわしい。
天使長、というからには天使たちの長なのだろう。つまりアーク神傘下の天使たちの中で一番偉い人物、ということか。
かつてのグリモア王国において、俺に次ぐ戦果をあげていたリチャード将軍。俺が転生した後は、実質的な軍事部門のトップだったはずだ。
俺は椅子に座る。警戒のためか、クラリッサたちは立ったままだ。
「五〇〇〇年ぶりか、リチャード」
「おうよ、本当に懐かしいなぁおい」
薄く笑い合う俺たち。だが二人とも、その心までは笑っていない。俺も向こうも、様々な思惑と感情の中で接し合っているはずなのだから。
「五〇〇〇年? カイ、何言ってるの?」
「邪神殿、そのお方は知り合いなのか?」
と、クラリッサとパティから質問が入る。転生の話を詳しく話していなかったから、これは当然か。
そうだな。ここまで来たんだから、もうそろそろ話をしてもいいだろう。
「実は、俺は……転生者なんだ」
と、言った。
しかし、テレーザ以外は『転生』という言葉に秘められた意味を理解していないように思える。もっと詳しく説明しなければ。
「転生? 何よそれ」
「死んだときの記憶や経験を引き継いで生まれ変わることだ。ま、まあ……大昔の記憶と技術を持っている人間が俺、って思ってくれれば間違えじゃないと思う」
「そうね……そうよね」
半信半疑、といった様子だがとりあえずは納得してくれたらしい。クラリッサたちは引き下がった。
現代の常識では考えられないような魔法使いである俺。その力が、この荒唐無稽な主張に説得力を与えているのかもしれない。
俺はリチャード将軍の翼を見た。
炎のように赤い翼は、おそらく火竜を材料に作られたものだろう。彼の身分を鑑みるに、操縦する竜装機兵は……。
「お前、火竜王の竜装機兵に乗ってるのか?」
「ん、ああ、そうだぜ。まぁ俺ぐらいになると、あんな機械に乗らねぇ方が強いからな、全然使ってねーわ」
「火竜王の死体か。お前、あんなに仲が良かったのに……」
「…………」
リチャードが黙りこんだ。
あまりこの手の話題を振るのはよくないみたいだな。
もちろん、文句を言いたい気持ちではあるし、あとでたっぷり言ってやるつもりだ。だが、こうして黙られては必要な情報を得ることができない。
今の俺に必要なのは、こいつから情報を引きずり出すことだ。
「それで、俺がいないくなった後の王国はどうなったんだ? 転生テロの件まではハワードから聞いたんだが……」
「その話か」
リチャードは苦虫をつぶしたような顔をしている。あまり気持ちの良い話は期待できないだろうな。
「ハワードが持って帰った竜の死体をもとに、帝国は三体の竜装機兵を完成させた」
「土産に持って帰った死体のせいで、お役目ご免とはな。俺としては墓穴を掘ったようなものだ」
俺が箱の中に入れていたハワードの首が喋りだす。俺は手に持っていた彼の箱を机に置いた。
「うおっ、お前……生きてたのかよ」
首から上だけになったハワードを見て驚くリチャード。どうやら、彼がもう破壊されてしまったと思っていたらしい。
「ふっ、天使長。お前が何を企んでいるかは知らないが、今の俺はこの通り何もできない。さっさと話を続けるんだな」
だいぶ天使長に対して怒り狂っていたような記憶があるんだが、ハワードは存外おとなしいように見える。このあたりの心の切り替えこそ、彼が機械であること最もよく表しているのかもしれない。
「帝国は、その時点で王国を制圧するだけの力を手に入れていた。あと少し、早く竜装機兵を完成させていたとすれば、あの戦争の結果は変わっていたかもしれねえな」
「そこまで俺たちの国が追い詰められていたなら、いつその兵器が完成しても結果は変わらないように思えるんだが」
「反乱だ」
と、短く言葉を切るリチャード。俺はその言葉を、一瞬理解することができなかった。
「転生テロの一件で、皇帝に対する不信感が高まっていた。子供を捕えられた市民たちをリーダーに、帝都で大規模な反乱が起こった」
確か、転生テロを防ぐため、帝国の子供たちが尋問を受けていたんだったな。それで皇帝への不満が高まり、とうとう反乱が起きてしまった、ということか。
「反乱軍は研究所を制圧し、完成したての竜装機兵を奪い去った。その圧倒的な力で帝国は滅んだんだ」
「帝国は……滅んでいたのか? だったら、今この世界にある『マキナマキア帝国』はいったいなんなんだ! どうしてグリモア王国は残っていない。戦争が終わったなら、一体どうして……」
「戦争は……終わらなかった。反乱軍はマキナマキア共和国の建国を宣言し、国名はそのままに戦争の継続を宣言した」
帝国が滅んでも、戦争は終わらなかったのか。
「結局、国民あっての国家っつーことだな。頭だけつぶしても何も変わらなかった。そこはまぁ、俺たちも大臣もみんな勘違いしてたわけだ」
「悲しいな。戦争なんて誰も望んでいないはずなのに、続いてしまうだなんて」
「まったくだぜ」
リチャードはまるで遠い昔を見るかのように、窓の外を眺めた。過去のことを思い出しているのかもしれない。
読んでくださってありがとうございます。
この後回想シーンに入るんですが、ここでいったん区切ります。
この章、20話ぐらい続いちゃうんじゃないかと不安になってきました。
火炎将軍編と邪竜エミーリア編に分ければよかったかも。




