天使との接触
天使を竜装機兵から引きずり出せ。
そうハワードに言われた俺。
「どういうことだ? これ、人が乗ってるのか?」
「天使は、竜装機兵を操縦するために改造された人間のことだ。その翼は竜の鱗によって作られている。竜の死体と改造された体、二つが合わさることによってはじめて円滑な操縦が……」
「……そういう理論は後で聞く」
ジャンクとなった竜装機兵が、奇妙な動きを見せている。生き返ったのか、と一瞬身構えた俺だったが、どうやらそうではないらしい。
胸部の一部が、まるでドアのように開いた。ぬっと暗闇中から出現した腕が、竜の鱗をつかみ取る。どうやら這うように外へ出ようとしているらしい。
「は……ははは……は」
笑う、その男。
風竜と同じく、緑色の鱗でできた羽を持つその男は、おそらく天使と呼ばれる人間なのだろう。
だが、そんなことは俺にとって些細なことだった。だって……そいつは……。
「さすがは、お強い。大将軍、本当にお懐かしい限りです」
カール将軍。
かつて、俺が転生する前のグリモア王国において将軍職を務めていた人物。俺の顔見知りであり、友人でもあった男だった。
俺は混乱していた。
なぜ、この男が生きている? しかも天使?
「お前が……この城を壊して、大地を瓦礫で埋めて、人を殺したんだな」
「その通りです」
冷静に、そして丁寧に肯定するその姿を見て……俺は……。
懐かしさとか、嬉しさとか、そんな正の感情なんて頭から吹っ飛んでいた。ただこの身を支配するの、途方もない怒り。
頭に血が上っていた。冷静に考えることなんてできなかった。
理解が追いつかない。
俺は天使の胸ぐらをつかみ上げた。強く握ったその手からは、血が噴き出してしまうそうだった。
「ふ、ふざけんなああああああああああああああああああああああっ! 何考えてるんだっ! こんなにたくさん一般人を殺して、許されると思ってるのか? これは戦争じゃない、ただの虐殺だ。お前には王国将軍としての誇りはないのかっ! 恥を知れっ!」
「落ち着いてください、大将軍」
「落ち着け……だと! 馬鹿にするなっ!」
俺はカール将軍を殴っていた。そうせざるを得なかった。
俺は何のために頑張っていた? 祖国の名誉を回復するため? なんだこれは? なんで祖国の将軍が、天使とかいうこの世の支配者になっているんだ? そもそもこのカール将軍、創世神話では邪竜エミーリア率いる邪神の一人として名を連ねていたはず。意味が分からない。頭が破裂しそうだ。
「て……天使長のご命令により、私はこの地に来ました」
俺に殴られた頬を撫でながら、カール将軍はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「この五〇〇〇年、数多くの『邪神カイ』が現れ、帝国に反旗を翻してきました。我々はそのたびに、あなたを確認しなければならなかった。転生し、容姿すら変わっている可能性があるあなたを判定するためには、魔法の力を試すしか……なかったのです」
あの神話が広まっている世界なら、帝国に反抗する勢力が『邪神カイ』の名前を利用してもおかしくない。現に、俺が合流する前の反乱軍は『グリモア』という名前だった。
俺を確認するため、王城を攻撃したってことか?
「俺は遠征軍の中にいた。お前ひとりが俺の前に来ていれば、すべて解決していただろっ! なんで……二か所も同時に攻めてきたんだっ!」
別に、王国軍の兵士が死ぬことを推奨しているわけではない。俺だって、自軍の兵士が死ぬことは悲しく思う。でも、それでも兵士として雇われた者たちは、心のどこかで自らの死を覚悟しているんだ。
何も知らず、ただ銃後を預かる者たちが殺される。その恐怖がどれほどのものだったか……想像もできない。
「今の皇帝に、そこまでの情報収集能力はありません。我々は、あなたがどこにいるか……把握していなかったのです」
クーダターを起こされ、城に幽閉されていた前皇帝ローレンス。エドワードがいなくなった後でも、主権を回復していたかどうか疑わしい。俺の耳に入ってくるのは、部屋にこもって叫んでいるという情報のみだけだった。
俺のせいだ。
俺のせいで……このオールヴィ州は瓦礫の山になってしまったんだ。
俺はホリィになんて言えばいいんだ? 父親の敵が俺の仲間だったなんて、そんなこと……口が裂けても言えない。敵討ちをしてやるとか、正義の味方面していた自分を呪い殺したくなる。
「私が、あなたをバージニア州までお連れします。もう一刻の猶予もありません。この世界が滅ぶ前に、さあ早く」
「何のために?」
「人類を救うために」
人類を救う? 馬鹿がっ! 今、こうして瓦礫に埋もれている多くの人たちは、人類じゃないって言うのかっ!
狂っている! こいつら、頭がおかしいとしか思えない。
……と、いう言葉を喉から出る寸前に飲み込んだ。
いや、いい。
ここはこいつの言葉に従っておこう。
俺はその天使長やアーク神とやらと話をつけなければならない。世界滅亡の話を聞かなければならないのは事実だし、敵の内部に入り込めるならあえて断る理由もない。
許さない。
たとえかつての友であろうと、この世界を……歪める奴は。必ず、俺自身の手で……決着を。
「どういう事情かは知らないが、俺に話を聞かせてくれるなら、おとなしくしてやる。バージニア州に行けばいいんだな?」
「その通りです、大将軍。風魔法は使えますね?」
「ああ、問題ない。さっさと行こう」
俺は風魔法を使い、カール将軍はその翼は羽ばたかせた。目指すは北の大地、バージニア州。
「少し待ってくれ」
忘れていたわけではないが、仲間たちに指示を出しておかなければならない。タイミングよく、クラリッサたちがこちらにやってきた。
「カイ、そいつは?」
当然の質問だ。翼の生えた人間など、創世神話以外で聞いたことがないだろうから。
「すまない。詳しくは話せないけど、少し用事ができたんだ。安心しろ、必ず俺の手で決着してみせるから」
「……? ……?」
自分でも意味不明な発言だとは思う。クラリッサは首を傾げながら俺とカール将軍を交互に見ていた。
「クラリッサとパティは帝都を制圧してくれ。テレーザ、彼女たちを帝都まで運んでもらえるか? ホリィは……すまない、軍団と一緒に帝都入りしてもらうしかないな」
この状況じゃ、オールヴィ州に彼女がいても仕方ない。結局はクラリッサたちと一緒にいるのが一番安全だろう。
「わかりました、カイ」
「すまない、後で詳しい話はするから……」
せっかくのチャンスを逃す手はない。仲間たちにはすまないが、俺は……。
「さっさと行こう、カール……? え?」
俺は、風魔法を止めた。驚きのあまり、その場に立ち止まってしまう。
カール将軍が口から血を吐いた。胸当てに覆われた彼の体を貫いたのは、巨大な爪。
水竜王の巨大な爪によって、カール将軍は致命傷を負っていた。
いつの間に?
「だ……大将……軍、私……は……」
それが、彼が最後に残した言葉だった。カール将軍は力なく両膝を折り、地面に倒れこんだ。爪が抜かれると、おびただしい量の血が地面へとしみこんでいく。
なぜ、水竜王がここに? 俺は召喚なんてしてないぞ?
「す、水竜王、お前……」
「皆の者っ! 時は来たっ! 我に続けっ!」
茫然と言葉を呟いた俺や、信じられないといった様子の竜族のテレーザを無視して、水竜王は声を荒げた。
すると、彼の背後から巨大な魔法陣が出現する。俺が契約竜を呼び出すのに使うものと酷似しているそれは、ある種の召喚ゲートとして働いているらしい。次々と、老齢の竜たちが人間界へと現れる。
召喚門から続々と現れる竜族。その数は一〇〇を超えているだろう。大空を埋め尽くす色とりどりの竜たちの雄姿は、まるで絵画を見ているかのようだった。
竜たちは、一斉に北へと向かっている。
水竜王率いる竜族と、天使の操る竜装機兵。五〇〇〇年の時を超えた因縁の対決が……始まったのだった。
読んでくださってありがとうございます。
そろそろ終わりが見えてきたため、だいぶ本題寄りの話にシフトしています。
つまらない説明ばっかりにならないように注意しなければ。




