その死体は、旧友
「…………」
言葉が出なかった。
テレーザに跨り、少人数を連れオールヴィ州へと戻ってきた俺を出迎えたのは、瓦礫の山だった。
まるで巨大な竜巻に見舞われてしまったかのようなその惨状。
俺の執務室も、ハワードの首をさらしていた柵も、アダムスと初めて会った食堂も、兵士たちが訓練していた小高い丘も、ホリィ率いる魔法使いたちが鍛錬をしていた地下室も……。
全部全部、なくなっていた。
俺たちは王城の近くに降り立った。生きている人間は誰もない。
「嘘でしょ……これ」
クラリッサが口を押えながら周囲を見渡した。オールヴィ州は彼女の故郷でもあるため、人一倍ショックが大きいのだろう。
「……っ!」
俺は駆け出した。幾重にも積み重ねられた赤煉瓦、その隙間に倒れている顔見知りを見つけたからだ。金髪の中年男性の名前は、そう。
「アダムスっ!」
ちょうど執務室があったあたりの瓦礫に、アダムスの姿を見つけた。煉瓦の塊に押しつぶされ、身動きが取れないようだ。
俺はゴーレムを召喚し、すぐに瓦礫を移動させた。
「ぐ……ごほっ……」
「しっかりしろっ!」
血を吐きながら、ゆっくりと上半身を起こそうとするアダムス。しかし、彼にその力は……残されていなかったようだ。
俺はゆっくりと、アダムスを抱き起した。
「わ、我が娘……ホリィを陛下に……嫁がせ、ゆくゆくは……院政を敷き、天下を……この手に。壮大な……計画が、このような……結末とは……」
大量の出血。
脈、呼吸ともに小さい。
折れた肋骨が内臓に刺さっているかもしれない。
……もう、手遅れだ。この男は……助からない。
「パパ……」
ホリィが駆け寄ってきた。
すまない。
俺には……もう何もできない。
「ホリィ……」
息もとぎれとぎれのアダムスが、その弱々しい視線をゆっくりと愛娘へと傾ける。
「近づく……ない方が……いい、ドレスが……汚れるぞ……」
「そんなの、そんなのいいよっ!」
アダムスの手を掴み、そっと自らの顔に当てるホリィ。頬やドレスに血がべっとりとこびりついた。しかしそれでもなお、親子の愛は揺らぐことない。
「ホリィや、陛下に……尽くしなさい。それが、総督の娘と……いう地位を失った、お前の……唯一の……」
もはや回復不可能なアダムスの声は、遺言と言っても過言ではないだろう。ホリィはその声を、一言一句聞きもらさないようにしている。
「……愛しているよ、ホリィ」
その目は光を失い、そして。
死。
元悪徳総督、アダムス・グローブは娘に看取られて天に召されたのだった。
「え……?」
だらり、とさながら眠るように筋肉を弛緩させるアダムス。物言わぬ死体は、何の反応も示さない。
「パパ?」
ゆらゆらと、アダムスの死体を揺らすホリィは必死。
「ねえ、パパっ! パパっ! 目……開けてよ。ドレスも、お人形も、魔法だっていらないからっ! ねえっ!」
「落ち着け、ホリィ」
そっと、彼女の肩に手をかける。
「もう、アダムスは……」
「う……え……」
ホリィが泣いた。彼女の悲鳴は空気を裂き、聞く者たちの心に木霊した。
痛々しい。
誰もが、顔を伏せている。パティやクラリッサに至っては、同情のあまり涙を浮かべた。
「嫌だよぉ、ねえ、パパ。死なないで。死なないで。一生のお願いだからっ!」
俺は目を逸らした。見ていられなかった。
アダムス。
お前は悪い奴だった。教団に金を握らせ、貧民から搾取して、俺にもずいぶんと反抗してくれた。ひょっとすると人体実験とかやってたのかもしれない。もうひどい悪徳総督だった。
……でも、よく考えてみると俺も大概だったよな? エミーリア様のためとか言って、この世界を荒らして、反乱を煽って、人も結構殺した。たまたま教団が悪人だったから正義の味方みたいな体裁になってるけど、下手をすれば大犯罪者だったんだ。人のことは言えないか。
戻る場所、俺の故郷としてのオールヴィ州。
まさか、こんなことになってしまうなんて……。
涙を流しているわけではない。
悲しさに押しつぶされているわけではない。
俺にとって、アダムスは心を揺さぶる人物ではない。でも、こうしてホリィが悲しんでいる姿は心が痛いし、優秀な配下を失った痛手は計り知れない。だからやっぱり、それなりに『悲しい』んだとは思う。
「強がるな。泣いていいんだぞ?」
「黙れっ!」
ハワードの冗談に付き合っている暇はない。
未だ半開きのアダムスの瞳を、そっと閉じさせる。
安らかに眠れアダムス。敵は俺がとってやる。
俺は立ち上がり、遥か天井に広がる蒼穹を目で射抜いた。
「竜装機兵っ!」
そう。
大空を旋回する鳥のような機影。遠くに見えるその姿はあまりに小さいが、間違えなく奴だ。
いいだろう。
俺の故郷をここまで荒らしてくれたんだ。ただで済むと思うなよっ!
俺は火炎魔法を発動させ、業火炎帝ウェザリスに炎の剣を投擲させる。むろん、ここから投げつけて相手に当てることは難しいため、一瞬の威嚇行動だ。
その攻撃を避け、敵は来た。
俺という障害の存在に気がついたのだろう。急降下する敵の姿が、秒刻みで大きくなっていく。
「全員、この場から逃げてくれ。テレーザ、みんなを安全な場所に」
指示を下し、パティたちを退避させる。泣いているホリィは、クラリッサがおぶってくれた。
そして、この場に残ったのは俺とハワードだけになった。
迫りくる、敵。轟音と風を連れてやってきたそいつの姿が、徐々に鮮明になってくる。
なんだ……こいつ。
最初に戦った奴とは全然違うじゃないか。速度が速すぎる。
「こいつ、本当に最初の竜装機兵と同じなのか? ハワード」
「お前が最初に相手にした竜装機兵はプロトタイプ。こいつは完成形だ」
そうか。
いや、どんなに強い敵でもいい。故郷を破壊され、有能な兵士たちを殺され、今、俺は血が煮えたぎっている。
この怒りを……ぶつけるには好都合だ。
降り立った竜装機兵は、基本的な構造においてプロトタイプと何も違わないように見える。翼部の円形機械から炎のような空気を出し、鉄パイプから薄く黒い蒸気を漏らす。
だが……露わとなる、その巨体。
「お前……は……」
そう、俺は知っている。この死体を。
嘘だと思いたかった。
信じたくは……なかった。
これがこの世界の……無情。
「風竜……王」
新たに現れた竜装機兵は、俺の契約竜である風竜王の死体だった。
読んでくださってありがとうございます。
ちょっと連休とかで余裕があるためあと一話投稿予定。
物語も佳境なんですけど、僕はちゃんと盛り上がりを演出できているかどうか不安で仕方ない。
なんだか違和感を覚えたら教えてほしいです。
と、感想をねだってしまう。




