強化ブレス
帝都近郊の平原は混乱に包まれていた。
もとより、戦時中ということもあり兵士しか存在しないこの場所。慌てふためいて浮足立っているのは、王国軍の兵士たちだ。
竜装機兵はその翼を羽ばたかせた。竜の体を持った巨大な兵器は、翼から炎の空気を吹き出しながら一瞬にして上昇する。
「パティ、クラリッサ、ホリィは兵士たちを散開させろっ! テレーザは兵士たちは護衛してくれ。こいつは俺一人で相手をするっ!」
「カイ、私もっ!」
「駄目だっ!」
テレーザの申し出はありがたい。しかし、あの子の力では間違えなく太刀打ちできないだろう。
ハワードに苦戦してたテレーザなのだから、その次世代機には殺されてすらしまうかもしれない。下手をすれば、瞬殺されてしまう可能性すらある。
指示に従い、パティたちが兵士を誘導している。テレーザは最後尾につきながら、不安そうにこちらの様子を窺っている。
よし。
「ミスト、やれっ!」
俺は水神ミストに命令し、水魔法による攻撃を行った。水を極限まで凝縮した一撃は、対個人用で彼が持つ最強の技である。大岩すらも貫通するその威力が竜装機兵の胸部に命中する
……これは?
ハワードのように魔法消去されたわけではないが、攻撃の効いている気配がまったくない。鱗が剥がれるどころか、傷一つつけられていなかった。
元が水竜だったからなのだろうか、あまり速度が速いわけではないので魔法を当てることは容易だ。だが、この防御力は……。
「無駄だ大将軍。あの兵器に魔法が効かないわけではないが、かなり高レベルで抵抗される。あと五〇〇回程度同じ魔法を食らわせない限り、奴を倒すことはできないだろうな」
「はぁ? そんなに強いのかあいつ?」
……ん? こいつ。
「お前、どうしたんだ? なんだかやけに親切に教えてくれるな。天使はお前の味方じゃないのか?」
「最近、天使どもはアーク神様に隠れてこそこそと陰謀を巡らせていた。そして、今俺たちを襲っているタイプの竜装機兵は、天使たちの所有物だ。おそらくアーク神様も、この件は知らないだろう。奴らが勝手に行ったことだ、勝手に敗北しても俺には何の罪もない」
「そうか、それは助かる」
どうやら、アーク神に連なる勢力も一枚岩ではないらしい。帝国に味方する悪の天使と、平和を愛する正義のアーク神が敵対している?
いや、安易に善悪を判断するのは早計だ。そもそも、アーク神とやらがしっかりしているなら、教団が腐敗して反乱が起こるなんて状況は起こらなかったはず。
このハワードはアーク神の配下だと言っていた。自らの主に少し色を付けて庇っている可能性もある。
「それにあいつは俺の後継機だ。あいつのせいで俺がスクラップになったのだから、恨みごとの一つぐらい言ってもいいだろう?」
「なんだ、嫉妬か?」
「ふっ、俺はロボットだ。嫉妬などいう感情はない。ただ、大戦時代に俺が思考回路を使い想定していた数々の戦闘シミュレートが、すべて無駄になってしまったのだ。いらない労力を費やしてしまったことは、少なからず『不快』だと判断して問題ないだろう?」
「自分の活躍を妄想してたけど、叶わなくて悲しかったんだろ? その考え方を嫉妬って言うんだよ」
対峙する俺と竜装機兵。こうしている間にも兵士たちの退避は進んでいる。
動いたのは、敵の方だった。胸部を過大に膨張させ、口や鉄パイプからは勢いよく薄く黒い蒸気が漏れ出ている。
「避けろっ! 強化ブレスだっ!」
ハワードの声が響く。
強化ブレス、の名前は聞いたことがないものの、テレーザの水ブレスに類するものであると理解する。位置的には俺を向いているものの、このまま放たれれば後ろにいる兵士たちにあたってしまう……か?
仕方ない。
俺は魔法を唱える。
物質錬成レベル四、武具生成によって作られた竜の鱗でできた盾一〇〇〇個。それを大地魔法で隆起させた土の上に重ね、氷結魔法によって完全に固定した。
けたたましい咆哮ととともに、水の強化ブレスが放たれる。
巨木のような太さを誇る水の柱が、さながら雷のような勢いで俺に迫ってくる。
「くっ……」
予想外の威力に、俺は大地魔法を使い並べた盾の角度を変えた。水の柱は盾にあたり、少しではあるがその矛先を逸らす。
強化ブレスは俺や兵士たちには当たらず、その先にあるなだらかな丘を軽々と抉った。その勢いはまったくおとろえることなく、その先にある森の地中へと沈んでいった。並のブレスではない。おそらく体の内部も改造を施され、何らかの強化を施されているのだろう。
威力は絶大だ。兵士たちへの被害を抑えるため、攻撃を逸らすのが精いっぱいだった。俺自身が喰らってしまえば当然生きてはいられないし、魔法をいくら使っても防ぎきることは不可能だろう。
それにしても、ハワード。『避けろ』というさっきの言葉は、なかなか的確だった。もちろん、俺に避けられない攻撃ではなかったが……。
どうやら、本当に俺を助けてくれるつもりらしい。
俺は風魔法を使い宙を舞った。手袋をした左手で、ハワードの首が入った箱を掴んでいる。
「聞いておくが、絶対防御盾みたいな魔法消去の力はないんだよな?」
「その通りだ。先ほどの攻撃もしっかりと喰らっていただろう? 基本的に竜の体を改造した機械だからな、あの巨体に精密な魔法消去機構を搭載できなかったらしい」
「なるほどな」
魔法を消すことができないなら、俺にとっては逆に相手をしやすいかもしれない。
勝機が見えてきた気がした。
読んでくださってありがとうございます。
いい名前を思いつかず強化ブレスという安易な単語に逃げてしまった。
うーん。




