転生テロ
俺はハワードを倒した。
地面に潜らせたゴーレムの超振動槍で奴を倒す。この方法が通用して助かった。この次に考えていた手は、少なからず周囲の兵士たちが犠牲になっただろうからな。
今の俺は、無事だった兵士たちに指示を出し、応急手当を任せている。テレーザ、ホリィ、パティ、クラリッサはいずれも野外テントに運ばれ、そこで休んでいる。ここでできることは限られているから、一度はオールヴィ州のに戻った方がいいだろう。
なぜかエドワード新皇帝も近くで倒れていたため、保護することにした。これで名実ともに、新帝国の領土は俺たちのものとなるだろう。
無事だった兵士たちが、徐々にではあるが平静を取り戻してきた。
さて……。
「おい」
周囲に誰もいなくなった後、俺が話しかけたのは……破壊されたハワードの一部。
首だ。平野の草に埋もれ、その顔は覆い隠されている。
俺の声に反応し、ハワードは瞳を光らせた。
「くくくっ、俺に何か用事か大将軍? 首から下がなくなったこの状態、まさしく手も足も出ないといったところか。笑っていいぞ?」
「お前の冗談に付き合っている暇はない」
ハワードは生きていた。いや、壊れていなかったというべきなのだろうか。おそらく、人間と同じように主要な演算・記憶領域が頭部に集中していたのだろう。
もっとも、この状態で俺に反抗できるとは思えないが……。
「お前は俺が転生した後のことを知っているんだろう? 話せ。なぜ俺が災厄と呼ばれていたんだ?」
「その件か」
どうやら、ハワードも反抗する気がないらしい。この調子なら、話を聞けるだろう。
俺は腰を落とし、目線をハワードに近づけた。
「お前が転生するという噂が帝国内を駆け巡り、大混乱を引き起こした。猜疑心に苛まれた皇帝が、幼い子供を尋問し……時には処刑すらした話だ」
「何……」
俺が転生した後、そんなことが起こっていたのか。転生した俺は、当然ながら子供として生まれる。俺を見つけ出すために、皇帝が子供を捕まえた?
……なんだ、それ?
「皇帝は馬鹿か? 俺が転生したという噂だけで、子供たちを処刑? そんな頭の悪い判断を俺のせいにされるなんて、ただの言いがかりだろ」
「ああ、そうだな。確かにそれだけで処刑をしたなら、呆れてものも言えない有様だろう」
雨が降り注ぐ中、周囲の兵士たちは必死にけが人を運んでいる。俺の様子を気にするものもいたが、雨音にかき消されて話の内容は伝わっていないのだろう。
「最初はそう、帝国の皇族・貴族たちの子弟が所属する幼稚園の発表会だった」
「は……?」
「開式の挨拶をする皇帝陛下のもとへ、とある名門貴族の三歳児が駆け寄ってきた。そいつは懐に毒を塗ったナイフを所持していて、壇上にいる皇帝へと突き刺したのだ」
子供が皇帝を殺そうとした?
「幼児の筋力だ。幸いにも狙いは外れ、手を少しだけ切ったレベルで済んだ。皇帝は毒によって三日三晩苦しんだが、命に別条のある容体ではなかった。そしてその悪事を働いた幼児は、自らをグリモア王国の兵士だと名乗ったのだ」
「何っ!」
マキナマキア帝国貴族の子供が、自らをグリモア兵士だと名乗った? 意味が分からない。俺と同じく、転生を果たした身だとでもいうのか?
転生は、俺以外にも行われていた……?
「他にも、建物に火をつけたり、料理に毒を盛ったりなど、死人が出かねない事件が転生幼児によって起こされた。最初の件と合わせて合計五件か。当時の人間は『転生テロ』と呼んで恐れていた」
転生テロ。
そんな……恐ろしいことが。
「そんな『転生テロ』が五回ほど起こった後で、大将軍カイ転生の噂が流れた。皇帝はこの件を恐れ、一~二歳児を集め、尋問することにした」
「…………俺を見つけるために?」
「そうだ。当時の人間も、まさか五千年後に転生するとは思っていなかったようだがな」
むちゃくちゃだ。そんな年齢の子供を尋問したところで、正しく選別できるはずがない。
だが、一度殺されかけてしまった皇帝だ。自らを狙う暗殺者の陰に怯え、正常な判断を行えなかったのかもしれない。
「尋問するといっても、相手は幼児だ。事の重大さが分かっているわけもなく、冗談で自らをカイだと名乗る者もいた。皇帝陛下はそういう子供も処刑してしまった」
そうだったのか……。
俺以外にも、転生者がいた。おそらくは五〇〇〇年前の大臣が絡んでいるのだろう。俺が転生したことを、より効果的に演出するための作戦。
見事という他ない。皇帝は大臣の策にはまり、疑心暗鬼にとらわれてしまったわけか。
むしろこの作戦なら、俺が転生を成功させない方がいいんじゃないのか? 俺が上手く転生できないことは織り込み済みだった? そもそも、転生魔法を使ったのは俺が初めてという話だったはずだ。あの男はいろいろと影で動いていたのだろう。
過去のことをどれだけ想像しても、答え合わせはできない。そんなことよりも、今は目の前のことが大切だ。
「それで、お前は結局、今、何をしているんだ? 皇帝に忠誠を誓い、五〇〇〇年の間ずっと仕えてきたのか?」
「俺は帝国で廃棄処分が決定されていた。あの時点で、もはや忠義を尽くすべき相手ではないと判断している。今の俺の主はアーク神様だ」
「俺は冗談に付き合ってる暇はないんだが……。神話の話は子供にしてくれ」
「くくく……理解していないようだな。あのお方は実在の人物だ」
何?
いや、千年おきに世界が滅亡しているという神話が事実だったんだ。あの中に出てくるアーク神が存在していても……全く嘘とは言い切れない。
「あのお方は人ではない。俺と同じく不老不死の肉体を持って、この世界を永遠に支配している。平和と平等、崇高な理念を掲げ、教団を介して世界に働きかけている」
「……その崇高な理念を持つ神に仕えているわりに、お前はずいぶんと好戦的だったように思えるのだが……」
「許せ。俺はもともとが兵器だからな。加えて、もはやこの世界は邪竜によって滅ぼされる。今更平和に腐心したところで意味がない」
「アーク神は邪竜を倒せないのか?」
「…………」
だんまりか。
どうやら、今の主について不利な話題は避けているらしい。だが、これだけ情報が揃えば十分だ。
アーク神。
創世神話において慈愛を司るとされる善神。邪竜エミーリアの対局を成す存在であり、配下の天使たちを従えて世界を見守っているとされる。
失われた帝国の技術や王国の魔法を駆使し、世界で暗躍する存在。この世界を歪めている元凶と見て間違えないだろう。
敵は定まった。
あとはそいつのところにたどりついて、倒せばいいだけだ。
読んでくださってありがとうございます。
説明ばっかりの話ですね。
あまり長くならないように注意した……つもり。




