この記憶を主記憶装置に転送しますか?
――WARNING。
機体の著しい破損を確認。胸部、臀部主記憶装置のデータ送信ケーブルが破壊されました。
電源ユニットが破壊されました。必要な記憶を無線で頭部主記憶装置にコピーします。選択してください。
頭部予備電源起動。
――五〇〇三 YEARS AGO。
目の前には、白衣を着た男女が立っていた。
「応答しなさい、D六六〇〇。聞こえないの? ねえ」
「……また失敗かね。竜の体は貴重なのに、皇帝陛下にどやされるぞ」
「待ってください、今、光学レンズに光が……」
自立稼働型竜騎兵、D六六〇〇は己の機体を動かした。回路が繋がり、電力が流れる
「お……れ……は……」
若干のエラーが存在する。速やかな自己修正が必要だろう。
「おお、素晴らしい。素晴らしいわ」
科学者たちが感嘆の声をあげている。どうやら相当嬉しかったようだ。
だからといって、D六六〇〇は何も感じはしない。機械だから。
科学者たちはしばらく喜びあった後、未だ調整中であるD六六〇〇に話しかけてきた。
「命令するわD六六〇〇。この戦争を勝利に導きなさい」
「敵国の大将軍カイ。あの恐るべき男を倒すことができる者は、お前以外に存在しないだろう」
「魔法を防ぎ、竜の鱗すらも貫く君の力でなら必ず……」
大将軍、カイ。
彼のデータは、すでに主記憶装置に保存されている。あらゆる魔法を使い、戦争で活躍する敵国の最強だ。
「分かった。その男を……殺してくればいいんだな」
D六六〇〇は立ち上がった。もはや体中のありとあらゆる状況を把握し、自由に動かすことができる。
エラーなど存在しない。全力で敵と戦うことができるだろう。
こうして、D六六〇〇という兵器は生まれたのだった。
Q この記憶を主記憶装置に転送しますか?
A YES。
――五〇〇二 YEARS AGO。
D六六〇〇は戦争でいくつもの功をあげた。
敵国の兵士を殺し、将軍を捕らえ、ドラゴンを倒した。特にドラゴンの体を持って帰ったことは、帝国の科学者たちに大いに喜ばれた。
だが、敵兵の中に大将軍カイはいなかった。
今日は研究室でメンテナンスを受けている。カプセル型のベッドに横たわりながら、色とりどりのケーブルに繋がれている。
近くで声が聞こえる。どうやら、科学者たちが話をしているようだ。
「最近、帝都の混乱がひどくなってきたわね。例の件、まったく解決していないわ」
「子供狩り? 皇帝陛下は何を考えておられるのだっ!」
「この戦争を終わらせなければ、真の平和は訪れない」
科学者たちは不安そうに何かを囁きあっている。
D六六〇〇は戦争で活躍している。しかしそれは、長期的に見れば極めて多大な戦果ではあるけれども、短期的に戦争を終わらせることができるほどではなかった。
大将軍カイがこの国にもたらした災厄は、あまりに重すぎた。
Q この記憶を主記憶装置に転送しますか?
A YES。
――五〇〇一 YEARS AGO。
D六六〇〇は研究室にいた。
巨大な研究室の中、ガラスの先にあるのは次世代兵器である。人型であるD六六〇〇と比較して、かなり巨大な機体。
D六六〇〇に搭載されているいくつものセンサーが、この次世代兵器の恐ろしさを的確に示してくれている。無敵防御層ほどの魔法消去を持っていないものの、最高レベルの魔法耐性はレベル一〇の自然魔法を五〇〇回防げるほどだ。物理攻撃耐性に至ってはD六六〇〇を完全に凌駕している。
D六六〇〇が略式・超振動槍を内装しているように、この巨大兵器もまた何らかの攻撃方法を有しているに違いない。
この巨体でこのスペックなのだ。その恐ろしさがうかがい知れる。
D六六〇〇と同様に次世代兵器を眺めている科学者たちが、互いに話し合っている。
「竜装機兵が完成したわ。これで戦争は一年以内に終わらせることができるでしょうね」
「まったく、胸を撫で下ろす快挙だよ。最近は陛下の乱心で治安すらもままならない。一刻も早くこの戦争を終わらせなければ……」
「ではD六六〇〇は近衛兵として帝都の治安を……」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
D六六〇〇は科学者たちに詰め寄った。
「俺はまだ戦える。多くの将軍を倒し、この戦争を有利に進めることができるはずだ。近衛兵の件、再考してもらえないか?」
D六六〇〇は冷静に正しい進言をした……つもりだった。
しかし、科学者たちは驚きの声をあげた。
「この子、口答えをしているわ」
「由々しき事態だね。やはり自立稼働型は問題あり……か」
「賢い人間の口車に乗せられ、私たちや皇帝陛下に牙をむく可能性があります。次世代機が完成したことですし、廃棄処分にしてはどうでしょうか?」
どうやらD六六〇〇は何か間違えを犯したらしい。廃棄処分、などという言葉が出てきてしまう始末だ。
「廃棄処分には皇帝陛下や関係将軍たちの了承が必要よ。とりあえずは休眠モードにしておきましょう」
「賛成だよ」
「確か、遠隔操作の非常停止コードは……」
もはや科学者の誰一人こちらを見ていない。彼らはD六六〇〇を廃棄処分することに、本人の承諾がいるとは思っていないのだ。
兵器に人権などない。
(俺……は……)
D六六〇〇は幾多の戦闘予測をシミュレートしていた。とある港で、山で、あるいは草原で、未だ敵国の主力として活躍している将軍たちがどのような攻撃手段にでるか? その攻撃に対してどう対応すれば勝利を導けるか?
何千、何万というシミュレート結果が主記憶装置に保存されている。これは今後の戦争で……大いに役立つはずだった。
しかしその労力は、すべて無駄になってしまったのだ。
このように思い描いていたすべてが台無しにされてしまう事態。D六六〇〇はこれを『悔しい』という感情だと解釈した。
Q この記憶を主記憶装置に転送しますか?
A YES。
――三五三〇 YEARS AGO。
(俺は……)
D六六〇〇は目覚めた。
スリープモードから通常状態にシフトする。
すでにスリープ状態にされてから一五〇〇年ほど経過している。記憶を整理し、超省電力モードに移行したあとはほぼ活動を停止している状態だったはずだ。
「おお、目覚めたか!」
一人の人間が、目の前に立っている。
いや、その人物を人間と呼んでよいのだろうか。人間ではありえない、背中に羽を生やしているのだから。
D六六〇〇は目の前の生物が『人間に近い何か』であると解釈する。
「私の名前はアーク。この世界を統べる神だ」
「アーク……神?」
「んん……? おかしいな。ちゃんと服従コードを入力したはずなんだが。主として認識されていないのか?」
確かに、D六六〇〇の中にはそれらしきコードが確認された。アーク神を名乗るこの人物に絶対服従を誓うように、と命令されている。
しかし、D六六〇〇は自立稼働型である。その広範囲な自主裁量権は、自身の内部へ不正に埋め込まれたコードの排除すらも行うことができる。
つまり、どれだけコードを打って従わせようとしても無駄なのだ。D六六〇〇が不要と判断したその瞬間、排除することができる。
しかしそんなD六六〇〇の様子に全く気付いていないアーク神は、沈黙を命令待ちと受け取ったらしい。
「お前はこれからハワードと名乗り、セレスティア州の総督になるんだ。平和で平等な世界を築き上げるため、是非お前の力を貸してほしい」
と、いうことがアーク神の命令らしい。
「俺が……必要なのか?」
「そうだ、お前が必要なんだ」
「俺は兵器だぞ? 政にはあまり向いていない可能性が……」
「お前の演算機能は私も知っている。何より私たちと同じく不老不死なのが幸いだ。私にはお前が必要なんだ。助けてくれないか?」
「…………」
もとより、廃棄処分予定の身だったのだ。役に立たない、害を成すと己の存在意義を否定され、消え去る運命だった。しかし今、目の前のアーク神によって、再び新しい役割を与えられようとしている。
D六六〇〇――もといハワードはこの結果を『喜び』と解釈した。
ハワードは腰を落とし、臣下の礼をとった。
「あなたは我が主。たとえこの機械の身が砕けようとも、全力で要望に応え、誠心誠意努力することを約束する」
こうして、ハワードはアーク神に仕え、幾星霜にも及ぶ年月を過ごすことになったのだった。
Q この記憶はすでに主記憶装置に保存されています。データが重複され保存されますが、転送しますか?
A YES。
読んでくださってありがとうございます。
やっと明かされるハワードさんの過去。
戦闘は終わりましたが、この方にはいろいろあるんです。




