盗賊団襲来
レスト、と呼ばれる町に俺たちはやってきていた。
中央部を走る街道には、商用あるいは公的な施設が乱立している。そのあたりを歩き回り、俺たちは目標の施設を見つけた。
いわゆる冒険者ギルドという場所だ。
木製の建物は、広くなく狭くなくといった感じだ。厳つい男たちが楽しそうに雑談をしている。剣や防具を身に着けているところを見ると、彼らはここに所属している冒険者なのだろう。
さて、まずはクエストを受けることにしよう。
まあ、路銀なんて稼がなくても、俺レベルなら魔法でなんとかなってしまうんだがな。そこは情報収集や人脈作りのためだ。
俺は転生したばかりでこの世界のことを良く知らない。まずはこの町に溶け込んで、世界の情勢を理解していくことにしよう。
中央部に座っている受付の女性に近づいた。
「初めましてー、冒険者ギルドへようこそ。冒険者の方ですか? ギルド登録はお済ですか?」
「田舎の村からやってきたばっかりで、そういうのがよくわからないんだ。詳しく教えてくれないか?」
「はいー。冒険者ギルドはマキナマキア帝国各地に拠点を持つ協会でーす。登録すれば強さと実績に合わせランク付けがされまーす。登録せずフリーで活躍される方もいらっしゃいまーす」
「俺はどんなクエストでも受けられるのか?」
「クエストはランク付けされていますが、特別資格が必要でなければ誰でも受けることが可能でーす」
あまり本気で冒険者になるつもりはないわけだから、ここはフリーで通した方がいいな。
「高難易度のクエストがあれば請け負いたいんだが、何かないか?」
「うーん、最近は平和ですからねー。簡単な採集、狩猟系のクエストしか残ってないでーす」
「そこに張られているポスターはなんだ? 随分と実入りがよさそうな条件が掲示されてるんだが」
壁に張られていた、兵士の絵が書かれたポスターを指差した。
「南の方で農民たちが反乱を起こしていて、その討伐隊を募集してたんでーす。でも、もうそれ終わっちゃいました」
「ん? 兵士が十分集まったのか?」
「もうすぐ反乱が鎮圧されるらしいでーす」
反乱鎮圧に参加するつもりはなかったが、少し戦闘の様子を見てみたかった。残念でならない。
ん?
俺はポスターを再び見て気が付いた。この反乱。
……いや、まさかな。
「か……カイ」
先程から何一つ言葉を発していなかったテレーザが、いきなり俺の袖をゆさゆさと揺らした。顔は青く脂汗をかき、内股でプルプルと震えている。
……またか?
こ……こいつ、懲りない奴だな。
「おしっこ漏れそうです、飲んでください」
「お……おい、周りに人がいるんだから、そ、そういう頭のおかしい話は控えて」
「ああああああああぁ、どうして飲んでくれないんですか? あなたが出した黄色い液体は私にいっぱい飲ませておいて、自分は飲まないんですか? 不公平ですっ!」
「お……おい、誤解されるような言い方は」
ざわり、とギルド内が騒めいた。
「あの男……、まさか自分の排出物を」
「あんな幼い女の子に……」
「変態だ」
や、ややややばい。ギルドで成り上がりとか活躍とかそういう次元以前の問題が生まれようとしている。
「こ、この建物にトイレはないのか?」
「あちらに」
受付の女性が口を押えながら、そっと建物の隅を指差した。やめてくれ、俺をそんな目で見ないでくれ。
テレーザは即座にトイレへと駆けこんだ。
すっきりした顔のテレーザが戻ってきたまさにその瞬間、建物の扉が乱暴に開かれた。
「た、大変だっ! 町に盗賊団が……」
傷だらけの若者が、悲痛な声を上げながら建物に駆け込んできた。
俺はギルドの要請に従い、村の外にやってきていた。周囲には同じように臨時徴収されたらしい若者がいる。
人口一万を超える町であるから、多少の兵力は持っているらしいのだが、いかんせん相手が悪かったらしい。
この盗賊団、人数が半端ない。軽く見積もって五〇〇人は超えているように見える。盗賊団というよりは、傭兵団の類なのかもしれない。
それにしても、この辺りは本当に田舎なんだな。機工帝国の兵士といえば、魔法すらも防ぐ絶対防御盾と、竜の鱗すらも貫く超振動槍で魔法使いたちに立ち向かっていたはずだ。連戦連勝を誇っていた俺でも、何度体に傷を負わされたものか。
それがこいつらは何だ? 町側の兵士たちが装備しているのは、貧相な金属の胸当てに、柄が木でできたような槍や弓。盾に至っては完全に木製だぞ。
敵の盗賊団はフルプレートアーマーで体を覆っているものの、武器に関してはこちら側とそう変わりない。
王国で月一開かれていた、古代戦争をモチーフとした演劇を見ているかのようだ。はっきりいって、笑いすら込み上げてきてしまう。
だがあまり目立つのは良くない。ここはこいつらに合わせておこう。
見たところ、こちら側がだいぶ劣勢のようだ。だからこそギルドに声がかかったようなのだが、もはや趨勢は決しているといっても過言ではない。三十分、あるいは一時間後、雪崩を打つようにこの盗賊団は町へと侵入を果たすだろう。
どれ、少し本気を出すとするか。
俺は離れた敵のもとへと、一瞬で跳躍した。
もちろん、魔法の力だ。
だが俺の脚力が強化されたわけではない。というかこの体は魔力で作った偽物なので、そもそも筋肉というわけがない。
大地魔法レベル二によって、足元の土を素早く隆起させただけだ。押し出された力で、俺の体は飛び上がっている。
しかし傍から見れば、あたかも俺が物凄い筋力で跳躍しているように見えるのだ。
「ひ、ひぃ、なんだこいつ! 一瞬で跳ねて……」
盗賊団の一人が狼狽の声を上げながら後ずさった。目の前の敵を追い払おうと、がむしゃらに剣を振り回す。
俺は腰に下げていた剣を抜き、彼の斬撃を押しのけた。
こちらも、別段俺の力が強いわけではない。風魔法レベル四を剣に絡ませ、空気の力で押し返しているに過ぎない。
要するに俺の体が強いわけじゃない。魔法で強いように見せかけているだけだ。
「怪我をしてるやつは下がれっ! 俺が一人で相手をする」
「お、おい……あんた。無茶言うなよ。こんな大人数に一人で突っ込むって、そりゃ無謀だろ」
「見ていろ」
大地と風の魔法を行使し、俺は混戦の中を素早く、そして圧倒的な強さで駆け回ることができた。
雑魚たちが次々に剣の錆へと消えていく。実は何回かこいつらの剣が当たってるんだが、そもそも俺の体は仮初のものであり、本体は一歳四か月の子供。深々と剣を突き立てない限りは、ダメージを受けないのだ。
こうして、半ば反則的な力を行使して、俺は盗賊団の三分の一程度を倒してしまった。今は彼らの最後部へとやってきている。
一番高級そうな鎧を身に着けた大男。おそらくはこの盗賊団のボスだろう。
「なんだお前は?」
「お前がこの盗賊団のボスだな? 覚悟はできているだろう?」
「ちぃっ!」
男は大斧を振り回しながら突撃してきた。その斧はさながら大岩のように重く俺の剣へとのしかかる。
ほう、大した力だ。風魔法レベル四で強化された俺の剣を、まともに受けることができるとは。
「たった一人で俺たちをここまで追い詰めるたー、大したやつだ。だが剣に関しちゃ素人だな。そんな腕じゃ、俺は倒せないぜ」
男は武術の心得があるらしく、洗練された動きで俺を追い詰めていった。急所を狙い、その体に似合わず俊敏な動きをするこいつは……間違えなく強敵。
いかんな、純粋な剣技レベルでは少し押されている。
ここは……。
俺の剣とボスの大斧が、再び交錯した。
「ぎゃああああああああああっ!」
大男は大声をあげ、地面に倒れこんでしまった。
雷魔法レベル三を剣に流したことによって、相手の体を感電させたのだ。
悪いな、俺は剣士じゃないからな。
「ひ、ひぃ、ボスが、ボスがやられたぞ」
「退けっ、撤退だ、撤退っ!」
「ボス、しっかりしてください」
盗賊団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
「た……助かった。あんたすごいんだな」
近くで倒れこんでいた兵士が、傷を抑えながら語り掛けてくる。
さてと、これだけ大活躍すれば、俺の待遇もだいぶ改善されるだろう。一流の冒険者として申し分ない強さのはずだ。
いやまあ、冒険者になるつもりなんて全くないんだがな。人との繋がりや情報を得るためには、こういうことをするのが一番いい。
読んでくださってありがとうございます。
あれ、次のヒロインがまだ出せないとか。
新人賞投稿と違って、字数きにしなくていいからですかね。
なんか長く書いてしまってるような気がします。