カイの帰還
「これ……は……」
降伏の内容を詰め、文章としてまとめ上げた俺は、すぐに本陣へと戻ることにした。風魔法を使い長距離移動し、クラリッサが指揮を執っているはずの軍団へと舞い戻ったのだった。
しかし、戻った俺を出迎えたのは……信じられない光景だった。
逃げ惑う敗残兵たち。血に塗れた草。散乱する剣と槍。平原の中央には兵士たちはいない。
周囲を見渡す。
壊れた剣が目に入った。これは……クラリッサの剣だったはずだ。パティの槍、超振動槍も置き去りにされている。
俺は駆けだした。背の低い草に隠れて、ホリィが倒れこんでいるのを見つけたからだ。
彼女独特の豪華なドレスは土と草の汁に塗れ、ボロボロになっていた。
「ホリィ、大丈夫かっ!」
「せんせ……、こ、怖かった。怖かったよぉ……」
泣きじゃくる彼女を、そっと抱きしめる。このままオールヴィ州へと連れて帰ってやりたいところだが、俺にはやるべきことがある。
そっと、彼女を再び草むらに座らせる。
「待ってろ、すぐ終わらせる」
ここで何があったか、火を見るよりも明らかだ。
そして、平原の中央にそいつがいた。
男。
かなりの身長とがたいの良い体を持つ、大男。何よりも特徴なのは、キツネの面を着用していることだろう。
そして、彼と対峙しているのはテレーザ。右の翼に穴を開けられ、いくつもの鱗が剥がれ落ち、満身創痍といった様子で強敵に立ち向かっている。
「テレーザっ! 大丈夫か!」
「カイ……わ、私……頑張りました。今度こそ、飲んでくれますよね?」
「あとは俺に任せろ……」
後ろに下がり、そっと目を瞑るテレーザ。立ってすらいない。おそらくはもう、歩けないのだろう。
「お前が……皆をっ!」
怒りに震え、濃密な魔力が大気を震わせた。
しかし目の前の男は、そんな俺の様子を全く気にすることなく、ただ黙ってこちらを見つめている。
「なぜ黙っている! 俺の仲間を……よくも……」
「急かすな。今、声紋照合が終了した。お前のデータだけは残しておいたのだが、正解だったな」
声紋照合?
「初めまして、グリモア王国大将軍カイ。俺の名はハワード。かつてマキナマキアが機工帝国と呼ばれていた時代に製作された、決戦兵器。自立稼働型竜騎兵D六六〇〇。お前という最強最大の敵を倒すために科学者たちが生み出した、精巧な殺人機械だ」
「……何っ!」
こ……こいつ、俺が生きていた時代の……兵器なのか?
確かに、あの時代のクオリティを持つ兵器であるなら、ホリィやテレーザがやられてしまったのも頷ける。
「バウル、ヴェリー、マンフレート、お前はこの将軍たちを覚えているか?」
俺はその名前に聞き覚えがあった。転生前、グリモア王国で一緒にいた将軍たちだ。
「……俺の同僚であり、友人だった将軍たちだ。あいつらがどうした?」
「そいつらは俺が殺した」
「……っ!」
俺は頭に血が上っていくのを感じていた。
あれは戦争だった。誰かを殺し、そして殺されるというのは覚悟の上だった。
でも、それでも仲間の死を宣告されるというのは辛いものだ。もう五〇〇〇年の時がたち、生きていない相手であったとしても。
「いずれもなかなか強力な将軍たちだった。そうそう、ヴェリーとかいう将軍は、死に際にお前の名前を呼んでいたぞ。俺が首を絞めてやるとな、『カイ将軍……た、たすけ……』などとうめき声をあげ――」
「黙れっ!」
俺はハワードの言葉を遮った。
「よくわかった。お前が……俺の王国を滅ぼしたんだな。あいつらの、そして今ここでやられてしまった兵士たちの敵は……俺が討ってやるっ!」
「くっくっくっ、自分だけが被害者面か? お前が帝国にもたらした災厄は、並大抵のものではなかったのにな」
「……?」
その言葉に、違和感を覚えた。
確かに、俺は王国最強として戦争に多大な貢献をしていた。しかしそれは、一進一退という大戦の中における一つの駒というレベルの意味であり、帝国全体にダメージを与えたとは思っていない。局地戦の勝利を、帝国の災厄と呼べるのだろうか?
「災厄? 俺は帝国でそんな風に呼ばれていたのか?」
「お前が転生した後のことだ」
「……? 俺が死んだ後? 何かあったのか?」
「くくっ、当の本人が何も知らないとは、なんとも皮肉な話だな」
なんだ? こいつは何を知っている? 俺が転生した後、俺のせいで帝国が苦しんだ? 意味が分からない。
いや……細かいことはいったん忘れよう。
こいつにはいろいろと聞きたいことがある。だが、大戦時代……それも俺が転生した後に作られた兵器だ。その性能は決して侮ることはできない。
無傷で捕らえてはおきたいが、手を抜けば……こちらがやられてしまうかもしれない。
俺の気配を感じたのか、ハワードは構えた。
「俺が完成したとき、すでにお前は転生した後だった。お前のいない世界で、俺は幾多の将軍とドラゴンをこの手にかけ、次世代の兵器が完成すると不要とされ……廃棄処分が決定されてしまった」
いつの間にか空は曇り、雨が降り始めていた。俺の頬を、雨水が伝う。
「俺は何のために生まれた? 何のために戦った? 俺の起源、俺の目標。見せてくれないか大将軍? 俺が生まれるに至った、その力を……」
雨は、やがて豪雨となって周囲を穿つ。かつて戦場に散った友――ヴェリーやマンフレートが泣いているようですらあった。
ハワードが足を前に突き出した。平原の大地に溜まった雨水が跳ね飛ぶ。
「さあ、獣たちの宴を始めようっ!」
「大洪水帝、バーハラっ!」
二つの力が、今、交錯する。
読んでくださってありがとうございます。
例えば、誰かが傷ついて悲しいという話を書いたとき。
この悲しさがどの程度伝わっているのか真剣に気になります。
他の人の小説読んでいて、人が死んだとき、「うおおおおおおっ!」「許せねぇ……」ってときもあれば、「なんか主人公がすごい悲しんでるけど、こいつ誰だっけ?」「なんで主人公こんなに悲しんでるの?」みたいな時もあります。
僕の小説が前者であることを切に願います。




