ハワードの猛攻
エドワードは意識を保つのが精いっぱいだった。
ハワード総督に連れられ、空を飛んだ。今自分がどこにいるのか、それすらも分からないまま景色が移り変わっていく。
やがて、ハワード総督はある一点で停止し、急激に高度を低下させた。
平原。
多くの敵兵士たちが周囲にいるその場所へと、彼は降り立ったのだった。
ハワードが手を放したため、エドワードは地面に放り出された。あまりの事態に腰が抜けてしまい、立つ気力すら起きない。
ゆっくりと周囲に目線を移す。取り囲むようにして立っている兵士たちが、どうしていいか分からぬように狼狽えている。
誰もが、その光景に唖然としていた。
「兄上っ!」
聞き覚えのある声。妹のパティだ。しかしエドワードはその声に応えるほどの体力が残っていない。
「は、ハワード総督! これはいったいどういうことだ! お前は魔法使いだったのか?」
「久しいなパティ・マキナス。すっかりそちら側というわけか」
周囲を敵兵に囲まれたこの状況。しかしハワードは臆することなく、普段通りの声色だ。
人でないゆえに声色が変化しないのか、それとも本当になんとも思っていないのか、エドワードには分からなかった。
「カイとかいう邪神はどいつだ?」
「残念だったな。邪神殿は兄上に会うためセレスティア州へ向かった。入れ違いになってしまったな」
「そうか、それは残念だ……」
くっくっくっ、とハワードはお面の下で静かに笑った。
「では暇つぶしに、俺がこの王国軍を全滅させてやろう」
誰もが、その言葉に恐怖した。
空を飛びやってきたこの男。邪神という王国最強がいないこの状況であるならば、王国側もまったくの否定しきれないのが現状なのだろう。
「しょ、正気かハワード総督。それが兄の、いや父上であるローレンス皇帝の命令なのか?」
「ローレンス?」
パティは息をのんだ。彼が父親のことを呼び捨てにしたことが信じられなかったのだろう。
「……いや、もうこの時期だから話をしてやるが、俺は別にローレンスに忠誠を誓っているわけではない。俺がこの身を捧げているのはただ一人――」
と、そこでハワードの言葉は途切れた。
背後から忍び寄ったクラリッサが、その大剣を彼の頭に叩きつけたからだ。
エドワードやハワードからは見えない死角。おそらくは足運びにも細心の注意を払い、奇襲を成功させたのだろう。
頭部に致命傷を与えた……はずだった。
「いい腕だ。俺の州にはお前のような強者はいなかった」
だが、ハワードは無事。致命傷どころかかすり傷すら負っていない。頭部を直撃したクラリッサの剣は、まるで分厚い鉄の塊に叩きつけたかのように……砕け散っていた。
「嘘……でしょ?」
「俺はロボットだからな。剣でどれだけ叩いても、槍でどれだけ突かれても……死ぬことはない。壊れることはない。そういう生き物……いや機械か」
ハワードはクラリッサの腕を掴み、力任せに投げた。彼女の体は宙を舞い、近くにあった巨木へと激突する。
鈍い音がした。口を切ったのだろうか、少しだけ鮮血が漏れている。
「体を撓らせ衝撃を吸収したか」
感心するハワード。
次いでパティ。自らが持つ超振動槍を片手に、ハワードへと迫る。
だがハワードはその攻撃を難なく回避。
超振動槍は奇襲に向いていない。その巨大な威力を生み出すための重低音は、震えと音の両方で敵へと感知されてしまう。
「いい判断だ、パティ・マキナス。その武器は俺に効く。だが、当たらなければなんということはない」
「……くっ!」
「ローレンスもつくづくかわいそうな奴だ。あれほど世界を思いやっているのに、子供たちに裏切られ国民に馬鹿にされ……」
ハワードはパティに蹴りを食らわせた。人外ゆえに筋肉という枷すらないその一撃は、彼女の体を軽々と吹き飛ばす。
盾で防いだパティであったが、ハワードの攻撃は魔法ではない。絶対防御盾は魔法を完全に無効化するが、物理攻撃にはただの盾でしかない。地面に数度激突し、遥か遠くで静止した。意識を失っているようだ。
そんな彼女のもとに歩み寄るハワードだったが、すぐに足を止めることになる。
「雷魔法レベル八、光電雷王コンスタンティン」
エドワードは見た。アダムス総督の娘であり、帝国最強の〈邪法使い〉と恐れられるホリィが魔法を放つのを。
巨大な巨人雷王、コンスタンティンが召喚される。巨大な雷の剣で、ハワードを感電させようとする。
しかし、その魔法はハワードに触れた瞬間……霧散した。
「喜べ女。今、俺の魔法使い感知システムが動いた」
「え……あ……」
ホリィは後ずさった。自らの魔法が消され、狼狽しているのかもしれない。
「この世界から『魔法』が消失し、邪法と蔑まれるようになって二〇〇〇年。教団に所属する魔法使いもどきレベルでは、俺は魔法使いとして認識することができなかった。誇っていいぞ、お前は二〇〇〇年に一度の最強魔法使いだ。俺の敵……足り得るほどにな」
「ホリィ様を守れっ!」
クラリッサが倒され、パティが吹き飛ばされ、それまで固唾をのんで様子を見守っていたグリモア王国兵士たちが、一斉にハワードへと詰め寄った。
「邪魔だ、雑魚ども」
たただ腕を振るう、それだけで凶器となり得る。
ハワードの腕は、向かい来る敵兵三人を吹き飛ばした。さらに彼らの骨や武具が周囲へと霧散し、近くにいた多くの兵士たちを巻き込んだ。
兵士たちの動きが止まった。進めるわけがない。ただ腕を振り回しただけで、一〇〇人以上が戦闘不能になったのだから。
「ひ、ひいぃ、なんだよこいつ」
「て、撤退だ! 一時撤退!」
「痛ぇ、いてぇよ」
ハワードが火炎に包まれる。味方の言葉に、ホリィは勇気を振り絞って火炎魔法を行使したようだ。
だがそれも、失敗。
まただ。
また、魔法が無効化された。
「残念だったな。俺の体は絶対防御盾の完成形だ。あらゆる魔法を無効化し、大戦時代は幾多の魔法使いをこの手にかけてきた。そう俺は、最強の魔法使いと呼ばれる大将軍を倒すために生み出された……兵器」
未だ残りカスのようにただよう火炎を掴み、完全に魔法を消失させるハワード。
「無敵防御層。俺には絶対防御盾ような死角はない。前後左右上下、この体が触れるただそれだけで、魔法は消えてなくなるのだ」
「せ……せんせ、助け……」
「子供か。戦場に来るには早すぎたな。だが俺は機械だ。安易な同情は通用しないぞ」
とどめを刺そうと手を振り上げたハワードだったが、すぐにその動作を止めた。
空から声が聞こえた。人間の声ではない、動物の鳴き声のようなその声は……。
「竜か」
エドワードは空を見た。
そこには、竜――テレーザがいた。
読んでくださってありがとうございます。
止めてくれパティ・マキナス。その術は俺に効く。
止めてくれ。




