すれ違う二人
グランヴァール州方面はもはや何一つ不安はなくなった。オールヴィ州をアダムスに任せた俺は、クラリッサたちとともにツヴァイク州へとやってきていた。
すでに山岳地帯を突破し、州の城がある平野部まで軍を進めることに成功している。
これまで拠点はいくつかあったが、進軍に全く問題はなかった。
というか、戦闘すらしていない。ドラゴンやら魔法やらで脅して無血開城している始末だ。
不殺などという余裕までできてしまっている。グランヴァール州の時は余裕がなかったからずいぶんと犠牲者を出してしまったが、今回は俺とテレーザが加わっているので無抵抗にも等しい。
要するに、もう勝負はついているのだ。
平野部の街道を馬に乗りながら進む俺。別にテレーザに乗って移動してもいいのだが、制圧が必要な行軍を一人で突っ走っても仕方ない。周りに合わせるためにあえてこうしている。
「俺は最近の戦争事情に詳しくないんだが、こういう場合は争いをどう終わらせるんだ?」
「邪神殿、こういった場合は指導者と交渉するのが筋かと」
隣で軍馬に跨っているパティ・マキナスが応える。おそらくは帝国の反乱軍を鎮圧した経験があるのだろう。
ちなみに今、パティ・マキナスは超振動槍と絶対防御盾を装備している。俺が彼女に返したのだ。もはや俺に歯向かう気はないだろうと判断しての采配である。
それにしても……指導者、か。この場合はエドワード新皇帝になるんだろうな。
エドワード皇帝は確か、セレスティア州の遺跡にこもっているんだったな。あそこは旧マキナマキア帝国の首都だった場所だ。おそらく超振動槍のような新兵器を期待していたのだろうが、今まで見つからなかったものが早々発見できるはずがない。空振りなのだろう。
それにしてもセレスティア州か。俺たちが今進んでいるツヴァイク州の、さらに先だ。このまま順当にツヴァイク州へ進軍し、皇帝代理の総督が徹底抗戦してきたらやっかいだぞ。
決めた。
「よし、俺とテレーザでセレスティア州まで行って交渉してこよう」
皇子には黒い邪竜の件について話を聞いておきたい。この選択肢が最良。
「兄上と話をするのか? 私も一緒に行こうか?」
「いや、パティはこのままここにいてくれ。もし敵軍が攻めて来たら、その時に対応してもらいたい。兄と剣を交えるのは嫌か?」
「いや、私はもうお前のものだ。たとえ父であろうと兄であろうと、お望みとあらば血祭りにあげてみせる」
「ああ……うん」
い、いや、そんな躊躇なく言われると逆にこっちが引いてしまうというか……。
とにかく、ここはクラリッサやパティに任せておけば大丈夫だろう。俺はさっさと降伏勧告してこよう。
俺とテレーザはセレスティア州へとやってきた。
竜に跨っての登場ということもあり、多くの人々を驚かせてしまった。ただ、噂で多少は話を聞いていたのだろうか、これまでと比べて幾分か驚きの度合いが少ないように思える。
城のバルコニーへと降り立つと、すぐに中へと案内された。意外と友好的だ。
「お、お待ちしておりました」
おそらくは州総督か、それに近しい身分の男だろう。慇懃無礼に挨拶をしてきた。
その表情は決して俺を歓迎していないが、かといって逆らおうとする気力も見えない。
「エドワード皇帝に会いたい。取り次いでもらえるか?」
「エドワード皇帝は、その……行方不明でして。私がこの場での全権を任されております。グリモア王国に、降伏したく……」
歯切れの悪いように、男が言った。手は震え、額からは滝のような汗が零れ落ちている。
「皇帝を庇ってるのか?」
「か、庇ってなどおりません! その、目撃証言が不確かなため、あまりはっきりとしたことは申し上げられないのですが、ハワード総督とともに……その、空を飛んで南へ向かったとの話が……」
「ハワード総督? 確か、どこかの州総督だったな」
「帝国北東に位置するリディア州の総督です。現在は行方不明と聞いていましたが、どうしてこの地に……」
そのハワード総督とやらが空を飛んでエドワードを連れて行った? 嘘をつくならもう少し上手に……。
いや、待てよ。
そのハワードとかいうやつが魔王ちゃんレベルの魔法使いなら、風魔法で空を飛ぶこともできるはずだ。魔法を使い、俺がいる敵陣へと向かっていったとしたら?
入れ違いになったか?
嫌な予感がする。
「テレーザ、お前はいったんクラリッサたちのところに戻ってくれ。俺はもう少しこの場で降伏内容について詰めておきたい」
「分かりました」
テレーザが竜体へと変化した。窓の外から、南に向かって飛んでいくのが見える。
降伏勧告は上手くいきそうだ。できることなら、この場で話をつけておきたい。
竜ほどではないが、俺だって空を飛べる。風魔法を応用すれば、それなりの速度で移動できるのだ。
例のハワード総督というのが多少は気になる。しかし、魔法使い程度ではテレーザには勝てない。
何も問題にはならない。
読んでくださってありがとうございます。
これまでの魔王ちゃんとかが嘘のようなノリ。
このまま最後まで頑張っちゃうのです。




