世界創生
幻覚魔法により、敵味方を精神支配下に置いたこの俺。もはやバトルしているふりをする必要はない。
「えへへ、うーまくいったかなぁーと」
魔王ちゃんは周囲に倒れている仲間たちの顔を覗き込んでいる、いずれも深い眠りについているかように瞳を閉じていた。
「今頃、魔王ちゃんが世界崩壊させる幻を見ているはずだ。生き残った俺と二人で、世界の終わりをただひたすらに眺めている……そんな幻を」
俺は自らの仲間たちに目を移した。
「ああああああぁあああ、滅ぶ、ほろびりゅうううううう、世界がああああっぁぁぁぁぁ」
「んほっほおおおおおおっ! 終末がはじまりゅうううううっ!」
「ほげえええええええええええええええ、邪神様ぁあああああああ、たしゅけてええええっ!」
……これだから過激な幻覚魔法は。あまり長期間やりすぎると、精神に深刻なダメージを与えてしまうらしい。ほどほどにしなければ。
さてと、一般の兵士たちはこんな感じだが、クラリッサたちはどうなんだろう。あまり無様な姿を曝してなければよいが。
俺と一緒に世界崩壊を眺めている、そんな幻を見ているはずなんだが。
「カイ、あたし、あんたのこと、ずっとす……す……スルメイカ!」
クラリッサは死ぬ間際にスルメイカが食べたかったのかな?
「カイ、やっと飲んでくれる気になったんですね。うれしいですー」
あ、テレーザ……。ごめん、ほんとごめん。今君が見ている俺は幻なんだ。今回は俺が悪かった。あとでちゃんとフォローしてやるから許してくれ。新しい服も用意しておいてやろう。
「う……すまない、兄上。そして邪神殿も、今だから正直に告白するが、一昨日邪神殿のヨーグルト盗んだの私なんだ。手持ちのストックが足りなくなって、毎日飲まないと胃腸が強くならないし。許してくれ……許して」
あ。
今聞き捨てならない発言を耳にしてしまいました。こいつとは後でゆっくり話し合う必要があるようだ。
「う、な、何でもするから許してほしいとは言ったが、邪、邪神殿、どこを触っているんだ。ひ、ひゃん、やめ……」
幻の俺は何をやっているんだろう。本人の今の気持ちやら願望やらをいろいろと反映しているはずだが、俺自身にも詳しいことは分からない。
そして――
「……せんせ?」
と、何ら幻を見ていない様子のホリィが、不思議そうに俺へと声をかけてきた。
そう、彼女は……幻覚を見ていない。
「ほ、ホリィイっ!」
し、しまった。そうだ忘れてた。俺はホリィに魔法の抵抗に関する技術を教えていたんだ。広域の幻覚魔法なんて使ってしまったら、当然ながら一人ひとりへの威力は弱まるわけで……。
それなりに魔法が使いこなせる魔法生物ちゃんでさえ、しっかりと幻覚の中にトリップ中なのだ。魔法を完全に打ち消したこの子の力量がうかがい知れる。
まずい、まずいぞ……。
「くっ、くぅ……、人間め。よくも魔王である我の心を操り、『えへへ』などと言わせたな。大した力量だ……」
あ、この子裏切った。ひどい。魔法生物ちゃんは五〇〇〇年の時を経てこずるく成長したようです。
「せんせ、私にも魔法使おうとした。仲間外れ?」
ホリィが沈んでいる。ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。
「あーいや、その、な。ごめん、悪気はなかったんだ。つまりは、その――」
「そうそう、仲間外れなのー」
と、魔王ちゃんが会話に割り込んでくる。
どうやら操られた魔王路線は止めたらしい。まあ、魔王が操られちゃったってのもよくよく考えれば情けない話か。
魔王ちゃんは俺に抱きついてきた。
「パパはあたしのなんだからねー、うぷぷ、お子様は黙って夢の中でお父さんに甘えてればよかったの」
「…………」
ホリィが不機嫌そうに頬を膨らませた。魔王ちゃんの銀髪とホリィの金髪、互いに並ぶと映えるな。
「先生から離れてっ!」
「離れませーん。パパはあたしのものです。五〇〇〇年前からずっとそうです」
「……嘘つき」
「でも幻を見せようとしてたでしょ? 分かる? あなたの先生にとって、一番重要なのはあたしなの。それ以外の人はいらないの」
「……違うもん」
「違わないもん」
「違うっ」
「違わない」
なんだろう、この子供のケンカは。ま、まあ、互いに魔法を使おうとしないあたりの分別がついてるだけ良しとしよう。
「いやいや君たち。今は政治的にも重要なパフォーマンスの途中なんだから、頼むから静かにしてくれないか」
と、優しくお願いすると、二人はぱっと離れて言い争うのを止めた。もっとも、お互いをあまり快く思っていないのは変わっていないようだが。
まあ、二人とも頭は回るみたいだから俺の言いたいことを理解してくれたのだろう。助かる。
「せんせ、これからどうするの?」
そう。
なんせ俺が見せた幻では、世界が絶賛崩壊中なのだ。そのまま幻から目覚めさせてしまっては、嘘であることが丸わかりだ。
「いいか、俺は今から幻に介入して新しい映像を見せる。俺が物質錬成レベル一〇〇、世界創生(※こんな魔法はない)を使って壊れゆくこの星を再生するんだ。マグマが治まり、枯れ木からは緑が噴き出し、痩せ死んだ小鹿が息を吹き返すところから始まるぞ」
「…………」
なんかホリィの目が冷たいような気がするんだけど、気のせいだろうか。
とにかく、俺がこの星を復活させたところで幻を切るのだ。そうすれば夢と現実が繋がり、あたかも俺が世界を再生した救世主のように見えてだろう。
いかがだろうか? この神々しい活躍ぶり。もう邪神とは言わせない!
「それじゃ、行くぞ」
三。
二。
一。
解除!
読んでくださってありがとうございます。
完全にコメディへと傾いてしまっているおうです。
つ、次の次ぐらいでまじめなのに戻るはずです。




