魔王との接触
魔王城。
グランヴァール州の山奥に存在するその城は、深い森の中にひっそりと佇む巨大な建造物である。あたり一面を紫色の毒々しい沼が覆い、まさに悪の巣窟と思えるような薄暗い場所だ。
俺は単身、魔王城に突入。
綺麗に絨毯のひかれた通路を、ただただ進んでいく。
「つよい! にんげん、つよい!」
「かてない、かてない!」
などという雑魚の魔法生物ちゃんたちをあしらいながら、俺は城の奥へと進んでいった。
「貴様、止まれっ!」
城内三階、巨大な廊下の突き当りで、俺はそいつに出会った。
外見はこれまでと同じ銀髪の魔法生物。しかし、これまでの舌足らずな彼女たちとは違って、なかなか知性がありそうな感じ。加えて、着ている服も何やら将軍っぽいドクロの胸当てやらツノ付き兜やらで、いかにも幹部級な見た目だった。
「魔王軍左将軍であること私がお相手いたそう。はぁっ!」
掛け声とともに、魔法生物ちゃんは魔法を使った。詠唱省略、レベル五の火炎魔法。巨大な火球が俺の下へと迫る。
なるほど、確かにこんなやつを普通の人間が相手にすれば、大苦戦は間違えないだろう。だが――
「やれ、蒼水大公」
俺の魔法に勝てるはずもなく、水魔法レベル七によって炎ごと水で吹き飛ばされてしまった。
ちなみにこの魔法生物、俺の設計で魔法に対して抵抗を持たせてある。だから普通なら人が死んでしまうようなこの魔法を食らっても、意識を保てるぐらいには体力が残るのだ。
「く……なんという……人間だ。ま、魔王様、お逃げ……ください」
と言って動かなくなってしまった。ここが限界だったのだろう。
さて、と。
どうやら、ここが魔王の部屋みたいだな。
これまでの扉とは全く違う、異質な門。まるで人間の骨を彷彿とさせるような禍々しいその入り口へ、俺は手をかける。
鈍い音とともに、扉が開いた。
広い部屋だ。
いくつもの柱が並び吹き抜けとなったその部屋の中央には、一人の少女がいた。
この少女が、魔王。
毒々しい玉座に腰かけた少女は、これまでの魔法生物と同じように、美しい銀髪に小さな黒羽と黒尻尾を持っている。相変わらずかわいらしい容姿をしているのだが、やはり魔王であるからなのだろうか、他の奴らには見られない威厳が感じられた。右目をドクロの眼帯で覆い、体を覆い隠すような黒マントを身に着けている。
「ククク、愚かな人間よ。よくぞ我のところまでやってきた」
俺を見下すように笑う魔王。
ん、この声……どこかで聞き覚えが。
「どうやら死にたいらしいな。良かろう、我直々に相手をしてやろう。さあ、早く後ろの扉を閉めるのだ」
「え? なんで俺が?」
「早く扉を閉めろ」
どうやらこの魔王さん、後ろの扉が閉まっていないことをすごく気にしているらしい。几帳面な性格なのだろうか?
俺は言われた通り、扉を閉めた。ごごごご、と唸り声のような音が響き、この部屋が廊下と隔絶させる。
瞬間、魔王が立ち上がった。
「パパっ!」
魔王はこれまでの威厳ある声とは全くかけ離れた、たとえるなら子供が甘えるような声を出した。
駆け寄ってきた魔法は俺の膝に抱きつきていた。どれだけ威厳がありそうでも、魔法生物ちゃんは背が低いのだ。
「ああんっ、パパだ、本物のパパだ。会いたかった、ずっとずっと、あたし会いたかったんだよ」
おお……思い出したぞこの声。
「お前、俺が最初に作った魔法生物ちゃんなのか? 生きてたのか?」
「えへへ、ずっとね、生きてたんだよぉ。パパがいなくなってからも、ずっとずっと……」
「そうか、寂しい思いをさせてすまなかったな……」
俺は魔王ちゃんの頭を撫でた。
「それにしても、変な格好してるんだな。エミーリア様にもらってたドレスとかコートとかあっただろ? あーいうのは着ないのか? なんでそんな恰好を?」
「え……えっとね、それは……」
言いにくそうにもごもごと口を濁す魔王ちゃん。深く問いただそうとした俺だったが、その声を唐突に遮られてしまった。後ろの扉が開かれたのだ。
あ……さっき俺が倒した幹部級の魔法生物ちゃんが扉の前に立っている。
「ご無事ですか! 魔王様!」
どうやら、この魔王ちゃんの身が心配になり体力を振り絞ってここまでやってきたようだ。なかなかの忠臣ぶりである。
「ぬわああああああああああああっ!」
突然、魔王ちゃんが後ろに飛び跳ねた。別に俺が殴り飛ばしたりとか魔法を使ったりとかそういうわけではないんだが、なぜか俺に吹き飛ばされた風に飛び跳ねて近くの柱へと激突してしまった。すごく痛そう。
「はぁっはぁっはぁっ! に……人間。なんという力だ。この我の体を、こうも鮮やかに吹き飛ばすとはな……」
「は?」
「魔法で吹き飛ばしたよな!」
なんかすごく真剣に言われたので、とりあえず頷いておく。魔王ちゃんは俺に吹き飛ばされたことにしたいらしいので、空気を読んでおく。
魔王ちゃんは威厳ある笑みを浮かべながら、マントを翻した。その下に隠れていたのは、幾重にも包帯の巻かれた右腕。それをゆっくりと解いていく。
瞬間、幹部級魔法生物ちゃんの顔が驚愕に染まった。
「ま、まさか……破滅門を解放なさるおつもりで? その右腕には……世界を滅ぼし神々の慟哭を誘う呪われし力が……」
「くっ、我とてこの力を使いたくはなかった。しかし、己を犠牲にしてでも……我は勝利しなければならないのだ」
「ま……魔王様……」
「去れ」
冷たく、しかし絶対の威厳を込めて魔王は部下へと命を下す。
「我とて、お前たちを守りながらこの力を扱うのは不可能。我の命令があるまで、誰一人としてこの部屋に入れるなっ! そして後ろの扉は閉めておけっ!」
「はっ、かしこまりました」
幹部級魔法生物ちゃんは魔王ちゃんに軽く一礼をすると、すぐに俺の方を睨み付けた。
「人間っ! お前は魔王様を本気にさせてしまったのだ! はっ、はははは……。もはやどれほど後悔しても遅い。地獄を見るがいいっ!」
捨て台詞を残して、幹部級魔法生物ちゃんはこの場から立ち去った。もちろん、言われた通り扉を固く閉めて。
すると、先ほどまで苦しそうに包帯を外していた魔王ちゃんが、再び俺に抱きついてきた。
「んもう、あいつ空気読めないよねホント。せっかくパパと久しぶりに会えたのに、さっきから邪魔ばっかり! うーうっ、もうほんとムカツクムカツク」
「え? さっきのやり取り、何?」
「…………」
魔王ちゃんちょっと沈黙。
「えへへー、ごめんね。あいつが空気読まないで入ってきちゃったから、ちょっと演技が必要だったの。てへっ☆」
いたずらのバレた子供みたいに、舌を出して自分に軽くげんこつする魔王ちゃん。
「いやだから、さっきのやり取り、何?」
「こー見えても、仲間たちの間では超強い魔王様で通ってるの。そ、そういうイメージをあんまり、こ、壊したくないかなーって」
汗まみれになりながらしどろもどろで説明する魔王ちゃん。
なるほど、どうやら魔王ちゃんは強キャラ設定を保つためにいろいろと頑張っているらしい。まあ、俺が生み出した魔法生物のオリジナルだから、この仲間たちの中では本当に強いことには間違えないんだろうけど。それでも仲間の統率を保つためには、いろいろと必要なのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。需要なのは……。
「それで、どうしてお前たちは人間を襲ってるんだ? ちゃんと人間を大切にするように教えただろ?」
「むー、パパ分かってない! あたしちゃんと人間を思いやってますぅ!」
なとど反論されてしまう。詳しく事情を聴いてみると……。
「人間は何年たっても争って、人を差別して、森を傷つけて動物をいじめて。誰かが悪役になって、正しく導いてあげなくちゃならないの。畑を荒らして自然に戻し、人を傷つけ一致団結するように仕向ける。それがあたしたちの……思いやりっ!」
うわぁ、こういうのって難しいな。人間のことを思いやってても危害を加えるような思考パターンが出来上がっちゃうのか。俺のミスではあるが、さすがに五〇〇〇年もの間無害を保証しろなどとは無理な話で……。
「いや、お前の言ってることが分からないわけじゃないけど、それと農地を荒したり人を襲ったりするのは関係ないだろ。やっぱりさ、人間とは仲良くした方がいいと思うんだ。パパのお願いを聞いてくれないかな?」
「ええ~、そんなのムリ! 絶対ムリ! だって魔王の威厳を保つために、仲間にその気はないけど結構過激なこと言ってたし。い……今更日和って平和にしましょうなんて、きゃ……キャラが違いすぎるっていうかぁー」
魔王ちゃんは本当に困ったように悩み抜いている。どうやら相当魔王ポジションに執着しているようだ。
「分かった。要するに、今のポジションとかキャラとかを維持したままで、人間と仲良くできるなら問題ないんだな」
「え、できるの?」
俺と魔王ちゃんは、利害を調節すればWIN―WINの関係でいられる。
「いいか、俺は明日ここにやってくる。何人か人間を連れてくるから、お前は部下たちに命令してだな……」
「うん、うん」
俺たちは話し合った。
この後、三時間かけてこれからのことをみっちりと相談したのだった。魔王ちゃんは納得し、俺の計画に従ってくれることとなった。
読んでくださってありがとうございます。
魔法名称管理しておかないと大変なことになりそうな気がががが。
時々名前間違ってて修正したりしてます。




