魔族の正体
魔族との衝撃的な出会い。
俺が思い出したのは、過去の記憶。
グリモア王国王城、中庭にて。
いつものように、俺はエミーリア様と二人きりで話をしていた。噴水に彩られたこの空間は今、俺たち二人だけの憩いの場となっている。
「カイ、どうやら思いついたようだな。私の欲しいものが何かを」
そう。
この前、俺は空中レースでエミーリア様に負け……てはないんだがなぜか負けた扱いにされて、何でも願い事を一つだけ聞いてあげなければならないことになった。
しかも、願い事を聞こうとしたら、『そんなことは自分で考えろ』などと答えられてしまう始末。女王陛下が望むものは何か、今まで必死に考えてきたのだ。
「家族が欲しい、って言ってたよな」
「あ、ああ。確かにそう言ったな」
エミーリア様がその美しい銀髪を整えながら頷いた。どうやら、俺の言ったことはそれほど間違えていなかったらしい。
ならば、俺の出した結論を言うまでだ。
「エミーリア様。俺と家族を作らないか?」
「……えっ」
エミーリア様が顔を赤めた。まるで何かを期待してるかのように、その目を輝かせた。
「わ、私は処女王宣言をした身だぞ。お前は、そこまで私のことを……。い……意地を張って処女王なんて言って悪かったっ! 本当は私、カイのことが……ずっと……」
「紹介するよ……この子を妹だと思ってかわいがってくれないか?」
そう。
エミーリア様は、妹が欲しかったんだ。だって家族が欲しいってそういうことだろ?
といっても何も俺は人間の女の子をどこからともなく誘拐してきたわけではない。レベル一〇の物質錬成魔法――万物創生はあらゆる物質を生み出すことができる。俺はこの最高レベルの魔法を巧みに操り、己の望む魔法生物を誕生させたのだ。
俺の後ろに隠れていたその子が、エミーリア様の前に顔を出した。
背中に小さな黒い羽根と、黒い尻尾の生えた女の子。髪の色はエミーリア様と同じ銀髪で、背は俺のお腹あたりぐらいまで。それが俺の生み出した魔法生物ちゃんだった。
「俺は魔法を使って魔法生物を生み出した。でもまだこの子は、知性も何も知らないただの女の子。俺と、エミーリア様、それからこの王城に住んでる使用人たちと一緒に、新しい家族としてこの子を育てよう」
「…………」
エミーリア様はもはや俺のことを見ていなかった。俯きながら、噴水近くで必死にお菓子の屑を運んでいる蟻を眺めている。
あ、あれ?
なんだろう。ものすごくがっかりされているような気がする。俺は何か選択肢を間違ってしまったのだろうか。
「え、エミーリア……様?」
「ああ、うん。ありがとう。カイ」
全然心がこもってないその返事を聞いて、俺は確信してしまった。やはり何か返答を間違えてしまったらしい。
「ぱぱー、ままー」
魔法生物ちゃんがたどたどしい声をあげた。今はまだこんな言葉しか話せないが、俺たちの言葉を学びやがては普通に話すせるようになるはず。
ぽふん、魔法生物ちゃんが俺の足に抱きついてきた。
「ぱぱー、だいすきー」
その柔らかい頬をすりすりとする魔法生物ちゃんは、世界一かわいい!
うーん、俺は本当にいい仕事をした。こんなかわいい子供に懐かれて、まるで娘ができたかのようだ。エミーリア様もきっと喜んで……。
「…………このロリコン」
エミーリア様の目が冷たい。何か変な誤解をされていないだろうか?
いろいろあったが、エミーリア様もこの魔法生物ちゃんをそれなりに気に入ってくれたらしく、城の中に部屋を用意してくれた。
昔の思い出に浸るのを止めて、現実世界へと意識を戻す。
というわけで、今、俺の眼前にいる黒い尻尾と羽根の生えた生き物は、魔族ではなく魔法生物ちゃんだったのです。
無性生殖で寂しくと分裂するように設計したはずだから、この子は俺の生み出したオリジナルから派生したコピーだろう。
まさか、あの時エミーリア様に送った魔法生物が、こうしてたくましく五千年後の世の中で生きているなんてな。しかも、魔族とかいって恐れられてるなんて。
……はぁ。
俺が魔族の創造主だった。
死にたい。もはや何の言い訳もできないほどに邪神過ぎて悲しい。こんな事実が知られたら、また『さすが俺たちの邪神様』とか元反乱軍の人たちに言われてしまう。
そんなのは嫌だ……。
俺が心の中で陰鬱になっているその時にも、魔物とパティたちの戦いが続いていた。
「くるしめっ! にんげん!」
などと片言の鳴き声のような声を発する魔法生物ちゃん。もうなんというか愛らしいことこの上ない……んだけど。
「恐れるなっ! 魔王以外は大したことない。私に続けっ!」
「うおおおおおおおおおおおっ!」
「援護するわっ!」
なんだこのテンションの違いは。みんなが必死に戦ってるところ悪いんだが、俺はこんなかわいい女の子型生物に対して真剣に戦う気が起きない。傍から彼女たちの様子を見ているだけ。
さてこの魔法生物ちゃん。かわいい様子とは裏腹に、なかなかの動きをする。まあ俺がそんな風に作っちゃったんだけどね。
この子たちが魔族扱いされて恐れられてるのも、まあ仕方がないのかもしれない。五千年前と比べ、今の人間ははっきり言って弱すぎる。数が揃えば、それなりに脅威となってしまうだろう。
それにしても、この子たちいったいどうしたんだ? 人間のことを思いやるように、ちゃんと設計したはずなんだが。
パティの蹴りが魔物へとヒット。しかし腕によってガードされたその一撃は決定打に至ることなく、敵は吹っ飛んだ勢いを利用して逃げ出してしまった。
「ふう、逃がしたか。まあ私程度なら何の問題もなく追い払えるんだが、普通の農民では少々荷が重くてな。本拠地を叩いて討伐できないか、と常日頃から思っていたのだ」
まあ確かに、あの力量で農作物荒らされたり農民襲われたりでは、かなりの被害がでてしまうだろう。俺がもしこれを解決できたとすれば、ここに住む人たちの心証はかなり良くなるはず。パティが進言したように領土として併合することも夢ではないかもしれない。
うーん、討伐、討伐かぁ……。
「ん、どうしたんだ邪神殿。先ほども全然動いていなかったな。どこか調子でも悪いのか?」
「い、いや……。少し気になることがあってな。悪いんだが先に城に行っててくれないか?」
「む、それは別に構わないが」
パティが裏切るとは思えないが、仮にグランヴァール州兵が何か危害を加えようとしたとしても、テレーザがいればどうにでもなるだろう。俺の役目は……そう……。
「あ、ちなみにその魔王の本拠地ってどこなんだ?」
「あっちだ、まさか邪神殿……一人で魔王城に……」
「うっ……」
やばい、気がつかれてしまったか? っていうかあの子たち魔王城なんて厳つい名前のところに住んでるんだ……。
「あっはっはっ、いくら邪神殿でも一人で魔王を相手にするのは無謀すぎるか。くれぐれも近づかないよう注意してくれ」
「分かった」
てな感じで、俺はパティやホリィに別れを告げ、その場から遠ざかった。
さてと、あっちか。
走れっ!
読んでくださってありがとうございます。
若干コメディ寄りになっていますが、しばらく続きます。
バランスとるのは難しいです。




