魔王退治
王城の執務室には王国の主要メンバーが集っていた。今日、この場所でパティの話を聞くためだ。
俺は椅子に腰かけ、目の前にはパティが立っている。
「頼みたいことがある? それは俺に手持ちのヨーグルトを少し分けてくれるぐらいの懸案か?」
「茶化さないで欲しい。グランヴァール州の運営にかかわるまじめな話だ」
どうやら、真剣な話らしく、パティの面持ちも緊張している。
俺は気持ちを引き締めた。まじめな話だというなら、俺も一国の王として対応しなければならない。
「俺たちは帝国と戦争中なんだ。今は小康状態だが、いつ状態が変わるかもしれない。あまり無理な願いは聞けないぞ」
「邪神殿はいずれ帝国全土を制圧するつもりだと聞いている。なら、自らの領土が抱える問題に対し、もう少し真剣に取り組んでみてもよいのでは?」
「ぬ……」
そう言われると、反論が難しい。だが『自らの領土』と認めてしまうこの話の内容は……。
「それはグランヴァール州総督として、グリモア王国への併合を希望していると理解していいのか?」
「この問題さえ解決すれば、私からそのように取り計らってもいい」
「ふむ……」
姫総督として名高いパティ・マキナスだ。彼女がグリモア王国への参加を進言したのなら、その効果はかなり大きいだろう。
「よし分かった、話を聞く価値は十分にあるみたいだ。言ってくれ」
「我々が手を焼いている魔物たち。お前の力で屈服させることはできないか?」
魔物……か。
「一つ質問をいいかな?」
「なんだ?」
「魔物って、何?」
しん、と部屋の中が静まった。
……あれ?
俺は何か変な質問をしてしまったのだろうか?
っていうかこの世界に魔物なんていたの? それって物語とかだけの存在だと思っていたんだが。
「グランヴァール州は魔族と戦っているから兵士が強い。少し世界情勢に詳しいものであれば常識ですな」
「アダムス総督の言う通りよ、なんで知らないのかしらね? ドラゴンのテレーザちゃんは従えてるのに」
「わ、私を魔物とやらと同列に比べるのですかっ! 失礼です!」
と、身内からボロボロに叩かれる始末。
い、いや、確かに『グランヴァール兵は強い』という話は聞いていたが、それは反乱とかに対応したりとかそういう意味だと思ってたわけで、そもそも魔物なんて言葉初めて聞いたんだが……。
「す、すまない。俺は田舎の方がからやってきたから、そういうことにはとてもとても疎いんだ。すまないが、一から説明してくれないか?
「いいだろう」
俺の要求に応えたのはパティだった。
「魔物、あるいは魔族とも呼ぶな、こいつらは魔王の頂点とする人間とは異なる生き物だ。知性があり、会話をすることができる。そして、その身体能力は軽く人間を凌駕している」
「なるほどな。その強い体を使って、人を殺したりしてるわけだ」
「いや、奴らは好んで人は殺したりしない」
「は?」
なんだか、俺が思い描いている魔物とはずいぶんと隔たりがある気が。
「ただ、農作物を荒らしたり人を傷つけたり、そういう迷惑行為を行うことが多い。殺す、というのは言い過ぎだが、足を傷つけられ立てなくなってしまったものもいるらしい」
「それ、イノシシやクマの方がよっぽど危ないんじゃないのか?」
「…………」
「…………」
「…………」
はっ、駄目だ。なんか俺が呆れられてる。こいつらの中では魔物の危険性は絶対なんだ。余計な口を挟むのは止めよう。
「こっ、こほん。よし、分かった。ツヴァイク州とは交戦状態にあるから、兵士をむやみやたらに動員することはできない。この件は俺とテレーザ、それから少人数で対応することにしよう。それでいいか?」
「邪神殿のお手並み、期待しているぞ」
こうして、俺たちはグランヴァール州へと行くことになった。
テレーザに跨り、少人数でグランヴァール州へとやってきた俺たち。いきなり城にドラゴンを連れて現れたら混乱も大きいだろうから、とりあえず街道沿いの農村へと降り立った。
「城までは歩いて一時間といったところか、案内しよう」
そう言って竜から降りたのはパティ。その動きに迷いはない。
次はクラリッサ。プルプルと震えている。そういえば雲の上でもあまり元気がなさそうだったな。
まあ、テレーザのヤツ飛ばしまくってたからな、怖かったのかもしれないな。
「あ、あたし、帰りは歩いて帰っていいかしら?」
「何言ってるんだ。大将軍が何日も前線からも遠くにいたら問題だろ? 次もドラゴンに乗って帰るに決まってるだろ」
「…………」
まあ、頑張って慣れてくれ。たぶんこれが最後ではないはずだから。
続いて、ホリィが降りる。小さな体だから、少し着地が心配になってしまう。
……やるな。
風魔法を体に絡め、ジャンプの衝撃を吸収してしまった。俺のように上手く魔法を使いこなせている。
ホリィが俺に向かってVサインをした。俺はとりあえず頷いておく。
俺、クラリッサ、パティ、ホリィ、そしてお供の反乱軍兵士二人が今回この地にやってきた協力者だ。このお供たちはある程度信用がおけるため、テレーザがドラゴンであることを説明した。最初は信じようとはしなかったが、実際に竜体へと変化したらもう文句を言わなくなった。
パティの先導のもとに、街道をゆっくりと歩いていく。
「本当に森が多い場所なんだな、グランヴァール州は」
ここは農村。だが農村、とは言っても平原が広がっている場所ではない。森林に囲まれた小さな小さな村だ。
「ああ、その分農地を開拓するのがかなり大変だったらしい。今でも、新しい街道を整備しようとすると一苦労さ。……む」
パティが足を止めた。
「邪神殿、あれが魔物だ」
どうやら、魔物が近くにいるみたいだな。彼女が指をさしている場所は、畑の奥。
その先を見つめると、確かに何かの生き物がいるようだ。茂みがかさかさと揺れている。
どうやら畑を荒らしに来たらしい。話題の魔物が茂みから飛び出し姿を現した。
これが……魔物?
「こ……この生き物はっ!」
な……なんてことだ……。
これが……魔物だったのか!
読んでくださってありがとうございます。
いよいよ魔王のお話。
でもこの話は、重要な話題も出てくるもののどちらかといえばコメディ寄りだったりします。




