竜界への旅
ある日、俺はテレーザを草原へと連れだした。王城から少し離れた、人気の少ない場所である。
「いったい何の用事ですか? 私をこんなところに連れ出して」
風に靡く青い髪をかき分けながら、テレーザはめんどくさそうにあくびをした。
この話、あまり誰にも聞かれたくなかった。だからこそ、こうして二人きりになれる場所へと彼女を連れてきたのだ。
「いいか、俺は今仮初の体で過ごしている。今は人の形をとっているが、この形状は変更が可能だ。俺は竜の姿に変身して、竜の世界――〈竜界〉に行ってみようと思う」
「は?」
テレーザが固まった。俺が何を言っているのか理解できなかったのかもしれない。しかしやがてその言葉を咀嚼し、徐々に驚きに染まっていく。
「可能なんですか? 仮に行けたとして、何のために?」
「水竜王と落ち着いて話がしたかったんだが。俺も大物になってしまったからな、見えないところで結構監視されてるかもしれない。あんな巨体を召喚してたら、騒ぎどころの話じゃすまなくなる可能性が高い」
まあ、これは建前で、実際のところ俺が〈竜界〉に行ってみたかったというのが大きい。
これは、生前の俺にはできなかったことだ。成長しきってしまった体では、竜に変身する際どうしても負荷が生じてしまう。今、二歳に満たない子供であるからこそ、自由に体を作り変えることができるのだ。
理論上は可能なはず。
「とりあえず俺、竜に変身してみるからそこで見ててくれ。上手くいきそうになかったら、この話はなかったことに」
「……信じられません」
未だ信じ切れていないテレーザをおいて、俺は自らの体を作り変える。大気のマナにアクセスし、己の思い浮かべた体を徐々に定着させていく。
肌の色は水色に、徐々にごつごつとした鱗が生え、体もどんどん巨大になっていく。腕は翼に、足は相対的に短くなり、首が長くなり。
若き日の水竜王を意識した、竜体へと変化する。
「どうだ、俺、ちゃんと竜になれてるか?」
と、俺はテレーザを見下ろした。彼女は興奮気味なのか、目をキラキラとさせて息遣いが荒い。
「め、めちゃくちゃかっこいいです!」
「……そ、そうなのか?」
「ちょ、超イケメンです! し、信じられません。カイがこんなにかっこよかったなんて……。今すぐ私と結婚しましょう」
「はあ?」
「私すごいんです! 水竜王の娘なんです! 将来もばっちりなので、逆タマも狙えますよ。チューしましょうチュー」
そう言って、竜体へと戻ったテレーザがその口を突き出してきた。爬虫類っぽく舌も露出している。
ひ、ひぃ、普通の女の子姿ならともかく、この竜体はいかん。なんか蛇やトカゲに言い寄られているかのようだ。
「お、落ち着けテレーザ。何を口走ってるんだ。冷静になれよ、な」
「……はっ」
俺の説得に応じ冷静になるテレーザ。
ふーん。
どういう理屈だか知らないが、俺の変身した竜はすごくかっこいいらしい。まあ、この姿のどこがイケメンなのか俺には全く分からないのだが、とりあえず上手く変身できているから良しとしよう。
「ま、まあとりあえず俺の竜変化は完璧なわけだ。まあ見た目だけで、〈竜界〉独特の環境に耐えられるかどうかはまだ不明だから、慎重に進めていこう。とりあえずゲートを開くぞ」
「は、はい」
俺は魔法陣を出現させ、召喚ゲートを開いた。今回は誰か特定の竜を召喚する予定はないため、魔法陣は開きっぱなしである。
俺たちは召喚ゲートを潜った。
〈竜界〉。
それは、召喚ゲートを通してでしか触れ合うことのできない異界。口伝でしか伝わらないこの世界へ訪れた人間は、俺が初めてだろう。
体には何も問題は起こらなかった。竜変化はどうやら完ぺきだったようだ。
どんな魔法世界なのかと期待と不安を抱いていたが、意外と普通だ。どこまでも広がる草原と、ところどころに点在する竜たち。牧歌的、という言葉がもっともよくこの世界を表しているだろう。
俺たち人間と同じように家らしき建物が建っているのだが、やはりというべきかやたらデカイ。いや、俺自身は竜になって体がでっかくなってるからそれ相応のはずなんだが、地面に生えてる草や木と比べたら違和感ありまくりだ。
俺とテレーザは空を飛び、まっすぐ進んでいる。
「水竜王の家はこっちで間違えないのか?」
「何を今更。私の家を間違えるわけがありません」
竜たちはしゃがみながら草を食ってた。
へ、へえ、草食ってんだ。そうえいばテレーザも前に人間界で草食ってたな。
「こ……ここの草は美味しいのか? 俺には雑草にしか見えないんだが」
「何を言ってるんですか! 人間界の苦い雑草と一緒にしないでください。カイも食べてみてください、絶対に気に入りますから」
「結構だ」
そこまで落ちぶれたくないんだ、俺。
「見て、テレーザ様の隣にいる殿方」
「か、かっこいい」
「この辺りでは見ないお方ね」
と、道行くドラゴン(メス?)がそんなことを呟いていたのが聞こえた。
どうやら本当に竜的にはイケメンだったらしい。俺には色違いのコピーにしか見えないんだがな。
さらに進んでいくと、俺はある一匹の竜を見つけた。
「テレーザ、少し野暮用ができた。寄り道するぞ」
「え?」
俺は進行方向を逸らし、彼に近づいていった。
彼は俺の友人であり同僚でもあるリチャード将軍の契約竜だったはず。俺とも面識がある。
「……カイ?」
近寄ってくる俺を見て、一匹の竜はそう呟いた。
ほう、気が付いたか。体を変化させていても、魔力の波長によって俺だと理解してしまったのかもしれない。さすが年配の竜だけあって、そのあたりはだいぶ上手いな。
「おおー、久しぶりだな。俺だよ俺。水竜王の契約者だったカイだ。覚えてるか? お前、リチャード将軍の契約竜だったよな。懐かしいなー、あの頃はさー」
「……ちっ」
と、何を思ったのか彼は舌打ちしてどっかにいってしまった。
なんだあいつ、機嫌が悪かったのか?
「カイ」
と、いつの間にか後ろにはテレーザがいた。
「よく知らないんですが、あのお方はよく人間の悪口を言っています。年配の方は大抵そうです。おじい様も、カイ以外の人間に対しては結構辛辣です」
「そうだったのか……」
あまり聞くことのなかった竜たちの事情を、俺は今初めて理解してしまった。
大戦時代、竜は激戦に赴き人のために働いた。人ですら苦しみもがいた戦争の中で、何かどうしようもないほどの恨みを買ってしまったのかもしれない。
安易に話しかけてはならないのかもな。
「おお……やはり、カイ殿だったか」
と、後ろから声をかけられる。振り向くとそこには水竜王がいた。テレーザと同じ水色の鱗を持つ竜なのだが、ところどころ年季を感じさせるように乾燥した体つき。竜の違いがあまり分からない俺でも、彼と他の竜との違いは容易に理解できてしまう。
さすがに彼ほどにもなれば、人間たちの扱う魔力には精通している。おそらく、俺がここに来た時点でそのことを察知したのだろう。
「水竜王。若い時のお前をイメージしてこの体を作ってみた。どうだ? 似てると思わないか?」
「カイ、何を言ってるんですか? おじい様がこんなかっこいいわけないじゃないですか」
「かっかっかっ、そうじゃそうじゃ。我は若い時はかっこよかったんじゃ。テレーザよ、この姿をよく見ておくがよい」
「えー信じられませんよおじい様。ボケて頭がおかしくなったんじゃないですか?」
かわいそうに水竜王。俺はお前の若き日の姿を知ってるぞ。
「さっきそこで、リチャード将軍と契約していた竜にあった。なあ水竜王、人間は……嫌われているのか?」
水竜王は露骨に目を逸らした。
「まあ、一部の者はのう……」
この反応は、かなり嫌われてるのかもしれないな。懐かしくて声をかけた、では済まないのかもしれない。
話題を変えなければ。
「大竜王も、火竜王も雷竜王も風竜王も……もういないんだな。お前が生きていてくれてよかったよ。竜には墓とか……あるのか? あるなら一度参っておきたいんだが」
「カイ、偉大なる竜王様方の墓なら、私が知っています。おじい様の手を煩わせずとも、連れて行って……」
「テレーザっ!」
びくん、と体を震わすテレーザ。水竜王の鬼気迫る怒声に、その巨大な体を震わせていた。
「カイ殿、あまり問題を起こしてもらっては困るのじゃ。竜には竜の事情がある。墓はある、ある……が参るのは控えてもらいたい」
「……駄目なのか?」
「墓に行くまでには、多くの民家がある。カイ殿のことを知る年配の連中もおるのじゃ。彼らの中にはそう、エミーリア殿やリチャード殿の名前を口に出すことすら……嫌悪する者たちもいる。自重するのじゃ」
「……そうか、お前に迷惑をかけるつもりはなかった。すまないな」
水竜王は、俺以外の人間には辛辣、か。邪竜エミーリアはこの世界でも嫌われているらしい……。
この様子だと、あまり深くを聞くことはできないな。心なしか、水竜王自身もいらだっているように見える。
いったい、大戦時代に何があったんだ?
もやもやした気持ちを抱えながら、俺は水竜王と他愛もない談笑をして……人間界に戻ったのだった。
読んでくださってありがとうございます。
ま、魔王の話は次なんです。
魔王攻略編に進むの、次の話にしておけばよかったんですかね。




