姫総督との触れ合い
目覚めたパティを、俺たちは手厚く迎えた。変に捕虜扱いする必要もないという俺の判断だ。
水と汗で汚れた服を脱いでもらい、クラリッサが持っていた私服を来てもらっていた。簡素なワンピースは彼女によく似合っていた。
そして、俺たちは町中を歩いている。青空の下で、市民たちの活力に漲った声があふれている。
「私を牢に入れなくていいのか?」
と、三つ編みでまとめられた後ろ髪を風で揺らしながら、パティが言った。別に彼女をロープや手錠で拘束しているわけではないのだ。この場から逃げ出そうと思えば、簡単に逃げ出すことができるだろう。
「入りたいのか? 牢に? それで鎖に繋がれ悔しい顔しながら『くっ、殺せ』とか言っちゃうの?」
「な……何の話だ? ただ、牢になど入れられたら、それこそ胃が痛くて死んでしまいそうになると思うから勘弁してほしい」
「なら今のままでいいんだろ」
冗談の通じない奴だ。
俺たち二人は城下町の大通りを歩いている。新国王が美少女と二人で町を歩いている、といった感じなので、先ほどから視線が気になって仕方がない。
「では帝国との交渉に使うつもりか? 父上も兄上も私のために身代金や軍事的譲歩を用意するほど甘くないぞ」
「そのつもりもない」
別に帝国と戦って負けるとは思っていない。変なことをして心証を悪くされる方がよっぽど迷惑だ。
「私の武器はどうしたんだ?」
「あの超振動槍と絶対防御盾は預からせてもらう。ただ、武装するなと言っているつもりはないから、代わりのナイフか何かが欲しいなら用意するが。武器がないと落ち着かないか?」
「ぐんぐ……にる? 何の話だ?」
おっと、それは俺がいた時代の呼び名だったな。こいつらは別の呼び名を使っているんだった。
「神槍と神盾のことか?」
と、パティが勝手に言い直してくれた。助かる。
「おお、そういえばそういう呼び名だったな。それを預かっているから、他の武器が欲しいかという話だ」
「私は武術の心得もある。ナイフなどあってないようなものだ。問題ない」
そういえば、独立記念パーティの時もアダムスの刺客を蹴り上げてたな。あの時の体術は見事なものだった。あまりこの子を怒らせないことにしよう。
「あ、邪神様。こんにちわっす」
と、露天商に声をかけられた。こんな呼び方をするのは旧反乱軍のメンバーだけだ。正直止めて欲しい。
どうやら焼き魚を売っている露天商らしい。火にあぶられ、串刺しにされた川魚が香ばしい香りを放っている。
「なんだお前、本当に邪神と呼ばれているのか?」
「お……お前だってそう呼んでたじゃないか」
「あれは侮蔑を込めてそう呼んだつもりだったが、まさか国民からもそう呼ばれているとは……」
「ああ……俺もどうかと思っている」
俺は露天商に金貨を差し出し、魚を二つ買った。
一つを口に頬張る。塩で味付けされながらも、魚本来の味を失わない身はとても美味だった。
「いるか?」
「む、くれるのか? 感謝する」
皇女様だかこういう串刺しの魚はどうかと思ったが、彼女はあまりそういったマナーに拘らないらしい。まあ、そこまで社交性があったのだとしたら、そもそも独立記念パーティで胃を痛めたりはしなかっただろう。
パティは俺から受け取った魚にかぶりついた。
「美味しいな、これ」
と、パティが顔をほころばせた。喜んでもらえて何よりだ。
「帝国から独立したというのに、この国は全く混乱していないのだな。もっと、王国残留派や教団の関係者が暴れまわっているかとばかり」
「そういうやつらは排除した」
独立前の傀儡時代、すでに教団には圧力を加えていた。反乱を起こすような奴がいたとしたら、その時にすでに手を打っているだろう。
「やっぱり、皇女としてはいろいろと気になることがあるのか? この国の状態を気にしてるようだが」
「皇女か……」
と、パティは俯いた。
「時々、考えることがあるんだ。もし私が皇女ではなければ、いったい何をしていたんだろうかとな。出たくもない会議に出て、兵を率いて戦って。それが私の人生なのか? こうして総督としての仕事から解放されてみると、なおさらそう思う」
「分かるな、それ」
「分かるのかっ!」
パティが食いついた。
「兄上にこんな話をして、ひどく叱られたことがあってな。共感してくれるのは素直にうれしいぞ」
「あ……ああ……」
昔考えたことがある。もし俺が将軍ではなくただの若者で、エミーリア様が王族ではなかったとしたら、その時は……。
そう、俺はエミーリア様と二人で。
いや、何を考えているんだ俺は。陛下は関係ない。関係ない……んだ。
「お前が悪い奴でないことは分かった」
と、俺がうんうんと悩んでいる間に、パティもいろいろと考えていたらしい。
「今日、こうして話ができたのは良かった。お前に部下たちが殺されたことを忘れたわけではない。しかし、戦争とはそういうものだ。もともと私が攻めいってこの結果なのだから、いちいち恨み言を言うつもりはない」
「そう言ってくれると助かる」
不毛な言い争いにならなくてよかった。グランヴァール州兵というのは、思いのほかに戦に対する覚悟が備わっていたようだ。彼らは本当の意味で……戦争をしている。
「それと、私はしばらくこの地に留まりたいと思うのだが、いいか?」
「……唐突だな。グランヴァール州の方は大丈夫なのか?」
「もともと、私はグランヴァール州では内政面に関与していない。周囲の部下たちが上手くやってくれていたし、それは私がいなくても変わりないだろう」
「じゃあお前がいなくても何も問題はないのか?」
「いや、さすがに殺されたともなれば話は変わってきてしまうだろう。とりあえず、私が無事だということを手紙で示しておきたいんだが、いいか?」
「その程度なら問題ない。お前が死んだことにされて、弔い合戦みたいな流れになったら困るからな」
手紙はすぐに届けさせよう。俺が彼女を迎えて、手荒な真似をしていないことをアピールするんだ。
「そうだな、ほんの少しだけ……ここで休憩をしてみるのも悪くない。最近は胃を痛めるような出来事ばかりだったからな。お、あの店は何だ?」
パティが走り始めた。彼女を見失わないよう、俺も後をついていく。
思ったよりも好感触で助かった。彼女も彼女なりに、帝国に対して不満を持っていたのだろう。
この後、胃痛に苦しむ彼女を城までおんぶして連れて帰った。あまり飲食は控えさせないといけないみたいだ。
読んでくださってありがとうございます。
くっ、殺せ。
これにちなんで、『クッコロ』という鳴き声で鳴く女騎士クッコロボックル族のくーちゃんというキャラを考えました。
困ると「くー♪ くー♪ くっころ♪」と歌を歌いみんなを癒します。
という話を初期案ではこの小説に乗せる予定だったのですが、あまりにコメディ寄りなのでやるの止めました。
なんだよこのキャラ・・・。




