居城への帰還
俺はパティ・マキナスを抱きかかえて城へと戻った。
テレーザには念のため王国周辺を巡回してもらっている。何か変な動きが見られたら報告するようにとも命令している。
「帰ったぞ」
執務室に入り、パティをソファーへと寝かせる。部屋の中にはアダムス以外誰もいない。
俺はいつも自分が座っている机の椅子へと腰掛けた。
「……陛下?」
ぽかーん、とまるでボケたように立ち呆けていたアダムスの顔が印象的だった。テレーザと二人で勝利してしまったことに驚いているのか、皇女を連れてきたことに驚いているのか、それとも帰ってくるのがあまりに早かったから驚いているのか、どれが正解なのか俺には分からない。
それにしてもアダムス、やつれたな。豚みたいに太ってたのが遠い昔のようだ。今となっては、渋くてかっこいいおっさんとしても通用する。
こういう具合で痩せていく様子を周囲に見せ、新国王の下で苦労していると周囲にアピールし、悪徳総督時代の不満を逸らす。俺の意図に彼自身も気がついているのかもしれない。
「……、と、とりあえずは戦勝おめでとうございます。大変喜ばしいことです。こちらの皇女殿はいかがなさいますか? 牢に繋いで……」
「いや、そこまでする必要はない。もうグランヴァール州軍は壊滅状態だ。今更この子が一人戻ったところで、この王国に立ち向かってくるとは思えない」
最終的には、この子も俺の王国に取り入れておきたい。手荒く扱う必要は皆無だ。
「なるほど、こちらの味方に引き入れるおつもりですね。今すぐ洗脳の準備をいたしましょう」
「洗脳? できるのか?」
「ちょうど良いところに、洗脳用の新薬が完成いたしました。副作用で少しばかり脳に悪影響を及ぼしますが、なあに、むしろ子供のようにかわいくなると研究者の間で評判でして……」
「…………」
アダムスが黒い笑いを浮かべた。
こいつ、危ない奴だな。ほっといたらどこまでも暴走していきそうな気がする。
まあ、気がするってだけで実際は上手くやるんだろうけどな。でなければこれまでずっと悪徳総督続けられるはずがない。
「単純に洗脳するだけなら、俺の魔法でも可能だ。だが俺はお前と違って、あまりダーティなイメージを作りたくない。もちろん必要があればそういう手段も考えるが、今はその時じゃない」
「仰せのままに」
ちょっとこいつのことを悪く言ってるんだが、あまり怒ったりとかいう感じはなさそうだ。自分でも自覚があったのかもしれない。
「クラリッサはどうしてる? 北の戦いは上手くいってるのか?」
「クラリッサ大将軍は国境沿いの砦を制圧しました。今、傘下の兵士を半分引き連れてこちらに戻っております。カイ殿が戻ったという話は人づてで伝えていますので、間もなくこちらにやってくるでしょう」
「北も上手く制圧したか」
上々だ。
これで東と北からの同時進行は防いだことになる。王国を包囲する二つの州に打撃を与えたのだ。
「あ……ああ……」
突然、何を思ったのかアダムスがうめき声をあげた。窓を指さしながら、プルプルと震えている。いったい外に何が?
「うおっ!」
と、俺も思わず驚いてしまった。
こ、これは……雷魔法レベル七、光電大公コンスタンティン。雷の巨人が窓いっぱいに広がる姿を見れば、誰だって驚いてしまうだろう。
などと思いながらぼんやりと窓を眺めていると、急に部屋の中へと誰かが入ってきた。はっとして振り返る俺だったが、来訪者の姿を捉える前に体に衝撃を覚えてしまった。
どうやら、抱きつかれているらしい。この少し癖のある金髪は……ホリィか。
「ねえ、見てみて先生っ! こんなにおっきくて、強そうなんだよ! 偉い? ねえ私偉い? 褒めてっ!」
「わ、分かった。わかったからその物騒な魔法を止めるんだ!」
びっくりした。
どうやら、ホリィが魔法を自慢したかっただけらしい。とりあえず適当に頭を撫でておくと、満足そうに雷王を消して見せた。
「この子、先生に見せるって言って聞かないのよ。少しは自重するように言ってもらえるかしら?」
「クラリッサか」
やや疲れ顔のクラリッサが部屋に入ってきた。戦時とは違い、鎧を身に着けてはいない。ため息をつき、近くのソファーに腰掛ける。
「ツヴァイク州兵、追撃した方がよかったかしら?」
「いや、いいさ。帝国の主力を二つも潰したんだ。エドワード皇子が考えを変えるかもしれない。可能性は低いが、俺に降ると言ってくるかもしれない。どちらにしろ、兵士たちを休ませておく必要はあるだろ」
可能性は薄いが、寛容な姿勢を見せておくことは必要だろう。そして俺とは違い、兵士たちには休息も必要だ。
「それにしてもカイ、ホントでグランヴァール州兵をテレーザちゃんと二人で倒しちゃったの? オールヴィ州の時といい、すごいわね。ツヴァイク州側もカイ一人で大丈夫なんじゃないの?」
何気ない一言だが、これは扱いを間違えると大問題になってしまう。
戦争は誰もが疲れ、死者すらも出てしまう危険な行為。誰だってやりたくないのだ。
俺が簡単に兵士の代行をできてしまうなら、俺一人がやるべきだという話になってしまうだろう。今回、クラリッサの台詞に悪意はなさそうだが、やがてこういった結論に至ってしまってもおかしくない。
その話は一面においては正しいが……しかし。
「俺はグランヴァール州兵を倒したけど、あの土地まで制圧したわけじゃない。こういうことには、やっぱり軍隊がいるんだ。領土として運営していこうとするなら、まず軍隊を駐留させる必要があるだろ」
「そうね、そうよね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
クラリッサは俯いた。俺の活躍と比較して自分や部下たちの存在意義を見失っていたのかもしれない。兵士は兵士で必要であるということは間違えないのだ。
「……ん」
と、クラリッサの前方にあるソファーから声が聞こえた。
捕らわれのお姫様、パティ・マキナスのお目覚めだ。
読んでくださってありがとうございます。
戦争一時中断です。
いろいろと書かなければならないことが……。




