水神ミスト
十軍団に分かれた敵。俺が三軍団、テレーザが七軍団を相手にするという役割。
俺は一つ目の軍団を潰した後、次の軍団に襲い掛かった。
きりがない。
このまま戦い続ければ、大半の敵を倒すことができるだろう。だが、うち漏らしは生じるだろうし、何より効率が悪すぎる。
少し離れた場所で戦うドラゴン――テレーザの方も奮戦している。ブレスを使い、敵を上手く退けている。あのままでも敵の侵入をほぼ防げそうではあるが、完全にとは言えない。
少し、舐めすぎていたみたいだな。
オールヴィ州の兵士や裏切り者のハロルドを見ていて、どうにもこの世界の敵を見下していたらしい。これまで俺が真の意味で敵となり得ると思ったのは、せいぜいホリィぐらいだ。
だがこいつらは違う。訓練された敵だ。俺の敵でないことには変わりないが、なかなか煩わしいことこの上ない。
いつまでも、敵を甘く見ていては駄目だな。
俺は風と大地の魔法を併用し、遥か後方へとジャンプした。敵の剣はもとより、槍すらも届かないほどの距離。
魔法で生み出していた、業火炎帝ウェザリスを解除する。
「――水よ」
魔法詠唱。
俺はレベル九までの魔法なら大抵詠唱を省略できる。だがこの最強クラスであるレベル一〇の魔法に関しては、その限りではない。
手をかざし、魔法陣を出現させる。
「万物の素、世界の根源。大地に眠りし水の神、顕現せよっ!」
水魔法レベル一〇。
「白蛇水神ミストっ!」
瞬間、この地域一帯を濃い霧が包み込んだ。山を、森を、人々を飲み込んだその濃霧を見ていると、まるで目が白く濁ってしまったかのような錯覚を受けてしまう。
「おい……あれ……」
いつの間にか俺の近くまでやってきていた兵士の一人が呟いた。
大気が震える。霧の中に光る、二つの目。
巨大な水蛇。自然系魔法最高レベル、ミストである。
――久しぶりだな、カイよ。
「ああ、久しぶりだな」
この魔法は意思を持ち、話をすることができる。
魔法が意思を持つ。これは極めてまれなことだ。
たとえば、先ほど俺は火炎魔法レベル九、業火炎帝ウェザリスを発動させていた。この魔法は皇帝の身なりをした炎の巨人を召喚するが、それは姿形だけであり彼が自由に動き回ったり考えたりするわけではない。ただ俺の命令に従い、炎で敵を攻撃するだけだ。
本当は、自然系レベル一〇の魔法も程度は違うが先ほどのウェザリスと同じである。巨大な神を召喚し、意のままに操る技なのだ。
だが、真の意味で自立した魔法生物を生み出すことのできる魔法使いが存在する。その代表例が俺であり、このミストと呼ばれる巨大蛇なのだ。
この域に至れる魔法使いは限られている。過去のグリモア魔法王国でも、俺の水神、エミーリア様の雷神、そしてリチャード将軍の炎神の三通り。
まあ俺に関しては、水神の他にも魔法生物を生み出した実績があるんだがな。
「こいつらを足止めしたい、頼めるか?」
――よかろう。カイ。
行く手を阻む、蛇の体。
さながら壁のように兵士たちの前に現れたミストの体は、成人男性五人分の身長よりも太い。ただ平原にいるそれだけで、巨大な壁となって兵士たちの行く手を阻むのだ。
「こ、こいつ、生きているのか?」
「怯むなっ! 倒せっ!」
訓練されたグランヴァール州兵は、その巨体に怯むことなく突撃を開始した。水神ミストの体へと槍を突き立てようとする。
しかし、ミストの体はさながらゴムのように弾性があり、刃先をすべて弾いてしまった。
――愚かな、矮小なる生き物よ。
やや不快さを孕んだミストの声。俺たちが毛虫に刺されるぐらいの痛みはあったのかもしれない。
果敢にも更なる攻撃を加えてようとしていた敵兵士だったが、唐突にそれが起こった。武器はミストの体に深々と突き刺さり、さらにはそのまま引き込まれるようにして体がめり込んでいってしまったのだ。
「か、体が……蛇の中に……」
水でできた大蛇の体。当然ではあるが、中で息をすることはできない。兵士たちはミストの体でもがき苦しみながら、息絶えていく。
――滅びよ。
「た、助けてくれっ! 誰か、誰かぁっ!」
ミストに下半身を取り込まれた敵兵が、必死に叫んでいる、仲間たちが倒されるのを見て、恐怖に駆られてしまったようだ。
さしものグランヴァール州兵も、最強魔法の前では本心を表に出してしまったようだ。
さて、これで終わりなら簡単だったが、事はそう単純ではない。
ミストの力は最強。
だが――
「それ以上近づくな」
と、俺は警告する。
この魔法が無敵であるのなら、かつての魔法王国は機工帝国に苦戦などしなかった。自立魔法を消滅させることは、さほど難しいことではない。
「久しぶりだな邪神殿。独立記念パーティ以来か」
がしゃり、と金属のきしむ音が聞こえる。彼女の胸当てが、手に持った槍が、備え付けた盾が音を上げているのだ。
姫総督、パティ・マキナス。
肩あたりまで伸びる茶髪を三つ編みでまとめた、美しい少女。今日はドレスではなく、動きやすいスカートと胸当てを身に着けている。
精強で知られるグランヴァール州兵をまとめるパティ。彼女の姿を見た敵兵士たちの士気も上がる。彼女こそが軍団そのものなのだ。
倒さなければならない。この皇女を屈服させなければ、この戦いは終わらないのだ。
読んでくださってありがとうございます。
魔法生物ミスト登場。
描写難しいな、こえ。