空中レース
テレーザに乗り、戦地へと赴く俺。
思い出すのは、遠い過去の記憶。
俺は空中にいた。
王国主催の空中レース。竜族を召喚できる者たちが参加を許されるこの大会に、俺は出場していた。
風竜王に跨る俺は、あらゆる参加者を跳ね除け現在一位を保っている。
眼下には王都。人などほとんど見えない高度で、あの辺で一番広い建物である四角い建造物しか見えない。俺たちの王城だ。
「カイの卑怯者! いつも水竜王を召喚してるくせに、こんな時だけ風竜王を使うなんてっ!」
少し後ろでエミーリア様が叫んでいる。風に靡く銀髪を抑えながらも、王族としての身なりを崩すことなくレース中。
だが、俺と二人の時は王族の品格などあったものではない。その口調は親しいものへのそれだ。
ちなみに、エミーリア様が扱う竜は雷竜王。俺の契約竜でもある。
契約竜というのは、誰かひとり専属というわけではないのだ。要するにそいつを召喚できる奴がいたらそいつの契約竜ということになる。
「いや、だってこれレースだろ? そこはドラゴン選びから慎重になるべきだろ」
「ふふふっ、お任せくださいカイ殿。この風竜王、速さだけは大竜王様に勝るとも劣らず、竜族最高を自負してております」
と、風竜王が偉そうに言った。こいつら、ホントプライドだけは高いよな。
「ええい、雷竜王。ブレスだっ! ブレスを使え! あの忌まわしい男と竜を妨害するのだっ!」
「承知っ!」
雷竜王が雷のブレスを放つ。黄の咆哮が空を貫いた。
「ぎゃああああああああっ!」
風竜王が情けない悲鳴を上げた。速さは竜族一かもしれないが、俺と違い魔法耐性に関してはダメだったらしい。どんどん速度が落ちていく。
「お……おいっ! これはレースだぞ。戦闘行為は許されるのか?」
「魔法をはじめに使ったのはカイだ! なんで自分だけ許された気でいる」
「う……」
気が付いていたか。
実は俺、風魔法で周囲の大気を調節し、風竜王が素早く移動できるように調整していたのだ。もっとも、その必要がないほどに彼の飛行速度は速かったため、とんだおせっかいだったようだが。
「俺は相手を傷つけようとしていない。陛下の理屈はおかしいと思う」
「エミーリアって呼べと言ったはずだっ!」
雷魔法によって、閃光雷帝イリューダを生み出すエミーリア様。こ、この人、自分の得意技で俺を再起不能にしようとしている。
あ、まずい。俺はレジストに集中すれば全然平気なんだが、風竜王がヤバイ。まじでヤバイ。
「いや、人を狙うのと自分に使うのとでは話が違うだろ」
「そうだカイ。いいことを思いついた。このレースで勝ったものが、相手のお願いを一つだけ聞かなければならないというのはどうだろう? 心が躍らないか?」
「分かった、分かった。だからこその魔法を抑えてくれ」
こいつらは誇り高い竜族だから、変に弱音とか吐いたりしない。しかし体に乗っている俺自身は、彼の体が震えていることを十分に理解してしまっている。風竜王さん、ビビってる。
エミーリア様が魔法を抑えた。どうやら、本当の意味でレースを続行する気になったらしい。俺も魔法は控えてることとしよう。
とはいえ、風竜王の速度は著しく低下している。この勝負、このまま続けばエミーリア様の勝利となるだろう。
と、思っていたのだが。
「お先にっ!」
と、リチャード将軍が俺たちを抜いていった。互いに足を引っ張り合った結果、彼の進行を許してしまったのだ。
「あ……」
「あ……」
俺とエミーリア様は、遥か遠くへと過ぎ去っていく将軍の姿を眺めていた。
こうして、いがみ合う俺たちを抜かしたリチャード将軍の火竜王が一等になった。
プライドの高い竜族であるから、レースに負けた風竜王を宥めるのが大変だった。ついでに激怒している女王陛下を宥めるのも。
女王陛下。
テレーザに跨りながら、かつての王国に思いを馳せた。もうあのころには戻ることができない。
でも、今だからこそやれることがある。祖国の名誉は……俺の手で回復して見せる。
俺は眼下を見下ろした。すでに国境沿いに近づいているため、敵兵の姿を露わとなっている。
一万の軍勢は一〇軍団に分割され、九の街道と一の森林地帯を経て国境沿いに集結している。
おそらく、ドラゴンや俺対策だろう。一度に大量の敵を潰すことのできる俺たちを相手にする場合、一か所に兵士を固めていたら被害が計り知れない。
だが、それすらも俺たちへの嫌がらせ程度にしかならない。
「テレーザは北側の七軍団をブレスで倒してくれ。俺は南側の三軍団を相手にする。できるか?」
「問題ありません。帰ったら最高のレモンジュースを希望します」
俺はその場から飛び降り、テレーザは北方へと向かった。
俺が引き受ける三軍の中には、総大将であるパティ皇女が含まれている。
パティ・マキナスの持っている神槍……と帝国では呼ばれている超振動槍は、ドラゴンの厚い鱗すらも貫通してしまう代物だ。
加えて絶対防御盾は、竜のブレスすらも凌いでしまう。魔法で召喚された竜の攻撃は魔法という理屈らしい。祖国の研究者が証明した原理であるが、俺にはよく理解できていない。
上手く背後を突けばテレーザでも倒せる可能性があるが、少し厳しい戦いになるだろう。彼女の相手は俺がするべきだ。
俺は落下する。
風魔法を使い、周囲の空気を調節していく。そのまま地面に叩きつけられれば、さすがの俺も即死してしまう。素早く、しかし己の肉体が傷つかないように。
高度が徐々に下がっていく。俺が敵を目視できるようになったように、敵たちもまた俺の姿に気が付いたらしい。
「お……おい……あれは……」
「そ、空から人が……」
「邪神だっ! 例の邪神だっ!」
「全員、攻撃に備えろっ!」
オールヴィ州の反乱軍鎮圧部隊よりも、訓練されている。槍や剣を俺に向け、魔法を警戒してか周囲に散開している。
やりにくい相手だ。
俺は地面へと降り立った。まるで隕石が落ちたかのような衝撃と、砂煙が宙を舞う。風圧によって周囲にいた敵兵の何人かが吹き飛ばされた。
さあ、戦闘開始だ。
読んでくださってありがとうございます。
ちょっと回想シーンを導入。
そして戦争の始まり。