討伐軍の進路
城の執務室は平穏に包まれていた。
独立宣言から、すでに一か月が経過している。帝国が攻めてくるかと思ったが、いまだその報告はこちらに届いていない。
もちろん、今この時点でも軍を進めている可能性はある。しかし、たとえそうだとしても遅いという結論は変わりないだろう。
(帝国は何をやっているんだ?)
というのが、俺の正直な感想である。このまま俺たちを放置しておけば、帝国にとって災厄となるのは間違えないのに。
「陛下、エドワード第一皇子が反乱を起こしました」
と、まるで俺の考えを読んだかのようなアダムスの報告が入る。俺の隣に控えていたクラリッサが驚きの声を上げた。アダムスの後ろにいるホリィは特に何も言わない。
「セレスティア州を制圧後、ローレンス皇帝に禅譲を迫りました。主要な大臣・将軍を味方に付け、現皇帝を幽閉した模様です」
「へぇ、あの皇子もやるな。これでもう、帝国は教団に従わなくなったのか?」
「いえ、未だ教団と皇帝の勢力が潰えたわけではありません。ですが、主権がエドワード皇子に移ったのはまず間違えないかと」
ほぼ全権を掌握しながらも、旧勢力に気を使っている状態。教団をある程度痛めつけることはできるが、決定打には至れないだろう。
あの男は教団をあまり快く思っていない様子だったから、きっともどかしいだろうな。
「もともと、政務の大半は彼が担っていました。おまけに、ツヴァイク州はグランヴァール州に次いで兵士が多いのです。当然の結果かと」
クーデターを起こす前から勝負が決まっていたようだ。
「残念ですね。セレスティア州から密貿易の話が来ていたのですが、これでは頓挫でしょうな……」
セレスティア州の件は俺も耳にしていた。利益に目ざとい総督が、こちらに食料を売りつけようとしていた話だ。
実際、悪くない話だと思った。戦争ともなれば兵糧の存在は不可欠。金鉱脈の関係で国の内政が潤っているため、金を出して食料を買うことを検討していたぐらいだ。
だが、皇子の直轄領のなってしまったセレスティア州では、密貿易などできないだろう。この件は忘れる必要がある。
「そして、帝国に反抗する私たちに対し、討伐軍を差し向ける模様。やはりこうなってしまいましたな。この王国は包囲されてしまいましたぞ」
「詳しく説明してくれ」
アダムスが手元の紙を読んでいる。おそらくは報告書か何かなのだろう。
「まず北のツヴァイク州から。エドワード皇子に任命された将軍率いる八〇〇〇人がこちらに向かっています」
「皇子は指揮しないのか?」
「そのようですね。ツヴァイク州とオールヴィ州は、山岳を挟んでいるためあまり交通の便がよくありません。すでに街道の橋は破壊しています。ここには、工作兵を五〇〇人ほどおいて、足止めに徹するのがよいかと思います」
どうやら、俺の意見を聞く前にすでにアダムスが手を打っていたらしい。王に無断でというのは少し癇に障るが、判断自体に悪気はなさそうなので何も言わないでおく。
「グランヴァール州側は?」
「パティ・マキナス率いる州兵一〇〇〇〇人がこちらに向かっています。かの州とここは平原で繋がっており、九つの街道が進軍ルートとして想定されます。足止めは非常に難しいでしょう」
俺は横を向いて壁を見た。ここには、世界地図が張られている。
大陸東部に位置するグランヴァール州は森林に覆われているが、オールヴィ州との州境付近は平原に近い。大河もなさそうなので、進軍は容易だろう。
「グランヴァール州兵は戦闘慣れしているため、かなりの苦戦が予想されます。ツヴァイク州兵を足止めしつつ、グランヴァール州兵を全力で撃破。しかる後に反転し、ツヴァイク州兵を叩くのが最上かと」
というのが、アダムスの見解らしい。グリモア王国側の兵が、一州を少し超えるぐらいの勢力であることを考慮しての戦略だろう。
悪くないと思う。実際、俺が単純に兵士を駆使して戦うとしたら、アダムスと同じ戦術を取るだろう。
だが俺が考えているのは全く別のことだ。
「グランヴァール州兵は俺とテレーザの二人が叩く。お前たちはその間、ツヴァイク州兵を倒すんだ。ああ、俺が討ち漏らした敗残兵を処理するため、グランヴァール州近くに兵士五〇〇人程度を待機させてくれ。それで十分だろ」
「はぁ?」
と、アダムスが素っ頓狂な声を上げた。
「カイ陛下、お疲れですか?」
などと微妙に馬鹿にされた発言をアダムスから受けてしまった。ちょっとイラついたらが、まあ何も言わないでおく。
「とにかく、問題ない。お前は言われてた通りにするんだ。どのみち、アダムスの作戦で完勝するのは難しいだろ? 俺に賭けてみる気はないか?」
「それは……そうですが……」
「そこの悪徳総督は、カイが兵士たちを相手にしてるところを見たことがないのよね? すごいんだから。一人でも大丈夫なぐらいよ」
「…………むむむ」
クラリッサの援護射撃を受けて、不承不承、といったところだろうか。アダムスは無言で頷いた。
「というわけで、クラリッサとホリィにはツヴァイク州に向かってもらう。兵士は五〇〇人を除いてほぼ全員だから、一〇〇〇〇人程度になるのか。そいつを使って山岳地帯で敵を倒すか、それができなくても足止めをしてくれ。できるな?」
「あたしを誰だと思ってるのよ」
と、クラリッサが意気込んだ。これまで、ずっと兵士を鍛えてきた彼女だ。そして俺も、その練度の高い兵士たちを何度も観察してきた。決して分の悪い戦ではないと思う。
「余裕」
ホリィが親指を立てた。彼女傘下の魔法使いたちは、州が独立したと同時に一〇〇人まで膨れ上がらせた。もう隠す必要はないからだ。
彼らはレベル三の自然系魔法を行使することができる。炎や氷の威力は、一人で三人を相手にできる程度のレベルだ。敵への脅しとしては十分に効果を発揮するだろう。
「さあ、大戦の幕開けだっ! この腐った帝国を制圧して、教団の搾取がない世界を作り上げるぞっ! いいなっ!」
クラリッサとアダムスは空気を読んで傅いた。ホリィは特に何もすることなく目をぱちくりとさせている。
ともかく、これから大戦が始まるわけだ。
読んでくださってありがとうございます。
今回から大戦が始まります。
ロレッタ総督スピード退場に続き、皇子のクーデター詳細を省略してしまった。
もっとしっかりやった方がいいのでしょうか・・・。
皇子「そこまで祈りたいなら、ずっとその部屋に祈ってるといいよ」「諸君、これが帝国皇帝かっ! このような無様が許されるのかっ!」とかいろいろ考えたけど、やっぱり省略してしまったのでした。