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全州会議

 全州会議、開催。


 セレスティア州総督、ロレッタは女商人である。

 巧みに商いを行い、自らの商会を起こし発展させた。その広大な経済圏は、バージニア州を除く帝国全土へと張り巡らされている。

 化粧では隠しきれない皺を刻んだ顔は、いくつもの商談を切り抜けた歴戦のそれ。齢四〇を超えてもなお、彼女の成長は止まることがない。

 ロレッタは周囲を見渡した。農業・商業の盛んなセレスティア州であるから、目の前の総督たちは最大のお客様なのだ。塵一つの情報も逃したくない。


 まず、円卓の反対側にいる少女は、パティ・マキナス。

 彼女はこの場においてひどく場違いだ、とロレッタは考えている。


(あの子、まだまだねぇ)


 むろん、魔王配下の魔物たちが跋扈するグランヴァール州を問題なく治めているという手腕は認める。家臣、軍人からも評価は高いし、ロレッタもある種の敬意は払っている。

 しかし今の彼女は、周囲を挙動不審に見渡しながら、時々腹痛にでもあっているかのようなそぶりを見せ、さらには手足を震わせている。

 どう見ても緊張していた。

 要するに武人なのだ。このような会議には向いていない。

 

 次いでその隣に座る青年。

 ツヴァイク州総督にして、副皇帝のあだ名を持つエドワード・マキナス。


(この男は……切れ者よねぇ)


 とロレッタは考えている。絶対に弱みを見せてはいけない。

 すでに何度か賄賂に関して、エドワードから警告を受けている。彼の持つ情報網は確かなものだ。

 それゆえに、恐ろしい。


 さらに、自分の隣にいる男。

 リディア州総督、ハワード。

 狐を模した仮面を身に着けた、正体不明の男。彼が何を考えているのかは分からないし、おそらく彼もまたロレッタに関心を持っていないだろう。

 接しづらい、謎の男。

 ただ、皇帝から絶大な信頼を受け、かなり昔から総督職に携わっているという話は聞いている。州の運営はそれなりに上手くやっているようだ。ある程度は有能なのだろう。

 

 と、ここでエドワードが立ち上がった。


「さーて、それじゃあ全州会議を始めようかな。あーそうそう、父上はオールヴィ州の件を聞いたら、またあの部屋に引きこもっちゃったよ。あっははっ、もうあの部屋でニートでもやってればいいのにね」


 この場には、空席が二つある。

 帝都マリネ州・バージニア州の統治者である皇帝ローレンスと、オールヴィ州総督アダムスの席だ。 


「皇帝陛下は常に正しい行いをしている。皇子、あまり父君を侮蔑してやるな」


 仮面の男、ハワードが忠言した。


「はいはい、分かったよ。それと、みんなも知ってると思うけど、アダムス総督は裏切っちゃったからね。ほんと、悲しいよ」

 

 ロレッタはアダムスを思い出す。

 富に執着していた様はロレッタによく似ている。しかし彼と自分とでは決定的に違う要素がある。

 ロレッタは着飾らない。

 高価なものといえば、せいぜい薬指にはめた結婚指輪だろう。

 だがアダムスは違う。

 豪華な食事を食べ、娘には高価なものを与えた。

 だからこそ、教団に目をつけられた。帝国と癒着し、総督ですら押さえつけることができないあの団体に。

 愚かな男。

 商人であれば、富を見せびらかす人物を選ぶだろう。アダムスには商才がなかったようだ。


「まず、話をしなきゃいけないのは、当然だけどオールヴィ州で起こった反乱のことだ。皆の意見が聞きたいな」


 と、エドワードが言う。

 この議題になることは分かり切っていた。

 ロレッタの目標は二つ。


 ①戦時徴収を避けること。

 ②徴兵に反対すること。 


 豊かな州であるセレスティア州は、戦時徴収の的になってしまう可能性が高い。高く売れるものをただ同然で帝国に差し出すなど、商人としてのプライドが許さない。

 また、セレスティア州は常備軍を持たないが、それなりに人口が多い。だから若者を徴兵、という話になれば少なからず経済が滞ってしまうだろう。

 とりあえず、とロレッタは意見を出すことにした。


「交渉の使者を送り、争いなく収めることは不可能かしらねぇ? もともと圧政で起こった反乱ですもの、お金をちらつかせればきっと……」

「くっくっくっ……」


 ハワードが笑う。そのキツネの仮面と相まって、まるで動物が鳴いているかのようだ。


「血に飢えた狼が、俺たちの手に牙を突き立てている。お前はそんな獣に、金貨を差し出し命乞いをするのか?」

「獣じゃないわよぉ。総督を嫌がる人間たちの集まり。交渉の余地はあると思うのだけれど……」

 

 二人の意見を聞いていたエドワードが咳ばらいをした。


「ロレッタ総督の話はもっともだと思うよ。でもね、独立宣言までしちゃったんだから、何の処罰もなしにってわけにはいかないんだよ。お金だけじゃあ、絶対に許されないよ」

「殿下がそう仰るのであれば、私は何も言わないわぁ」


 この提案が通るとは思っていなかった。そもそも交渉の余地があるなら、いきなり独立宣言などするはずがない。

 オールヴィ州は、明らかに敵だ。 


「エドワード総督はどのようにお考えかしらぁ? オールヴィ州に直接接する州は、ツヴァイク州とグランヴァール州。討伐軍はどのように?」

「僕の州とパティの州で兵を出し合おうと思う。二面から攻撃すればすぐに片付くはずさ」

「……私も準備をしておく」


 と、青色吐息のパティが呟いた。あまり積極的に声を上げないのは、やはりこの会議が苦手だからだろう。


「うふふ、頼もしい殿方ねぇ。私の州もいろいろと問題があるけど、できる限り協力していきたいと考えてるわ。ねえ、教えて。どういった協力が必要になってくるのか、あらかじめ話を聞いておきたいのよ」

「……協力? あ……ああっ」


 ぱん、とエドワードが手を叩いた。


「あっははっ、そんなこと気にしてたの? これはね、反乱鎮圧なんだよ? 戦争じゃないんだよ? そんな風に気構えなくてもいいよロレッタ総督。徴兵も支援もいらない。これが聞きたかったんでしょう?」


 さすが、とロレッタは舌を巻いた。

 これからゆっくりと徴収や徴兵について会話をシフトしていこうとした矢先、これである。本当に、エドワードという男は優秀だ。


「戦争でピリピリしてる、なんて空気を作ってもらっちゃ困るんだよ。そういう空気を出さないよう、調整してもらいたいぐらいだ。できるかな?」

「その程度なら何も問題ないわぁ」


 ロレッタは安堵した。当初の目標は、これで達成されたようだ。セレスティア州は戦火に見舞われることなく、そして徴兵すらも受けないだろう。

 そして――


(うふふ、まだまだ儲け話が落ちてそう)


 戦争となれば物が不足する。武器、防具、そして食料。様々な物流の果てには、必ず儲け話が転がっているもの。

 また、海路を経由すれば、オールヴィ州に食料を売ることも可能だ。もし万が一、反乱軍が強かったとすれば、密貿易も視野に入ってくるだろう。

 まるで子供が夢を見るかのように、ロレッタはこれから世界経済を想像した。


 

 だが、このとき彼女は理解するべきだった。

 エドワード・マキナスの真意を。その言葉の裏に隠された、意味を。


読んでくださってありがとうございます。


この辺で、傀儡州編を切り上げたいなと考えています。

もうとっくに独立してしまいましたがね。

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