転生先の誤算
俺、カイはどこかもわからない空間をふよふよと浮いていた。
当然ながら俺は死んだことはないため、死後の世界についての経験は全くない。しかし、グリモア魔法王国の魔法使いたちが、死後の世界について必死に研究した結果、ある程度のことは分かっている。
ここは転生空間と呼ばれる場所らしい。
なんでも転生神というジジイが望むスキルをくれるらしい。まあ俺は魔法を極めてるからそれだけですでに最強なんだが、もらえるものはもらっておこう。
奥の空間から、杖をもったじいさんが近寄ってきた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。よくぞ来た。スキルを――」
「はあっ!」
俺は魔法を放った。詠唱省略、レベル五の火炎魔法。一撃で岩をも溶かす荒業である。じじいは灼熱の炎にその体を包まれ、どっかに飛んでいってしまった。
ふう、危なかった。
この転生空間における俺は、魂だけがうろうろしてる状態だ。そんな無防備なエサを狙って、悪魔たちが寄ってくることがあるらしい。あのジジイはきっとその類に違いない。いくら魔法を使えても、俺の魂まで強化されているわけではない。捕まったらせっかくの転生魔法が台無しだ。
さてと、スキルをくれる転生神とやらを探すとするか。不死身とかテレポートとか武術とか、そういう系が欲しいな。あと敵を分析したり伝説の武器を作ったりとかそういうのも悪くない。
と、夢のようなスキルを描いていた俺は、近寄ってくる影に気が付いた。さっき吹き飛ばしたジジイ(悪魔?)だ。
ほう、やるな。俺の火炎魔法を耐えきるとは。
「……わ、わし、……スキル」
「ぬうんっ!」
俺は火炎魔法レベル九――『業火炎帝ウェザリス』放った。炎に包まれた巨人――炎帝が召喚され、目の前のジジイをその炎の手で掴み取る。
やれやれ、手間をかけさせるなよ小悪魔ごときが。こっちは転生神を探すので忙しいんだよ。
「……おかしいな」
しばらく辺りを探したが、それらしき人物は見当たらなかった。
転生神がいない。
情報は間違っていたのだろうか。
まあ、別にいらないか。俺には魔法がある。そんな余計なことは無視して、さっさと転生を果たしてしまうぞ。
すでに魔法は構築してあるので、後は行き先を設定するだけだ。
「目標は俺の世界で、大陸の……この辺りがベストだろうな。転生先は、まあ誰でもいいか」
こうして、俺は転生を果たした。
誤算だった。
たとえ胎児の状況でも、魔法を使えばどうにかなる。そんな俺の楽観的予想は見事に崩れさってしまった。
知識があれば喋ったり体を動かしたりできるだろうと思っていたが、そんなに甘くはなかった。子供というやつは、信じられないぐらいに……扱いづらい。
そもそも首が座ってなかったり寝がえりがうてなかったりなど、はっきり言って生命にもかかわるようなこともあるのだ。不用意に動こうとすることが命取りにすらなってしまう。
要するに、俺には『こうやりたい』という意思があるのだが、体がついてこない。
「レスターちゃん、おねんねでちゅかー?」
転生先の母親である女が、猫なで声で話しかけてきた。目を瞑っている俺が寝ていると思っているのだろう。
俺、レスターちゃん一歳四か月は、子供用ベッドの上で寝転がっていた。レスターとは、この夫婦が俺に名付けた名前だ。
俺はベッドから起き上がり、床に降りた。
「わ……わぁ……、我ぇ……は……求……め……りゅ。この手にぃ……ちゅどえ、マナ……を……」
子供用クレヨンで床に魔方陣を描いた。一歳四か月の頭脳ではパンクしてしまいそうな処理に、もどかしさを覚えながらも、しかし間違えのないように完遂する。
「……ふぅ」
やっと、ここまで体が成長してくれたか。感謝するぜ。ぎりぎり喋ったり魔方陣書いたりすることが可能になって、魔法詠唱が完成したのだ。
体を魔力で覆い、十六歳の体を作り上げる。
近くにあった鏡を覗く。
大将軍時代に身に着けていた、竜の鱗で作られた緑の胸当てや、魔力を増幅する手袋やブーツも昔のまま。マントは女王陛下からの贈り物。加えて中肉中背の体に、男としてはやや長めの髪が綺麗に整えられている。
どこからどう見ても、魔法王国時代の俺そのものだ。魔法による再現は正しく起動したということになる。
もっとも、本当の体は一歳四か月のままなので、魔法を解けば元に戻ってしまうが。
よし。
ここまでくればもうこちらのものだ。この家を出よう。
「レスターちゃん? レスターちゃん?」
っと、まずいな。
十六歳に成長した俺がここにいて、赤ん坊がいなくなってしまったこの状態。下手をすれば誘拐やら殺人やらで咎められてしまうだろう。
「……?」
混乱で固まってしまう母親を前に、俺は指をかざした。
精神操作レベル五、記憶操作。
一度体内に魔力を流すと、次からは大気中のマナに直接アクセスできるため、詠唱省略が可能になる。
母親の目から光が消え、床に倒れこんでしまった。数分もすれば目を覚ますだろう。
椅子に座りコーヒーを飲んでいた父親にも、同様の魔法をかける。
これでこの親子は、自分に子供がいたことを一生忘れて暮らすだろう。少し悪いことをした気分がないわけはないが、まあいい。
この二人は敵国の民であるが、俺は別にこれ以上彼らをどうこうしようとは思っていない。
行く先々で殺人を犯したいわけではないのだ。俺は魔法王国の戦争を支援するためにここにいるんだ。殺すのは軍人だけでいい。
読んでくださってありがとうございます。
神がスキル付与するネタ、やりたい・・・。
そう思って入れた冒頭です。