教団の横暴
城の執務室は静けさに包まれていた。
俺は積み上げられた書類を眺めている。各地域の生産性、治安、自然災害などの詳細をまとめた報告書だ。どれも俺が政務に携わる以前より、良好な結果となっている。
唇を綻ばせていた俺のもとに、アダムスがやってきた。
「カイ殿、皇帝陛下より命令が来ました」
アダムスが深刻そうな面持ちで近寄ってきた。最近痩せて顔がこけているため、より一層青ざめているように見える。
「教団への献金を復活させるようにと、命令が来ています。今まで騙し騙しやってきましたが、そろそろ限界でしょう」
「まあ、よくもった方か」
期間にして半年程。おそらく、中央にも教団に敵意を持っている勢力が存在するのだろう。でなければ、俺たちの主張が長期間通るわけがない。
「いかがいたしますか? 命令を黙殺すれば、間違えなく反逆と見なされます」
「うーん、難しいな」
教団に妥協する姿勢を見せれば、俺の建国理念と真っ向から対立してしまう。そういうそぶりは少しでも見せたくない。
ただ、引き延ばせるものならもう少し引き延ばしたいものだ。その分だけこの州が豊かになり、強くなることができるのだから。
と、悩んでいると、部屋のドアが勢いよく開いた。俺たちのもとに、急ぎ足で駆け寄ってきた人物。
クラリッサだ。
「大変よ、教団が……」
「何かあったのか?」
「カイ、現場に来れる?」
「急ぎの用事はない、俺も様子を見に行こう」
俺はクラリッサに連れられ、現場に向かった。
城下町は喧騒に包まれていた。
質の良い食品や工業品を売る露天商の声が、所狭しと響き渡る。州が潤っている証拠だ。
しかし、そんな平和とはかけ離れたような争いの声が、ちらほらと聞こえてきた。
「なんで俺が金を払わねーといけないんだっ!」
「献金は帝国法によって定められています。あなたは帝国に逆らうつもりですか?」
「はぁ? 舐めてんのか? 仕事もしねーで教会に引きこもって、それで金だけむしり取るなんておかしいだろ」
「父が亡くなって、お金がないんです。本当に払えないんです……」
「お父上を失ったからこその献金です。あなたの誠意は必ずお父上のもとへと届けられ、天国へと昇る手助けとなるでしょう。魂を救済するために、さあ……」
「無理なんです……本当に……」
一度金を払わなくてよくなったのだ。再び復活するという話となれば、『どうして払わなければならないのか?』と疑問に思う人間が出てきて当然。
すでに、教団を糾弾する下地が出来上がってるのだ。
だが、クラリッサは彼らに見向きもせず足を進めている。てっきりあいつらのことを言ってたのかと思ったが、違うのか?
「あそこよ、あそこ」
そう言って、少し離れたところから目標を指さす彼女。
教団の〈邪法使い〉が、魔法を使い女性市民を脅していた。
なるほど、こいつは確かに悪質だ。さっきみたいに口だけで金をむしり取ろうとしてる奴らよりも、よっぽどひどい。
「あたしたちみたいな軍人が、勝手に止めていいかどうか迷っちゃって」
「いい判断だ。下手に先走られると困るからな」
クラリッサは腰に掛けた剣に手をかけながらも、震える手を必死に抑え込んでいた。怒りが溜まっているのだろう。
高度な政治的判断を要する懸案に、先走らなかったことはいい傾向だ。彼女は軍人としての分をわきまえている
「絵に描いたような屑たちだな……」
とはいえ、俺としてもクラリッサの意見に賛成だ。これはさすがに止めなければならないだろう。
「アーク教団、司祭職に携わる私です。これは脅しではなく、神のご意思に従った神罰としてご理解いただきたい」
司祭を名乗る男は、自ら手に出現させた火炎を市民に押し付けている。下手をすればやけどしてしまうかもしれない距離だ。
「その女の子、やけどしちゃうだろ? 止めてやれよ」
「誰だ貴様はっ!」
男が怒りの声を上げた。
あれ、こいつ。
俺が城に忍び込んだとき、雷魔法で感電させてやった〈邪法使い〉じゃないか。身に着けているローブが他のヤツより高価そうなのは、司祭だったからなのか。
ん。
なんだこいつ、俺にあんなにボコボコにされたの忘れてるのか?
って、ああそうだった。俺が記憶操作の魔法かけて忘れさせたんだった。覚えてなくて当然か。
忘れたままだったほうが、幸せだったかもな。
魔法解除。
「良いですか。我々アーク教団は、邪竜エミーリアの復活を阻止するため、日夜祈りを………………、ひょ?」
今、この男の記憶は完全に戻っている。目の前で偉そうなことをほざいていた男が、何者であるかを察したのだろう。
「あ……あひぃ、なんで……俺」
「ん? 追試を受けたいって? よしよし、前よりも魔法が上達したかどうか、確かめてやろうじゃないか」
「ひ、ひぃ……」
極悪な笑みを浮かべる俺に恐怖を感じたらしく、〈邪法使い〉の男は一目散に逃げて行ってしまった。
だが、これでもう言い逃れはできないだろう。邪神が自由に動き回っていることを、世に知らしめてしまったわけだ。
「とうとう手を出してしまいましたな、これでもう止められませんぞ」
後ろからアダムスがやってきた。彼も一部始終を見ていたようだ。
「教団への圧迫は続ける。そして二週間後、独立宣言を行おう」
「なんとっ! ……時期尚早ではありませんか? いったん献金を復活させ、しかる後に独立宣言をすべきかと」
「問題ない」
「……しかし。いえ、言葉が過ぎました。私はカイ殿に負けたのです、すべてお言葉のままに……」
アダムスの懸念はもっともだ。
州兵は増強されたものの、帝国を打ち負かすにはほど遠い状況だ。一州程度であれ互角以上に戦えるかもしれないが、それ以上は無理だろう。
しかし、この状況でも十分なのだ。その穴を俺が埋めればいいだけのこと。
「アダムス、式典の準備をしておけ。帝国のお偉いさん方にも、招待状を送っといてやれよ」
「かしこまりました」
教団の高圧的な態度のため、なし崩し的に独立宣言を行うことになってしまった。
だが、これでいい。
ここから、俺の王国が始まるんだ。
読んでくださってありがとうございます。
いよいよ独立という話になってきました。
少し性急すぎたでしょうか。