表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/76

皇帝命令




「~♪」


 マキナマキア帝国第一皇子、エドワードは鼻歌を歌っていた。皇帝が祈りの部屋に引きこもり、顔を合わせなくていいから機嫌がよいのだ。

 帝都マリネの城、テラスにて。

 眼下に見える帝都の風景を楽しみながら、エドワードは紅茶を飲んでいた。


「兄上」

 

 と、後ろから聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 

 凛とした顔つきは、戦場で相手を威嚇し、味方を鼓舞するのに最適。誰もが彼女の美貌を称え、そしてその戦いに見惚れるだろう。

 肩あたりまで伸びる茶髪を三つ編みでまとめている。武人でありながらも手入れの行き届いた髪だ。

 帝国将軍が身に着ける金属質の鎧を身に着けている。かなり重たさを感じているはずだが、その足取りにからは全くそれを感じさせない。

 どちらかといえば軍人風の格好をしているが、やはり生まれ持っての高貴な風格は隠せない。


「パティ」


 帝国の勇猛果敢な姫総督、パティ・マキナスである。

 パティはエドワードの隣に座った。

 

「この前はごめんね。急ぎで呼び出しておいて、すぐに追い返すようなことをしちゃって」

「仕方ないさ。政治も軍事も、大切なタイミングというものが存在する。私のために適切な時期を逸脱してしまっては元も子もない」

「そう言ってくれると助かる」


 しばらく前、パティは帝都に呼ばれたのだ。邪神と彼が操るドラゴンへの対策として、である。

 しかし、件の邪神はアダムスが捕らえたとの報告があったため、彼女が出撃するという話はうやむやになってしまった。


「兄上、邪神を名乗る男はアダムスが捕らえたとして、連れていたドラゴンはどうなったんだ?」

「……さあ、どうなったんだろうね」


 少なくともエドワードは、ドラゴンの脅威が消え去ったとは思っていない。だが、事はそう単純ではないのだ。自分には自分の思惑があり、そのためには竜を無視する必要がある。


「それでパティ。今日はどうしてこの帝都に?」

「全州会議のためだ、兄上。時期的には少し早いが、帝都でゆっくりと休日を過ごしたいと思ってな」

「全州会議。もうその時期になるのか」


 全州会議。

 帝国七州のうち、五州の総督が意見を述べ合う重要な会議だ。年に一度開かれる。


 中央、帝都マリネ州。

 東方、グランヴァール州。

 西方、ツヴァイク州。

 南方、オールヴィ州。

 北東、リディア州。

 北西、セレスティア州。

 北方、バージニア州。


 北方バージニア州と帝都マリネ州は皇帝直轄地であるため、その他の州から総督が集まる。

 一国一城の主といっても差し支えない総督たち。一癖も二癖もある彼らを相手にすると思うと、エドワードは気が重くなるのだった。


「パティがいてくれて本当に助かってるよ。僕がいじめられたら、援護の発言をお願いね」

「勘弁してくれ兄上。私も胃が痛くて仕方ないんだ、会議というものは……」

「ははっ、僕なんて胃だけじゃなくて頭まで――」

「エドワード」


 不意に、背後から声をかけられる。この声は――


「……ち、父上」


 エドワードの父にしてマキナマキア帝国皇帝、ローレンスだった。

 基本的に、この男は有能だ。神だの天使だのと叫んでいないときは、かなり頭の方もよく回っている。

 それゆえに、エドワードにとって扱いにくい相手であった。


「エドワードよ。余が何を言いたいか、理解しているか?」


 ローレンスがエドワードを試すような目つきで見下ろした。あまりふざけた発言は許されないだろう。


「アダムス総督の件ではないかなっと、思ってます」

「その通りだ。さすがは我が息子……」


 ローレンスは嬉しそうに王笏を揺らした。


「アダムスを総督に任命したのは余だ。奴の性格は十分に理解している。教団のへの献金を控えたいというのは、奴らしいもっともな言い訳だ。しかし、自身が贅沢を控えているという話が……どうも解せない」

「その件ですか……」


 アダムスの不審な動きについては、エドワードも熟知していた。しかし、教団の力をそぐようなその行いは、彼らを疎ましく思っている皇子にとっても都合がよかった。だからこそ、これまでずっと見て見ぬふりをしてきたのだ。


「ともあれ、教団への献金を復活させるべきだ。わかっているなエドワード? もし、アダムスが逆らったその時は、皇帝である余への反逆と見なす」

「ち、父上」


 言わなければならないことがある。副皇帝、とあだ名される自分にしかできないこと。 


「……オールヴィ州の民は、少なからず教団への献金に反感を持ってたと思うんだ。だからこそ、反乱も過激になっていった。ねえ父上。どうして僕たちはアーク教団に……」

「エドワード」


 ぞくりっ、とエドワードの背筋が凍った。 


「二度目はないぞ……」


 その威圧。その圧迫感。その気迫。

 この男は、間違えなく皇帝だ。そしてそれに見合うほどの、王者としての風格を備えている。


「はっ」


 エドワードは椅子から離れ、恭しく傅いた。 


「皇帝陛下の命とあれば、必ずや反逆者を捕らえてご覧にいれましょう」

「はっはっはっ、そう畏まらずともよい。親子であるからな。期待してるぞ、エドワード」


 皇帝は笑いながら立ち去っていった。またあの部屋に引きこもって祈りを捧げるのだろう。

 エドワードは歯ぎしりをした。

 教団への献金を控えろ。そう父親に伝え、実行するはずだった。しかし皇帝の気迫に押され、強く言い返すことができなかった。

 己の意思の弱さを呪った。こんなことでは世界を……変えることはできない。


「パティ、話があるんだ」


 父親に威圧されてしまったことが、逆にエドワードの意思を固める原因になってしまった。今の彼に、もはや迷いなどというものはない。


「もし僕が……この帝国に反旗を翻したら、君はどちらに付く?」

「あ、兄上っ! それは……」


 パティが慌てたように目を見開いた。

 むろん、この発言は冗談ではない。

 来るべき戦いに備え、エドワードは味方を作っておく必要があるのだ。心から信頼し背中を預けられる、そんな仲間を。


読んでくださってありがとうございます。


最初に帝国の話題を出してから、だいぶ時間がたってしまいました。

どのタイミングで入れるか、なかなか難しいところです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ