傀儡政権
それから。
感電させた〈邪法使い〉は、記憶操作を行い教団へと戻した。自分たちは立派に職務を果たし、邪神を総督に引き渡した、という内容の記憶を上書きしたのだ。
俺たちは城の執務室に集まっている。平時であれば総督が政務を行っている部屋だ。
部屋の奥に設置された椅子へと座りこむ俺。さながら玉座に腰掛ける国王のような気分だ。
背後には帝国の国旗やアーク教団のシンボルが描かれた旗がおいてある。後で取り払っておこう。
「まず、オールヴィ州総督アダムス」
「はっ」
俺の声に従い、アダムス総督は腰を落とし跪いた。
どういう対応をするか様子を見ていたが、この様子なら俺を裏切ったりはしないだろう。まあ、娘のホリィは俺の手の内で、おまけにアダムス自身も反乱軍を鎮圧できなかったわけで、この男に逃げ道などないのだ。
「お前には引き続き総督を続けてもらう。ただし、これまでのように贅沢な暮らしは控えろ。その太った体もなんとかしておけ」
「かしこまりました、カイ様」
痩せて苦しんでいる姿を見せれば、少しは貧民も納得するだろう。もともと富裕層には悪くない評価の男だ。この地域で過ごしている分には何ら問題は起こさないだろう。
「そして、今日をもって教団への献金は禁止する。奴らを支援し、優遇するのは取りやめだ」
「し、しかし、教団への献金は帝国法によって義務付けられており、断れば帝国への反逆と見なされることも……」
「反乱軍鎮圧の被害が深刻なため、教団への上納金は払えない。そう伝えておけ」
「なるほど、確かにその理屈であれば通るかもしれませんな。特にエドワード皇子であるなら……」
これは全くの嘘というわけではない。現に反乱軍鎮圧部隊は全滅しているのだ。州としてもかなりの損失が出ているだろう。
そして、アダムス総督自身が贅沢な暮らしを控えれば、帝国へのアピールにもなるだろう。自分も頑張っているのだから、帝国もそれをくみ取って大目に見てほしい。そういうメッセージにもなる。
「クラリッサ」
アダムスと違い、クラリッサは俺に臣下の礼を取ったりしない。ただ、壁に寄りかかり、腕組みをしながらこちらを見ているだけだ。
「お前には引き続き副リーダーとして働いてもらう。これからは将軍として、兵士たちを指揮してほしい。頼めるか?」
「問題ないわ。これまでと何も変わりないもの。部下の数が増えるだけよ」
俺は初めて彼女に会った時を思い出す。
戦場を果敢に舞い、兵士たちを鼓舞していたその姿はまさに戦女神。兵を率いる将軍として、悪くないと思った。年の若さを問題にするのであれば、十六歳で大将軍であった俺は何なんだという話になってしまう。
優秀な人間は、正しく使われる必要がある。彼女は俺の王国に必要な人材だ。
「ホリィ」
「はーい」
陽気な声を上げた少女は、長い金髪を揺らしながら俺に駆け寄り、そして抱き着いてきた。
うーん、この子は空気を読んで欲しい。
「お前は俺の下で邪法を学べ」
「うん、うん、私頑張る。いっぱい頑張るっ!」
べ、別に扱い辛いから魔法教えるの承諾したわけじゃないんだからな。
「カ、カイ様。私の娘をどうするおつもりですか?」
アダムス総督が心配そうに語りかけてきた。愛しの娘がどうなってしまうのか気がかりで仕方ないのだろう。
「州軍に〈邪法使い〉を導入する。やがて来る大戦争の中で、ホリィの率いる〈邪法使い〉には主力として働いてもらいたい」
「教団の反発が予想されますぞ。奴らは〈邪法使い〉を徹底的に管理し、その術を秘匿していました。私の娘は例外中の例外」
だからこそ、この帝国において魔法はあまり育たなかったわけだ。本気で修練していれば、レベル三ぐらいまでの魔法は身に着けることができただろうに。
「もちろん秘密裏に行う。人数も最初はそこまで多くなくてもいいだろう」
「そのように取り計らいます。それと一つ、質問宜しいでしょうか?」
「なんだアダムス?」
「そちらの女性は、カイ様の妹君ですかな」
俺の隣に立っていたテレーザのことだ。
今後の州運営を決める会議。このような場所に幼い女の子を連れてきたことを、疑問に思っているようだ。
こいつらには真実を話しておこうか。
「彼女の名前はテレーザ。俺の契約竜であり、水竜王の孫娘だ」
その言葉を聞き、クラリッサたちは信じられないとでも言いたげに目を見開いた。
「えっ、カイの妹じゃなかったの?」
「竜が人の姿をとるとは……」
「ねえ? 邪法は? 邪法は使えるの?」
「うう……一度に話しかけないでください。私の頭がパンクしてしまいます」
テレーザは頭を抱えながら座り込んでしまった。まあ、この子に関しては今の話題にあまり関係ない。
「とりあえず、テレーザのことはおいておこう。政治の話だ。ここの州民には、以下のことを守ってもらうっ!」
①邪法のことは魔法と呼ぶこと。
②アーク教への信仰、献金を控えること。
③十三歳以下の子供に初等教育の学び舎を用意し、神話によらない合理的な学問を教えること。
「内政、軍事については適宜俺が口を出す。場合によっては俺が邪法……もとい魔法を用いて支援することもある。とりあえず、現在の行政機構を変えるつもりはない。ただしアーク教団に結びつきの強い役人は、徐々に権力から遠ざけておけ」
「仰せのままに」
アダムスが頭を下げた。この男であればある程度は期待に応えてくれるだろう。さて、これでとりあえず言いたいこと九割言い終えた。
「富国強兵を図り、この州の力を充実させる。そして、帝国が俺たちの真意に気づきその牙をむいた時には……」
俺は剣を天井へと掲げた。
「俺が新たなる国の建国を宣言するっ!」
俺一人で帝国全域を制圧することは、ひょっとすれば可能かもしれない。しかし、分身を生み出せるわけではないので、遠征中に本拠地を攻められれば対応できない。
俺が天下を取ったあと、敵味方誰もいなくなったなんていう状況は勘弁願いたい。俺は自分の帰るべき場所を……用意しておきたいんだ。
こうして、半ば独立国に近い俺の傀儡政権が誕生した。
読んでくださってありがとうございます。
次は日常回予定です。
ちょっとラブコメっぽい話も入れたいと思ってます。
ハーレムというキーワードに偽りはないのです。