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教団の邪法使い

 俺はアダムス総督の居城へとやってきていた。実は、クラリッサが砦を出てから、ずっと後をつけていたのだ。

 邪神として顔が割れてしまっている俺だが、この体は魔法で作った仮初のものだ。容姿や衣服を作り変えることなどわけない。

 加えて、クラリッサとハロルドだけには幻覚魔法をかけておいた。二人には俺の姿が見えないのだ。後をつけるのは容易だった。


 俺は最初からハロルドを疑っていた。

 まず服の汚れに対し、靴が綺麗すぎた。おそらく服は偽装のたびに汚したのだろうが、靴までは頭が回らなかったようだ。金をもらって馬車か何かで移動したに違いない。

 そして、強制労働所で酷使された、という話のわりに、ハロルドが元気そうだったのも気になる。もっと痩せこけててもいいんじゃないのか? 鞭で打たれてたんならその跡ぐらい残っていたっていいだろう。

 要するに、この男が穴だらけの嘘をついていたから、すぐに気が付いたのだ。 

 兄のことを信じきっているクラリッサは気が付けなかったかもしれないが、俺の目を欺くことはできなかった。

 っていうか誰か突っ込めよ。俺以外の人間が気づいてやるべきだろ、この矛盾。


 レンガ造りの城の中央にある食堂。高級な絨毯と絵画によって彩られたその空間に、俺は立っていた。

 ハロルドは狼狽しながら立ち上がった。


「そ、総督、こいつですっ! 例の邪神ですっ!」

「落ち着け、ハロルド」


 小物ように慌てるハロルドと違い、総督はかなり冷静だった。その油断ない瞳をこちらに向けながら、恰幅の良い腹をさすっている。


「飛んで火にいる夏の虫、とでも言おうか。こちらから出向く手間が省けたぞ」


 ぱちんっ、と指を鳴らす総督。すると奥の扉から、白いローブをまとった男たちがなだれ込んできた。その数は十人。

 ローブには四角の紋様が描かれている。アーク教団に連なる者たちだろう。


「カイっ! 気を付けて、こいつら〈邪法使い〉よっ!」

「なにっ!」


 クラリッサの声に、俺は気を引き締めた。

 ちっ、少し油断したか。〈邪法使い〉はレアだからと踏んでいたが、どうやらこのアダムスという男、想像以上に教団と結びついているらしい。まさか十人も魔法使いを集めるとは。

 現れた〈邪法使い〉たちは、俺を取り囲むように広がった。そしてその手を掲げながら、魔法の詠唱を始める。


「大気のマナよ、偉大なる炎の精霊よ。我に力を授けたまえ……。ぬうんっ!」

 

 この詠唱は……。

 男たちの手に炎が出現した。火炎魔法の完成だ。赤く燃えるたぎる魔法は、唸り声のような音を発しながら俺のもとへと迫ってくる。

 だが、その力が俺に届くことはなかった。

 俺が生み出した氷の壁によって、敵の攻撃は完全に防がれていた。


「おい……」


 瞬時に敵の背後へと回る俺。

 風魔法によって強化された俺の速さは、もはや人の目に留まらぬほどに早かった。〈邪法使い〉の首筋に剣をあてる。


「お前が一番強いと思っている邪法を使ってみろ」


 自らの死を覚悟したのだろうか、〈邪法使い〉は震える体に耐えながら、必死に声を上げていく。


「ぼ……僕の一番の邪法は……さ、さささ、さささささっきの邪法ですうううっ!」

「失格」

「あひゃああああああっ!」


 雷魔法レベル二を剣に伝わせ、一瞬で気絶させる。

 再び隣の〈邪法使い〉の背後へと回る。


「次はお前だ。俺をあまり失望させるな」

「ひ、ひゃい……。た、大気のマナよ、偉大なる灼熱の王よ。我が命に従い、この手に集えっ!」


 男は火炎魔法を放った。先ほど集団で使っていた魔法よりは出力が高い。


「ほう、レベル二の火炎魔法が使えるか。見どころのあるやつだ」

「ぎゃああああああっ!」

「手加減してやったぞ」


 雷魔法レベル一によって敵は気絶した。さっきのヤツと比べて服の焦げ具合が少ない。

 こんな感じで、俺は一人ひとり倒していった。途中で抵抗する奴もいたが、俺の氷結魔法を破れるだけの強さを持つ奴はいなかった。

 結局、二番目にレベル二の魔法を使った奴が一番強かったようだ。よく見てみると、こいつだけ着ている服に装飾が施されていた。

 隊長か何かだったのかもしれない。

 教団の邪法はこの程度なのか。警戒して損をした。かつてのグリモア魔法王国であれば、七歳児でもこのレベルには至っている。


「さて……と……」


 俺はクラリッサの拘束を解いた。力が入らないからなのだろうか、倒れそうになる彼女をそっと抱きかかける。


「どうしてここにいるの? 砦が襲われたらどうするのよっ!」

「テレーザに任せてある。それにさっきの話だと、むやみやたらに兵を動かしそうには思えないが」

「そうね、そうよね」


 クラリッサは力なくうなづいた。その体は寒さにあてられたかのように震え、涙が目尻に溜まっていた。


「泣いてるのか?」

「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ! あんたなんかに何がわかるのよっ! あのお兄ちゃんが裏切ってたなんて、こんなの……夢以外のなんだって言うのよ……」

「現実を見ろ」

「う……ううぅ……」


 クラリッサは俺に抱きつき、泣いた。その慟哭は狭い室内に反響し、俺の耳にいつまでもこびりついて離れなかった。

 黒い髪が目の前で震えている。花のように香ばしい彼女の匂いは、悲痛な叫びによって打ち消されてしまう。

 反乱軍の副リーダーといっても、まだ女の子なんだ。泣きたくなる時だってあるだろう。

 だけど、民を率いるものは強くあらなければならない。今のうちに泣けるだけ泣いておくんだ。


「これは夢じゃなくて現実で、お前は俺に助けられたんだ。そしてこれからも、俺の傍にいて働いてもらいたい」

「え……?」

「すまない、俺は嘘をついていた。帝国や教団に反感を持っていたのは事実だが、本当は心の中で自分の国を作りたいと思っていた。そして、できればお前にもその国に加わってもらいたいと考えている。嫌か?」

「あたし……が?」


 クラリッサはその大きな瞳をぱちくりとさせ、俺の顔を見た。何を言っているのかわからない、ときょとんとしているように見える。


「ありがと、もう大丈夫よ」


 抱き着いていた彼女が、俺の傍から離れる。心なしか、顔が赤いように見えた。


「もう、リーダーがこんなのじゃ、反乱軍なんて壊滅よ。り、リーダーにでも国王にもでなればいいんじゃない? あたしも……あ、あんたに助けられた恩があるから、て、てててて手伝っても……いいわ……よ」

「感謝する。この話はまた後で詳しくしよう」


 うつむき、何か小さな言葉を囁いている。


「カイの胸の中、すごく温かかった。……かっこいいじゃない」

「え? なんだって? よく聞こえなかった」

「なんでもないっ!」


 クラリッサは俯いて何も言わなくなってしまった。まだ感情の整理がついていないのだろうと、俺は彼女のことをいったん忘れることにした。

 まずは――

 

「ハロルド」


 劣勢を悟ったこの男は、腰を抜かしたまま立とうとはしない。俺はそんな彼の前に立ち、まるで犬や猫のように見下ろした。

 出会ったときは『好青年』といった印象だったが、頭髪を乱して震えてるその姿は……惨めでしかなかった。


「お前は無能だ。お前のせいで総督の計画は完全に破たんした。まあ仮にうまく人質をとれていたとしても、俺の手間が増えただけで結果は変わらなかったと思うが」

「ぼ、僕はあんな愚かな農民たちとは違う。賢く冷静に判断を下して、時には非情にすらなれた。そうやって、僕は総督に取り入ったんだっ! 無能なんかじゃ……ない。お前が来なければ、お前さえいなければ僕はっ!」

「もう少し賢く立ち回れば、俺を騙すことができただろうな。農民を馬鹿にして嘲ってるお前だが、俺の目にはお前も十分馬鹿に見えたぞ」


 余計な問答はこれで終わりだ。

 精神操作レベル七、人格操作。

 俺の魔法を受けたハロルドは、魂を失ったように脱力しそして……。


「うえええええええええええええええんっ!」


 人格を子供にまで後退。こいつの処遇については、あとでクラリッサと相談して決めよう。状況がよくなったら解放していいかもしれない。

 裏切り者に用はない。


「そしてアダムス総督」


 さしもの総督も、ここまでくれば半ば冷静さを失っているようだった。滝のように脂汗を流しながら、血眼で俺を睨み付けている。


「教団と手を切り、俺に仕えろ。お前は貧民から搾取を続けていたが、決して無能な人間じゃない。なあに、悪いようにはしない。贅沢は控えてもらうが、引き続き総督として……」

「ひっ、ひいいいいっ!」


 アダムス総督は情けない悲鳴を上げながら。転がるように部屋の外へと逃げていった。

 おいおい、手間をかけさせるなよ。

 

「クラリッサ、少しあいつを追いかけてくる。体は動くか?」

「え、ええ……」


 クラリッサは立ち上がった。その動きは平時の精彩を取り戻している。どうやら本当に大丈夫なようだ。

 物質錬成レベル四、武具生成で剣を生み出す。


「こいつを使え。何かあったら悲鳴を上げてくれ。すぐに戻る」


 こくり、とうなづくクラリッサを確認したのち、俺はアダムスを追いかけた。 


読んでくださってありがとうございます。


総督を追いかける話もこの話に入れようかと思ってましたが、長くなりそうなので分割。

いくら文章増えても新人賞投稿と違って制限ないから気持ちが楽です。

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