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建国への道筋

 

 俺とハロルドは、反乱軍の砦に戻っていた。

 勝手知ったる我が家、といったところだろう。ハロルドは誰かに案内されることもなく、ふらふらと砦の中を歩き回っていた。時々廊下を歩く人に挨拶をしては驚かれていた。

 俺が最初に案内された部屋、すなわち執務室に入る。すぐに薄汚れた服を脱ぎ捨て、クローゼットに収納された綺麗な服を身に着ける。履いていた靴はきれいなままだったのでそのまま履くらしい。


「お兄ちゃん!」


 ドアを開け入ってきたのは、クラリッサだった。兄の姿をとらえると涙を浮かべ、彼の胸に抱き着いた。

 兄妹感動の再開、か。


「会いたかった……。もう、死んだんじゃないかって思ってた。元気そうで良かった、良かったよぉ……」

「クラリッサ、ごめん。ずいぶん心配かけてしまったみたいだね」


 ハロルドは慈愛の笑みを浮かべながら、クラリッサの頭を撫でている。彼女はまるで母親に身にゆだねる娘のように、心やすらかにその行為を受け入れていた。


「お兄ちゃんがいなくなってから、大変だったのよ。こんな変な奴に、リーダー面されて……」


 そう言って俺のことを指さすクラリッサ。なんだと、その変な奴とは俺のことか?


「こらこら、あまり文句を言うんじゃない。彼は命の恩人なんですよね? お礼は言ったんですか?」

「……ありがと」


 まるで心がこもっていないが、一応お礼を言われたらしい。まあ、悪い気分ではなかった。

 少し感動の波が引いたのだろうか、クラリッサは泣くのをやめてハロルドから離れた。


「それで、お兄ちゃんは今までどこにいたの? どうして戻ってきてくれなかったの?」

「この間の戦いで、僕は捕虜になってしまいました。強制労働所に捕らわれていたんです」

「そ……そんなところが……」

「強制労働所は恐ろしいところでした。満足な食事も得られず、ただひたすら働かされる場所。多くの痩せこけた仲間が死に、僕自身も鞭で何度も打たれました」


 ハロルドは沈痛な面持ちで、自らの言葉を紡いでいる。手がかすかではあるが震えていた。


「オールヴィ州総督の悪政は、州全体に轟いています。僕たちだけじゃない、数多くの反乱勢力がこの地には生まれているんです」

「嘘……そんな勢力、今まで聞いたことがなかったわ」

「実は僕も、そのうちの一勢力の手引きによって脱獄を果たしたんです。今こそ、その勢力を一つに結集して、この州を正しく導く必要がありますっ! そのためにもクラリッサ、これまでずっと僕に代わりみんなを率いてきた、君の力が必要なんです!」

「え、あたし?」


 急に名前を出され、クラリッサはハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 

「クラリッサ、僕と一緒に各地のリーダーのところに行ってほしい。彼らに協力を取り付けるためには、『かつての』リーダーである僕よりも、『今の』リーダーである君の力が必要なんです」

「え……でも……」


 クラリッサは後ろ髪を引かれるような表情で、ちらりとこちらを見た。俺というよりも、おそらくはリーダー不在で砦に残される仲間たちのことを心配しているのだろう。

 ……俺が背中を一押ししてやる必要があるようだ。


「行ってこいよ。敵が来たら追い払ってやる。大丈夫だ、別にリーダーにとって代わろうみたいなことは言わない」


 俺は適当に返事をしておく。クラリッサはその返答を聞くと、躊躇を振り払ったらしい。


「お兄ちゃん、わかったわ。一緒に行きましょう」

「ありがとうクラリッサ。これでこの州を……変えることができる」

「ちょっと待ってて、着替えてくるわ」


 クラリッサは立ち去っていった。ハロルドも、俺と二人で居心地が悪かったのだろうか、すぐに部屋の外へと出て行った。

 ぱたん、とドアが閉められると、執務室には俺だけが残された。

 俺は窓の外を見た。今の顔を誰かに見られたくなかったからだ。

 俺は笑っていた。

 これが笑わずにいられようか。まさかこんなチャンスが巡ってくるなんて思ってなかった。

 すべてが運命の采配としか思えない。この反乱軍を掌握し、やがては州全土を領土として独立宣言をする。その明確な道筋が、今、俺の中に完全に描かれたのだ。

 基本的には、予想されていたシナリオ通り。だが、すべてが思い通りだったわけではない。

 ただ一つ、俺が思い違いをしていたこと。

 それはそう、オールヴィ州総督が思ったより有能であったことだ。



 クラリッサはぼんやりと思い出していた。

 そう、最初はカイと別れ砦を出た。何日か街道を歩き、宿に泊まりながら目的地を目指した。

 そして、兄とともにカフェでコーヒーを飲み……そこで、いったん記憶が途切れた。

 そこまで夢を見るように思い出したのち、彼女の意識は完全に覚醒した。


「え……何……これ」


 クラリッサは拘束されていた。

 両手は鎖によって縛られ、体は柱に括り付けられている。おそらくはどこかの食堂のような場所であろう。中央には大きなテーブルとたくさんの豪華な料理が並んでいた。

 目の前には二人の男が座っている。一人はクラリッサの兄であるハロルド。そしてもう一人は……アダムス・グローヴ総督だ。


「お……兄ちゃん。どうして、そいつと一緒に座って……」

「クラリッサ、君はもう少し賢く立ち回るのを覚えたほうがいいと思うよ」


 ハロルドは妹の姿など目に入らないかのように、グラスに注がれたワインを飲んでいる。ワインなどという嗜好品、反乱軍ではとても手に入らない高級品だ。

 クラリッサは抗議のため、鎖による拘束から抜け出そうとした。しかし、力が入らない。どうやら、カフェで飲んだコーヒーに睡眠薬か何かが混ぜられていたようだ。

 そんなもがく彼女の様子を見ながら、アダムス総督は満足げにエビを頬張った。


「すぐに人質を取ったことを通達するぞ。これで件の巨大生物とて、容易に砦を壊したりできまい。あとは教団の〈邪法使い〉を用い、その邪神とやらを殺せばいい」

「さすがは総督。的確な判断です。これで今度こそ反乱軍は全滅でしょう」


 クラリッサは信じられなかった。あの兄が、よりにもよって総督を褒めたたえている。悪夢であるなら早く覚めてほしい、と真剣に願ってすらいた。


「お兄ちゃん……どうして? 本当に……裏切ったの? せっかく、私たち……鎮圧軍に勝てたのに」

「本当ならあの時点で反乱軍は潰されてたはずなんです。それを、カイとかいうあの少年が手伝ったばかりに……」

「まったく、困ったことをしてくれる。せっかくリーダーの懐柔に成功したのだ。総督であるこの私としては、州内の不穏分子は早めに取り除いておきたいのだ。治安の関係上」

「僕もかつての仲間が苦しんでいる姿を見るのは、気分のいいものではありません。早く潰していただきたいです」


「「はっはっはっ」」


 二人は笑っていた。その歪な笑い声に、クラリッサはまるで高熱にうなされているかのようなめまいと苦しみを覚えた。

 絶望の底に叩き落された。もはや希望など何もない。自分はこれからどうなってしまうのだろうか?


「助けてほしいか?」

 

 ふと、声が聞こえた。

 ここにはアダムス、ハロルド、そしてクラリッサの三人しかいない。しかし、その声は明らかにこの場にいない第三者。


「何者だっ!」

「こ、この声は……まさか……」

「カイっ!」


 クラリッサが捕らわれている場所とは反対側の窓側に、一人の少年が立っていた。高級そうなマントと胸当てを身に着けた、やや髪が長めの男。

 邪神と呼ばれ反乱軍の尊敬を集めるその人物の名は、カイ。


読んでくださってありがとうございます。


少し駆け足過ぎましたかね。

もう少しハロルドさんの話をしてもよかった。

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