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プロローグ


 玉座の間は静けさに包まれていた。いくつもの柱がまるで森の様に乱立し、高官たちの息遣いのみが響く、そんな場所。

 一定以上の身分を持つ文官、武官はともにこの場所に集まっている。


 静寂を破ったのは、扉を開けて現れた一人の兵士だった。

 伝令の兵だ。玉座の前で膝を落とし、頭を下げる。


「ご報告申し上げます。ナルディア砦は陥落、ターティス平原での野戦は我が国の勝利、ニーヴェス港は両者痛み分けの形で、現在停戦交渉中です」

「ご苦労」


 女王、エミーリア・ケンプファルトは深くため息を付いた。煌びやかな銀髪と、それに見合うだけの貴金属をまとった、まさに王族といった出で立ち。まだ十六歳という幼さの抜けない年齢でありながらも、それを覆すだけの気品と風格を備えている。


 この国――グリモア魔法王国と、敵国――マキナマキア機工帝国は近年大規模な戦争を行っている。両国の大戦は一進一退の攻防を繰り返しており、決して魔法王国が負けているわけではない。しかし――


「大臣、先ほどの話……本当か?」

「はっ、魔法演算士の計算によりますと、約十年以内に決定的敗北を喫し、その約二十年後にこの国は滅ぼされている……とのことです」

「それほど深刻とは……」


 エミーリアは苛立たし気に自らの銀髪を弄った。魔法による未来予測シミュレートは、我が国の敗北を予想しているのだ。

 機工帝国は領地が広く、国民の数も多い。おまけに兵士となる人間は、訓練を積まずとも機械によって十分な戦力となり得る。長期の総力戦となれば、有利になるのはどうしても向こう側。

 だからこそ、この現状を打破するため……切り札を生み出した。


「いよいよ、件の『転生魔法』を使うときが来たようだな」


 王国の魔法使いが研究に研究を重ね、とうとう生み出すことに成功した『転生魔法』。この魔法を使えば、望む場所に転生できるうえ、前世の記憶や能力をそのまま引き継ぐことができる。

 敵地で転生を果たし、ゲリラ戦で機工帝国を内部から切り崩す計画だ。


「誰か、我と思うものはいないか?」


 エミーリアの張りのある声が玉座の間に響き渡った。

 転生、とは大命であるうえ一度死んでしまうことを意味する。『自害しろ』と同意義のその言葉に、周囲に控えていた文官、武官ともに緊張が走った。


「及ばずながら女王陛下、このわたくしめにお任せください」


 将軍の一人がその手を上げた。まだ若く血気盛んなところが多いが、その覇気だけは誰にも負けないように見える。


「おお、そなたっ! よくぞ申した! 我が国のためにその身を捧げて――」

「ならんっ!」


 女王の快諾を遮ったのは、そばに控えていた大臣の言葉だった。


「貴殿は先ほどの戦で敗北したばかりではないかっ! この大命は国家の命運を左右する。敗北は許されないのだ。自重せよっ!」

「……くっ」


 将軍は歯ぎしりをしながらその手を下した。


「んじゃ俺なんてどーよ?」


 代わりに前に出たのは、あごひげを生やした中年の将軍だった。


「リチャード将軍」


 リチャード将軍。

 火炎将軍と異名を持つ王国屈指の将軍である。


「大将軍ほどじゃねーが、俺も連戦連勝してるぜ? 俺以上に相応しいやつはこの王国にいねーだろ?」


 彼の強さは折り紙付きだ。多くの高官が、将軍の申し出に安堵した。

 だがしかし、その言葉に反し大臣は首を横に振った。


「貴殿は親族が機工帝国に住んでいると聞く。情にほだされ敵側に寝返っては元も子もないではないか」

「おい、文官風情が、俺が裏切るっつーのか?」

「……あくまで可能性の話をしている」

「ああっ? ぶっ殺すぜ」


 リチャードは腰に下げた大剣に手をかけた。玉座の間が緊張に包まれる。


「止めろ」


 彼のたった一言で、それまでの緊張がすべて霧散してしまった。リチャードはその剣を下し、大臣は顔の赤みが引いていく。


「俺が行く、それなら誰も文句はないだう?」

「だ……大将軍、カイ閣下」


 大将軍、カイ。未だ十代の身でありながら、王国のあらゆる魔術を身に着け、また戦争でも活躍する少年。

 カイには親族などいない、王国への忠誠はこれまでずっと示し続けてきた。そして王国最強の魔法使い、と称されている。まさに先程大臣が難癖付けた部分をすべてクリアしてるのだ。


「お前が行くのか? カイ……?」


 女王は玉座から立ち上がった。その声はか細くも震え、そして不安のためか血の気が引いているようにすら見えた。


「わ、私には……お前が必要で……」

「素晴らしいっ!」


 大臣が感嘆の声をあげた。


「閣下のお力であれば、必ずやこの国を救うことができるでしょう。私を含め、誰も文句など言わないでしょうな」

「お褒めに預かり光栄です、大臣殿」


 カイは恭しく頭を下げた。そして唖然とする女王のもとへと歩みより、その麗しき白い手にキスをする。


「行ってまいります、女王陛下。どうかご武運を」

「……あっ」


 女王の声なき声が、空気に溶け霧散した。

 


 三日三晩の戦勝祈願祭が開かれた。転生魔法を一般国民の前には示さず、名目上はカイの連戦連勝を称える催しである。

 そしてその後、王国最強の魔法使い――カイは転生魔法を使い、この地から消失した。


読んでくださってありがとうございます。


暗い出だしではありますが、キーワードに設定された内容は絶対です。

ちゃんとやります。

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