Scene1 そう、真の超越者=《オーバーロード》の降臨だ。 sight of オーバーロード
まえがきに代えた
設定厨と呼ばれる人間を嫌うかた向き Scene1のあらすじ
【オーバーロード】興亡記をゲームプレイヤー、久鉦円也は綴った。
オーバーロードは世界に君臨し。
《オーバーロード》は降臨した。
注意事項
●オーバーロードは三つの意味を持つので混同に御注意を。
●麻薬常習者についての偏見が作中にありますが、人生の落伍者や無思慮な愚か者だけが麻薬中毒になるとは限りません。
●禁断症状があるので麻薬常習者が立ち直るのは困難なため、組織犯罪者などが洗脳の手段として麻薬を使うのは常套手段となっています。
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Scene1
そう、真の超越者=《オーバーロード》の降臨だ。 sight of オーバーロード
始まりがあれば終わりがあり、終わりがあれば始まりがある。
どんなものにも結末があり、それが新たな始まりになる。
どこかで聞いたようなセリフだが、今の俺は、その事を実感していた。
Growth and InnocentⅡ 〰混沌の世界〰。
史上初の全感覚型ヴァーチャルMMOとして多くの人々を熱狂させたそのゲームの終わりが、俺の新たな人生の始まりだった。
全盛期は、東京と同じくらいのゲーム人口があったのだが、そのゲームの終わりは、わびしいものだった。
俺達の【オーバーロード】は、血族戦争では、トップクラスの実力を誇る武闘派血族だ。
プレイヤーキャラとNPCの全てが、混沌の種族で構成された血族で、本拠地を一度も陥落された事がない事で名を馳せていた。
最盛期は17人の執行幹部に数十人の高レベルプレイヤーを擁した【オーバーロード】だったが、その栄華も今は昔。
俺は、唯一人残ったギルド幹部にしてマスターとしてゲーム最終日を迎えた。
周囲には7体の最強戦闘NPCがただ無言で立っていた。
高度なAIなどなく、作戦支持でプログラム戦闘を行うNPCなのだから当然なのだが、それでも唯一人で終わりの日を過ごすよりはましだと思ったのだ。
そして、その日から全てが動き出した。
この世界に来ているかもしれない他の血族やこちらの国家に滅ぼされることがないように力をつけ、世界に【オーバーロード】の名を轟かせるための戦いの日々が始まったのだ。
三皇──《堕天女皇ヴァイナ・シゥタリングラ》、《悪魔皇ソンムウォー》、《弄魔狂皇ナガサ・キヒロシマ》。
四天王──《誘死王マサークル・ルワンダ》、《屍兇帝ゲール・ヴェルダン》、《優越帝ジプシー・ホロコースト》、《惑乱公ツアンサ・ビエン・ナンジン》。
最強戦闘NPC達は現実の部下となり、ギルド長である俺は、《超越君種オーバーロード》とギルド名を自分の名として、《魔境の森》にある拠点から《辺境領》と呼ばれる人間達が支配する領域へと進出した。
「偉大なる主の御心のままに、全ての種にその足下に平伏す栄誉を与えましょう」
などと真顔で言ってくれちゃうヴァイナは、堕天使レベル777で親衛隊として俺直属の部隊を率いて。
「アタシに任せてくれれば、30万人の辺境民を同士討ちさせてみせるネ」
なんて狂ったことを言い出す幻魔レベル666のツアンサは、諜報部の長として。
「《オーバーロード》オーバーロード様の禁呪を御使いになれば辺境ごと焦土にできますわ。それが一番簡単ですわよ」
と後先考えない主義で破壊を唆すナガサは、幽鬼レベル768の突撃隊総長として。
「劣等種である人類種を間引くことが我等優越種たるものの使命です。御優しいのは好いことですが、害虫にまで御情けをかけなくても」
とか色っぽい口調で俺を殺戮に駆り立てようとする夜魔レベル688のジプシーは、公安警備の要として。
俺の寵愛を得ようと常に纏わり着いてくる面倒な部下達だ。
人間だった時ならともかく、今の俺は《混沌の大墳墓》の主である超越種《死主》レベル999だ。
よほど明るい所でなければ黒と見間違う紫黒の骸骨という姿で、当然、忌々しい生命の証である生殖器の類などついていない。
そんなモノなどなくても、霊体であろうと陵辱する魔気を使えば、あらゆる存在を死に誘う破滅的な中毒性を持つ快楽を与えられるのだ。
麻薬と性行為で得られる悦楽を数百倍にして与える魔気による侵食は、中毒症状もそれに比したもので、一度味わえば俺から離れられない下僕を作る。
前世で麻薬にハマって破滅した馬鹿なやつらを知っていたが、魔気を使えば、ああいうやつらのような人間の産廃物を増産できる。
もちろん、性欲に振り回されていた人間の時の俺と違い、そんな何の得にもならないことをしたりはしないが。
必要なら、それもできるのが今の俺というだけだ。
そして、女達は俺の魔気に侵されているらしく常に褒美を求め群がってくる。
魔気を女達に使った記憶はないが、それが判るかのは俺自身の権能だからだ。
どうして手を動かせるかは解らなくても、手の動かし方は判るものだ。
魔気が女達の体に満ちているのも判るし、彼女達の見たり聞いたりしたものをテレビでも視聴するように感じ取れるのだ。
そんな設定などなかったはずだが絶対の忠誠を誓うという設定はあったので、そういう事なのだろう。
そして、そういった俺に溺れる人間に近い容姿の女達とは別に男の部下達も別の意味で面倒だ。
「主よ。貴方が煩わしい些事に構うことはありませんよ。私めに全て御任せくださればよしなに計らいます」
などと独断専行の言質をとろうとする野心家のソンムウォーは、悪魔レベル848。
任せればこの《魔境の森》東部に面する共和国を裏で牛耳る組織を造り上げる陰謀上手だが、放って置くと予想外の火種を作りまくるし。
「臣下の範として先陣を御任せあれ、敵が幾億幾兆あろうと某が打ち破り大地を血の海へと変えて見せましょう」
と言って盲進する脳筋のゲールは、レベル554の闘鬼だけあって、敵を見つけ破壊する事にしか興味がない突撃バカで使いどころに困るし。
「生きるに値しない人間どもに血の購いを! 復讐だけが我が望み!! 愚かな人間どもに報いを、死の裁きを与えたまえ、我が君主!!」
常々、うわ言のようにそう繰り返すマサークルは、屍鬼レベル444。
狂気の縁に落ちるのを俺への忠誠だけで踏みとどまっているようで、更にまともな使い道がない。
支配よりも殺戮を、建設よりも破壊を望む《混沌の軍団》の性質とはいえ、そういった心強いが扱い難い部下と共に、この世界に降り立った俺達【オーバーロード】だが、右も左も判らない状況だった。
俺以外のプレイヤーがこの世界にいるのか、いたとしてそれは敵対者なのか?
そして、もしかして俺以外の【オーバーロード】の仲間達が来ていたとしたら、またあの楽しい日々が還ってくるのでは?
あるいは強力な《秩序の軍団》のプレイヤーが降り立っていて、ゲームの時のように、俺達に襲い掛かってくるのではないか?
不安と期待の両方を胸に、俺は部下達に周辺地域の探索を命じた。
その結果、判ったのは、俺達の本拠地《混沌の大墳墓》が転移した場所が、《魔境の森》と呼ばれる秘境の端らしい事。
この世界はゲームの世界ではなく別の異世界で、世界とこの辺りの人間に呼ばれている世界だという事。
そして、何故か、俺達がこの辺りで使われている共通語を読み書きできるようだという事などだった。
その後、この世界の人間達に接触して支配下に治めていく事になるのだが、最初の自治村での取り込みが、生意気な小娘のせいで失敗したのを除けば、順調に事は進んでいった。
あの時は、人間風情の思い上がりを許せない《アヤサ》を滅ぼすという部下を止めるのに苦労した。
この世界の人間のレベルや能力が判らないのに、敵対しようなどとは狂気の沙汰だ。
アヤサも少し森の魔物どもをけしかけて脅した後で、通りすがりの人間のふりをして救ってやれば、安全の為に支配下に入るだろうと思ったのだが。
手駒にならずにただ恩恵だけが与えられるなどと勘違いしては困るので。
「自分の意志で戦わないものを助ける気はない。あんた達が自ら立ち上がりあがくのなら、手を貸してやろう」
そういったら、クリスとかいう小娘が反抗して失敗したのだ。
俺に従えば一人の犠牲もなく魔物を撃退できたというのに、何の得にもならない自由なんて幻想のために命を賭けて反抗するとはバカな女だった。
あげくの果てに、魔物達に蹂躙されそうなのを助けてやったというのに、恩にも感じず。
「御助力には感謝します。でも人の命を取引材料に使うのは感心しませんね。命の大切さや人並みの苦労を知っていれば、怖れや怯えを持つ人を蔑む事はしません。貴方が何処の貴族の方かは存じませんが、戦わない生き方を選んだ人達を護るのが何も生産せずに武器を持って生きる者の役目だと御忘れなきように」
などと説教までする始末だ。
俺の配下にもならず、戦おうともしないクズどもを何の得もなしに護ってやる義理などないというのに、理想とか共存共栄とかの甘い理屈を信じているやつは、これだから困る。
しょせん、人間など力ある者に媚びて力のない者を虐げて従えることに悦びを感じる醜い生き物なのだ。
援けあいなどは幻想で、力ある者に媚びているだけの話だというのに、少し力を持つと増長して奇麗事をほざく。
力を見せつけ守ってやるといいながら餌を与え、精神的に支配していき服従させるというのは基本的だが有効な手なのだが、時々、こういう跳ねっ返りがいて失敗することもある。
アメリカの支配者である多国籍企業のスポンサー達が、戦後の日本にやって成功した手で、同じように最初に力の差を思い知らせてからやれば、効果的だったのだが、あの時はまだ力の差が判らない状態だったからな。
DVの支配関係と同じで、日本のように滅ぼす寸前まで追い詰めることができていれば、失敗などしなかっただろう。
日米の支配者達のように子飼いの検察官と官僚を使って、無理矢理に日本の政治家を起訴させられるような国を跨いだ支配力も──今ならともかく当時は来たばかりで──なかった。
その後、俺達が圧倒的な力を持つと判って、辺境の別国家の軍を殲滅したり、幾つもの国家を陰で支配できるようになった頃には、その間に物語で例えるなら単行本10冊分くらいの出来事が起きたせいもあって、小さな自治村の事など忘れていたのだが。
再び、俺に過去の失敗を思い出させる事が起きた。
アヤサ村は、それまで軍事的に強大なユダワスプ国のベイ辺境伯の傘下にあり、軍備を勝手に増強しないように“ 安全保障条約 ”で縛り、おまけに「守ってやってる代わりに要塞の維持費用の一部や中古になった武器や防具の下取りなどをしろ」と貢がせられていたのだが、いきなりその条約を更新せずに破棄したのだ。
アヤサを支配していたユダワスプ国の元老院を初め、ベイ辺境伯ら主要な有力者は全て配下にしていたので、今更、アヤサをどうこうしようと思ってはいなかったのだが、ベイ辺境伯の支配から脱するなら対処をと部下達がウルサイので好きにさせることにした。
俺としては、あの失敗がその後の成功の切欠だったともいえるので、それほど悪感情もなく、けれど庇う気もなく、どうでもいいと止めずにいたのだが。
今思えば、それが終わりの始まりだったのだろう。
最初にアヤサに向かったのはソンムウォーで、あの生意気な小娘を従順な雌犬に堕しましょうと嘲笑を浮かべていた。
俺ほどではないが魔気を使いこなすソンムウォーにかかれば、ただの人間など赤子の手を捻るようなものと思っていたのだが、ソンムウォーは戻らなかった。
そのとき俺は、まだアヤサでソンムウォーが滅ぼされたなどとは露ほどにも思わず、逆に反逆を何処かで企てているのではという疑心暗鬼に陥るくらいだった。
そのため、諜報のエキスパートであるツアンサにヴァイナとナガサを付けて、もしソンムウォーが反逆を企てていても歯向かえない戦力を調査に送り出した。
そして、彼女たちまで失って初めて、俺は予想外の何かが起きている事に気づいた。
初めは未知の世界と敵への恐怖から慎重に事を進めて来たのに、俺は何時の間にか油断をしていたらしい。
いや、油断というほどの油断はしていなかったはずだ。
俺達のゲーム世界の最強戦力がこちらの世界に来ていても、あの三人なら逃げて報告だけはできる布陣だったはずだ。
ひょっとしてアヤサには、とんでもない何かが棲んでいるのかもしれないと気づいた俺だが、対策を練る前に次の異変は訪れる。
本拠地であるこの《混沌の大墳墓》に侵入者が現れたのだ。
正確にいうなら侵入者らしき存在と言うべきだろうか?
大墳墓のダンジョンとしての機能が消失したので、侵入者の姿をとらえる事はできず、ただ何者かがどうやったのかダンジョンの機能だけを破壊しながら近づいてくる。
それは、超越種《死主》であるはずの俺が抱くべき感情ではなかった。
しかし、今の俺は唯のゲームプレイヤー、久鉦円也に戻っていた。
ただ階層守護者を打ち破って来るのとは違い、建物を壊しもせずにダンジョンの機能だけを破壊する存在など、俺達をこの世界に招いたような本当の超越者でなければできない事だ。
そう、真の超越者=《オーバーロード》の降臨だ。
ゲームの中の超越種にしかすぎない俺が、ゲームを創れる存在に敵うはずがない。
今の俺は、人間だったなら、かつて俺と俺の配下達の前で多くの人間どもが浮かべた絶望と怖れの混い交じった表情を浮かべていただろう。
「残った全ての戦力を玉座の前に集めよ」
骸骨に表情がない事に感謝しながら、俺はそう命令を下した。
おそらく、どれだけの戦力を集めても無駄だろう。
あの人間の英雄達は、どうして逃げ出す事もなしに俺達の前に立てたのだろう?
俺の無詠唱の初期呪文一つで、跡形もなく消滅した共和国最強の英雄の事をふと思い出す。
確かに絶望した表情を浮かべた後に、それでも尚、俺に抗おうとしたバカどもと嘲っていたはずのやつらを、何故、今になって思い出すのか?
敵わなければ逃げれば良かったのだ。
ダンジョンの脱出機能さえ破壊されていなかったなら、部下に少しでも時間を稼がせて俺はとっくに逃げ出している。
「何の得にもならない事や何の益もない死に意味などない」
そう説いた俺に答えた奴等の声が、今になって俺を苛む。
「自分が一番大事なモノには解るまい」
「信じているから逝く事ができるのだ」
「俺が死んでも俺の生き様は消えぬ」
「意志を継ぐ者が現れなくても意志は残るのだ」
「一番大事なものは、目に見えないけれど決して消えたり傷ついたりはしないのさ」
奴等は、いったい何を残せたというのだろう?
負け犬の譫言と切り捨てた奴等の言葉に意味を見出そうとするなど、俺も落魄れたものだ。
そう自嘲しながらも、俺は何も残さずに消えていくのだという奴等の言葉に反論する事はできなかった。
俺のした事は歴史に残るだろう。
だが、俺自身の想いも【オーバーロード】の名も残らずに、ただの破壊者として歴史に虚名が綴られるのだと、俺は心の何処かで確信していた。




