007 バニーシュと奇才 改稿前
人材育成コミュニティにおける入学生を、実際の定員の数の2割増しにて呼びかけることは今や宇宙社会に定着し、根付いてしまっていることだった。
これはつまり、皮肉などではなくまったく実際的な理由で自ずと割り出された数値で、のちの温床たる富裕層による富裕層のための人材育成の場の持つ歓迎(welcome)精神の前段階として、唯一皆に課せられた試練、かのボイド探索のもたらす結論として、余分に準備されていた数値プラス2割の定員を、合理整然とスッキリ振るいにかけた。
過保護に毛の生えたような育成の温床で、これはただひとつのサディスティックな難関である。
慈悲もなく死に果てゆくその生命たち……
ところで、実際の定員数に、あらかじめ収まった合格者と、頭数合わせの予備として呼び込まれる2割の仮合格者には、厳しい差別が施された。
それは、イニシエーションを越えようが変わりのないものだった。
かれらは卒業までのあいだ、予備生という不名誉な呼び名でずっと揶揄され続ける、そしてずっと不当な圧力を様々な状況にて下され続けていく…教官先輩及び同級生に。
ひいては下級生からも…口に出さない侮蔑の眼差しを向けられた。
では、その向こう5年間の運命を決める試験とは。
それは、バニーシュというひとつの競技における採点の優秀者である。
つまり、宇宙に存在していくためのありとあらゆる項目を統合したバランス競技であり、しかしながら一言で曲芸、と言い切ってしまったほうがいいような、本当に曲芸と同一視されてやまないモノだった。
よってそのたった一つの指標によって振り分けられた優劣を、疑問視する声も多かったし、更には被差別側のほとんどにとってみれば不満を溜め込んでやまない悩ましい代物であった。
例え宇宙における縮図を模写したものといっても、宇宙に存在するのは、点取り屋ではなく適合者だ、それに、イニシエーションで生命を落とすものは、人数の比率からいっても必ずや試験の上級者のほうが上回ることが常であった…そこに、奢りからの散漫は含まれているだろうけれども。
各種条件を差し引いても、生き抜くための本能、ずる賢さ、有り余る体力など、野性味あふれるものの多かった予備生に対し、かの、バニーシュの名手たちは、少しく上品さが先行しているように思われる。
こうして、振るい落とされたモノたちは結局、競技というカタにはまった指標のみではなく、適合者としての資質にも溢れていて、裏を返せば端から、そのレベルでなければ、今後の宇宙を背負って立ついわば宇宙の鑑にはなれない…優秀な人材とは結局そういうことだった。
さて、よりにもよって「バニーシャ」と命名されたモノがいて、この上なく皮肉なことに、かれはバニーシュの点取り競争にかろうじて弾かれて、予備生としてイニシエーションを迎えていた……
そのあまりにも良く出来た皮肉のせいで、合格ラインに乗った正規の入学者だけでなく、同輩である予備生たちからもそのことで揶揄される結果であったが、当の本人こそ、ある種の浮世離れな風情を周囲に漂わせ、何を言われようが終始穏やかで動揺する素振りもなかった。
それよりも、かれは、イニシエーションで向かうこととなる、ボイドを想って夢中となっていた。
ボイド探索…宇宙随一の有名人、パイレーツ・オブ・カリビアのかつての姿、アルチュール公が、超速にばら撒き続けた詩精を回収する、という、例の冒険だ!
しかし、実情、きっかり2割のものがソレで生命を落としてしまうのだから、まったく、生易しいものではなかった。
ただ、この謎の異端児、バニーシュにとって、イニシエーションに楽しみ以外を感じることはなかった。
一昔前と違って、このイニシエーションを、歓迎旅行のように勘違いするものはいなかったが、しかし、それでも確実に、2割の者たちは屍をボイドへ置き土産としてしまうのだ。
結局、適合者とは、才能であり、才能という運なのであろうか……
・・・・・・
出発当日。
こわばる顔面の並ぶなか、ただひとり意気揚々と、彼方宇宙のボイドへと飛び出していった。
…バニーシャ。
…バニーシュの凡才…
しかし結果的にかれは、今回のイニシエーションにて、一等の、並外れたセンセーションを手土産に帰還することとなる……