006 PSYCHE 改稿前
ティィィィ……ティィィィ……
鳴らされていた……。広くはない、と雖も密度とするなら決して狭すぎることのない部屋にぽつん、と、わざわざ隅の暗がりに押し込められたようにへばり付く形をしているから余計に逼迫して感ぜられるのだ、咽喉元に穿たれた楕円形が呼吸の通り道を邪魔するので、漏れ出したり誘い込まれたりする風の、斬るほどの鋭さに生起している甲高さが、さながら楽器の如くティィ……ティィ……と不気味に放たれている、異形の体躯がたったひとつ。
部屋の内壁は長方形の角を対称的にそれぞれ斜めにカットした八角形をしているが、壁面を突き破って、斜交いに生え揃って蔓延った、表面を分厚く滑らせる大小様々な突起物や、天井からだらりと、こちらも表面を粘っこくべとつかせた触手が所狭しと垂らされるので、ツルツルと硬質であるはずの多面体の原形はほとんど見当たらず、その内部は異物の犇めく物置小屋然とて。
薄暗く、紺瑠璃の明滅がずうんとしたリズムで、ときおりやかましいほど輝いてやがて沈んで。目映い際にも、半透明であるが擦硝子のように濁っていて壁の向こうを見通すことはできず。
蹲る体躯、鈍色を混ぜ僅かにくすんだ浅葱色の膚のやや緑がかったこちらも青、どろどろとした体液を滲ませて、隈なく全体を包んでいるので。湾曲した背面から脊柱がのっぺりとした白を突き出して列をなす、その左右、白に沿って走らせた肉の渓は爛れ、ぶるんと膠の弾力で。筋張ったかなりの痩せぎす、アーチ状型の短いがに股でどうにか長い上半身を支えている、腕は見あたらず、くたびれたマントのような布状のものが肩口からズサリと下がっているので。首の口径とほぼ変わらぬほどの小さな頭部の上半分をギラギラと開かれた両の目が占領し、鼻梁のない孔だけが二つ、口はなく、ツンと尖った耳が目立つ。
鼻孔を往来する呼吸に合わせて僅かに肩を上下させるばかりで。不意に! ビシャっと勢いよく右を跳ね上げると、布状のくたびれがピンと真直ぐに漲って三叉に分岐する、空間を満たした障害物を掻い潜って壁面へと! 嘘のように活力を得た触手の鞭撃、突先に湛えた立方体の肉塊が壁に穿たれた立方体へとピタッと収まって。
銀の電撃が触手を伝い染めて体躯へと流れ込む、収縮と共に体躯は跳躍して右の壁側へ強引にたぐり寄せられた、しばらくしゃがみこんだまま動くことはなくて……
「ギェエエエエエエエ」
絶叫。沈黙を破り異形者は立ち上がるや全身を節操ない様に激しく動かして暴れだすので。右側は壁に枷を掛けられたまま引き千切るばかりの甚だしさで振り乱して。解放されてある左側は制御不能の凶器とて空間を幾重にも八つ裂きへと止めどなくしならせて嵐の如く。こちらの鞭撃も三叉であるが、突先の立方体の肉塊はなくて。代わりにあり得ないほどの速度が唸りをあげるほどで。
三叉の一方が壁を捕らえ突起物に絡みつき、一方が天井、触手どうしを何度も衝突させやがて一絡げに、一方が床の上面を過ぎ奥の壁面の突起物と絡み合って……
三叉が一頻りの固着を得てからも粗暴な挙動はやまず、空間を壁を床を触手を突起物を叩き撫で離れ裂き揺り動かして、果てのないほど喚き散らしてただただ狂えるばかりで…………
真横から眺めると正方形に割られた間隙を挟んで上下には銀色の光沢が薄闇を写して。立方体を水平にカットした平べったい形状の、同等の巨大な直方体が空間へと、対称的に向き合って浮かび、床面のみの広大な基地のようで。間隙には闇の秘奥が広がって。
間隙、正面左手の側面に沿ってまっすぐ、こちらも正方形の平面上に空間が澱んでいく……澱みはじわじわと鮮明へ向かい、程なく直方体同様の銀色の金属質が生まれていき、完全な鮮美で顕れると、じんわりと銀色の光を滲ませ闇へと四散させている。光を帯びた網状の格子で。
凄まじい速度が間隙を通過する……薄闇を一挙に照らし! 空間を滑るように回転しながらコの字型の銀色へとまっすぐに飛翔するは虞美人草の巨大ガス惑星《gus giant》で。