無数のクレーターが細やかな泡状にて隈なく覆いつくしている、恒星からの光が届いた側がテラテラと不気味な粘着質を顕わにしてひかめいて。黒みを多分に帯びた青漆たる緑の膚、光の届かぬ側へ向かって青漆から闇へのグラデーションが妖美でもあり。孔たる孔は時の経過とともにチグハグに澱んだり鮮明だったりで忙しない印象で。
接近するとそれらの孔のいちいちが開いたり閉じたり、『口』であったと判る。つるんとしたトーラス面の縁をもつ広い口から細い首へキュッと絞ったような花瓶の形状に似た『口』、開き際にプクンと一度弾けて完全に開ききったのち、すぐさまきゅーっと絞られて首の太さまで収縮し、再びじわじわと開き始めて……。それらがまとまりなくあちこちで繰り返された。地表全体へ。青漆の膚の巨大な群体……『口』を一個体の指標とすると膨大な個体数であると認識される、惑星を所狭しと完全に覆いつくす『一個』の、そして無数の生物群、泡沫の、ギュウギュウに緊密なる犇めきとそれらを繋いで個々を融合させつつ独立した肉体を有する接触部の『地肌』たる青漆の膚。
………Kyuuuuu Puku Kyuuuuu Puku Kyuuuuu Puku Kyuuuuu…………
惑星の地表全体の澱みと澄明の成行きが判然とすると、遠景において、畏怖を駆り立てていく不可解な焦点の揺らぎのそれぞれに、生命力という親和性を覗かせる一方で途方もない破格をまざまざとさせている。
乱雑さを極めていた揺らぎリズムがむしろ不自然さを呈しながら徐々に揃い始めていく、無秩序揺蕩リズムは漸次ぜんじ諧調かいちょうへ高まっていき、ついには全一呼吸リズムとなって。
Kyuuuuuuuuuuuuuu…………
『口』は消え去ってのっぺりと青漆せいしつの膚はだえに満たされ、球体は巨大だった。
じわじわと一揃いに巨大な膚はだえが粟立あわだって青漆せいしつの海を滾たぎらせたように泡沫は膨らんでいき緑には無数の黒い斑点が塗られてしまった。
Twoooooooooosyuuu!
遠景。正面に見据えた惑星のやや右手側に捉とらえた『口』が一瞬消え、直後ピカと閃ひらめいた、『口』は並居る斑点同様の黒に戻し緩やかにチカつかせながら焦点をぼんやりとさせていく、それからその一帯がのっぺりとした青漆せいしつの膚はだえに蓋ふたをされたようにクッキリと平らかな緑から斑点が切り取られたような視覚を迫らせそれは段々と大きくなって、やがて極まって地表からの分離が一目瞭然となって、惑星の大気中からじわじわと姿を現すモノがある、そして空間SPACEへと放たれて。
ぬううっと滑らかな風情に遊泳の様を表してまっすぐな軌道でこちらから右手の向きへ近づいてくる緑は粟粒から段々と大きくなって、過ぎ去った球体は遠方に浮かんだ母星とそっくりの青漆せいしつの膚はだえで。
Twoooooooooosyuuu!……Twoooooooooosyuuu!……Twoooooooooosyuuu!……Twoooooooooosyuuu!……Twoooooooooosyuuu!……Twoooooooooosyuuu!…………
堰を切ったように矢継ぎ早に球体の表面は放射状のいずれの向きへも、遥か宇宙空間SPACEへと胞子を飛ばす巨大な胞子嚢ほうしのうから、青漆せいしつの無人探索機を数知れず生み出していった。
Twoooooooooosyuuu!……Twoooooooooosyuuu!……
やや穏やかになっても探索機の発射はどこかしらの向きへと止めどなかった。
巨大な緑から緑は解き放たれていく、左手に横切る影、ふらふらと不安定な軌道が緩やかに、息も絶え絶えな……欠損したボディは歪んでいるが元は円錐形に近いと想起される、琥珀色アンバーに塗られた金属は今し方生まれた青漆せいしつのような瑞々しい光沢はなくかさついている。空間SPACEへ向けた緑が弛たゆまないなかで一機だけが軌道を逆に描いていく赤…………
赤は大気を通過して落下を始めていった、地表向きに鋭い頂点を見下ろした状態から、突如の変態、琥珀色アンバーの全体がみるみる茸の傘の様子で広げられた、青漆せいしつの大気を下方から受けて四方へと無軌道な旋回に揺らされながら高速で自転してゆるりと膚はだえに向かい降りていった。膚はだえも目前、琥珀色アンバーは水平から急遽垂直へ、回転運動の軸を転換し、赤土でこしらえた傘を畳むかのような手早さで自らを捏ねてしまったような! 魔術的な変貌、琥珀色アンバーの美しい球体とて顕れて。
球体は自らの重みに引きずられるように、無軌道な旋回から解かれて軌道を垂直に平衡へいこうさせていく、斜め方向へ推移する軌道を追うように膚はだえの『口』たる『口』が着地を予期し自らに呼び寄せ受け止めんとあちらこちらでぷくん、ぷくん、と大きく開かれた唇を弾かせていく。
ようやく琥珀色アンバーは着地。『口』には収まらず境界へ、個体どうしを繋いだ肉体部たる膚はだえに一旦バウンドし、次の落下でようやく『口』へと直行しすぽりと取り込まれてしまった。
青漆せいしつの体内には粘液がびっしりと凝着ぎょうちゃくしていた、地下であるにもかかわらず仄ほのかに明るみを帯びている、暗がりなれど映える彩りは地表と同じ趣おもむきの。内壁が柔和に収縮しスルスル……密着の境界を難なく下りていく。
筒状の嚥下えんげは襞なす床からなる底まで到達する、『菊門』のような襞が開き、割られた床の狭まりを通過する、ぶりっと排出されると開かれた空間には熱気の充満、青漆せいしつの内壁には滴る汗が。ストンと落下、高い天井近くまで隆起している、頂点を窪くぼませた山なりの大きな突起物が球体を優しく包んで。山の中腹辺りから巨大な節足動物が長い肢あしを生やしたように長大な管を。ガッシリ床を掴んだような形状で放射状のいずれの向きへも等間隔でいくつも下げていた。
周囲、山裾やますそを両脇にひとつずつ並べたくらいの広い平野部を、正六角形の頂点の配置で球体の直径ほどの管が上下に天井の高さまで。ハニカム構造の中央の高台からの赤の見晴らしは、六つの柱の内側の床に等間隔で数多あまたに散らばった、球体を一回り大きくしたくらいの半球の突起物、爬虫類の瞼まぶたの内側に緑柘榴石グリーンガーネットの粒を嵌はめ込んだような形なりで、そのあちこちを房にして探索機がすやすやと眠っている。柱の向こうにはそれぞれ同じ構造が広がっていてその羅列は、惑星の地下に穿たれたこの空間の床一面、地表の裏側全体まで及んでいることだろう。
赤は山肌をゴロゴロと転がった、中腹の肢あしに当たりそうになるが導かれるようにすっと躱かわす、山肌を覆う絨毛じゅうもうの毛並の『目』が流れを操作するので。加速度は麓ふもとに届くや踵きびすを返して一旦せり上がり、山手側へと減速し短い振幅に往復しながらやがて収まる。山の端の周囲、円形に溝が穿うがたれてい、外側の縁ふちにはどの向きへ球体が下りても溝へと落ち着くように鈎形かぎなりだった。赤は円環レールを転がって隧道トンネルから山の内部へ。
それまでの生体的なべっとりするような質感とは裏腹に、技巧的アーティフィシャルな線、建材でカッチリと割られたそれは工廠こうしょうの有り様で。金属質の重機に運ばれる部品、軋きしみ、精造されたばかりの金属のボディの光沢、熱、高所まで吹き抜けになった平地の作業場を中央に階層をなして螺旋状の狭い傾斜が山肌の裏手の内壁をぐるりと伝って階を繋いでいる。いずれの技巧テクニックも美しい青漆せいしつの硬質と光沢で。
緑に統一された視界Viewをそぐわぬような赤がむしろ異様に映えながらゴロゴロと進んでいく。作業場の離れ、慌あわただしさの希薄なやや落ち着いた風情、金網の柵の狭い台に乗ればしずしずと上昇を始めた、作業場が遠景まで見通しを良くしていき。中心部からは凝固したばかりのぶよぶよとした金属が下階から運ばれている、塊はすでに青漆せいしつで。吹き抜けの天井からいくつも下がった長いアームは柔かな素材で夥おびただしい節に繋がってすばしこく奔放にしならせ大蛇のように……鋭く磨とがれたアームの尖端を塊ぶよぶよへとぶすり、瞬間、塊は発光して間を置かずに気づけば麗しい球体へと自ら変態していた。出来上がった探索機たちはリフトに乗せられて上階へと運ばれていく。
上昇が止まる、かなりの高所で。柔かな緑、同様に大蛇アームが近づいて、程なく赤のボディへぶすり、ばちっばちっと甲高い音と青白い閃光、灰色のもやっと淀んだ煙を吐き出して赤の頭上に立ちあがった。途端球体から琥珀色アンバーの血色は失せて光沢の少ない白っぽい金属質へと変貌していた。大蛇アームは抜かれて再び上昇を始め白い球体が運ばれて。
上階、生気を注がれたばかりの緑が円環するレールに乗りゆったりと流れている。やや低い天井から吊るされた蛇アームから刺され、点検を受けたり言Progra霊mmingを施されたりで。
一周した者はやがて中腹の肢あしから山の外へと排出されていく。白に限って数か所の穿刺せんしに止とどめられ一周したのち往路のリフトへ乗って再び下階へと下降していった。ちょうど球体が乗るくらいの自走台車が待ち受けておりそちらへと移された。白は中央の作業場へと運ばれていく。ぶよぶよと半端な柔らかさを湛たたえた金属、床に散らばった様々な部品、球体となった状態から一旦開かれてしまった緑の膚はだえの内奥にぎっしり詰まった機械のパーツや配線と内臓の融合された配置、完成されたのっぺりと美しい球体の青漆せいしつとは一線を画した怪奇的グロテスクな光景で。
中心部、下階から柔かな塊が次々と汲み上がってくる向い側へ。白の球体はパタンと返された床から落とされてしまい、かなりの距離掘削くっさくされたゆったりとした幅の筒型の陥穽かんせいをストンと落下していき、そのまま深淵の溶鉱炉マグマの海へボシャっと潜没ダイブして即座にじゅわっと蕩とろけて青漆せいしつの海へ、融解して白は消し去られて跡形もなしに…………
Zieeeeeee…… Zieeeeeee……
青漆せいしつの球体たる無人探索機がとある太陽系を飛行している、ひとつの惑星を通過した瞬間、ある異変を感受していた。
――発見、発見、通過中の惑星PlanetにPAECSピークスの兆候あり。座標は……――
信号を放射した青漆せいしつは惑星Planetに向かって突入していった。
宇宙空間SPACEの薄闇に浮かんだ巨大な立方体CUBEキューブ。闇に溶けこんで漆黒しっこくの色彩は遥か彼方の恒星より届いた光に写されてギラリと不気味に光沢している。ある一辺の中央からニョキニョキと伸び上がっていく直方体も同じ漆黒で。かなりの長さまで伸びた漆黒は立方体CUBEを遥かに超す体積で。直方体の先からさらに入れ子とて伸び上がるのは小さな立方体CUBEでこちらもやはり漆黒。極細の軸を根元に備えて、軸を付けた面以外の五面の中心には、さらに小さな立方体のフォルムに穿たれている。やがて軸によりクルクルと高速の回転を始めていった。
青漆せいしつが送った惑星Planetの座標の信号がちょうど届いていた、一定の振幅で波打ちながら直進する信号は回転する小さな立方体CUBEを過ぎ去る辺りで急激に進路を曲げて、信号は回転する五面の一つの中央に穿たれた立方体の穴の中へと踵きびすを返した先からまっすぐに突き進み闖入ちんにゅうしてしまった、信号を捕らえた立方体、再びしずしずと漆黒を縮めていき程なく畳んでしまう、元の姿に戻した立方体CUBEは漆黒を光沢させつつ闇へと浮かんで。