017 『想像力の勝利』 改稿前
「ただ今より会議を行う!」
重々しく荘厳な口調で吐き出された宣言。
いつものように無駄な緊迫感を煽ってくる…
ここに集まったのは、ある種、宇宙のかなりの領域におけるいざこざを…とにかく効率を中心と据えて解決へと至らしめる独特の会議であるが、これほどまでに宇宙の広域へと影響を与えゆく重大な決定であるにも拘らず、それを知っているモノなんていないも同然であるからむず痒くて仕方ない…
というか…それを知らずしてその生と死を徒に漂わせなければならないその心許なさといったら…
されど、SPACE!
産まれたときから定まっている。
宇宙は無情。
それでも生きる!と明確に…
我らはきっと追われているだけではないのか…
窓ひとつない…
ジャネットはすなわちいい加減にしてほしいだけだった。
彼にとって初めての会議はとても深く、心に刺さって抜けない棘のようにいつまでも残った。
なぜならやはり、宇宙という世間がどういう仕組みで流れてるモノであるのか…純粋に興味があった、そしてそれら真髄のすべてにおいて、悉くその観察が魂を捉えてしつこく離れなかったのだった。
しかし、それからというもの、なぜかしら次の回からの会議の常連となってしまった彼は、まず第一に、何故自分が選ばれ続けているかという疑問が一部始終思考を遮ってまともな意見などひとつも吐くことはなかったし、それどころかなに一つのまとものな判断、すら出来てはいなかった。
それなのに、員選期間のもう早い段階で、必ず彼は当たり前のように…
回を重ねるごとに、もう馬鹿らしいだけだった。
会議の本質の抱える矛盾ばかりが目に焼き付いて、どうにも気分を悪くするばかりだった。
さて…
宇宙の矛盾だらけでいて嘲笑うようでしかない構造。
それを造り出しているのは宇宙の構造の根本か…
いやいや…
ジャネットはもう知っている。
宇宙の本流を逆撫でするように…宇宙における…たった…一握りの存在たちが…その甘い蜜を吸うためだけに…宇宙や存在にとっての…そのほとんどを抑圧と生贄にしてしまう…という…
しかし。
それを、彼の力で、どう覆すことが出来るのか…」
答えは…NO!
それでも……
そして、彼自身はというと…、その事実の水脈、この会議と不正者どもの悪辣ぶりに対して、その鼻を明かそうなどという正義感にまったく欠落していた。
ただ、余りに凄まじい暴力を眼前とする時、見るに堪えないのと同じで、願うことならば視界から消えて欲しいと神頼みしているだけだったのだ。
大きく振り分ければ、結局は彼も同じ穴のムジナということだろう……
結局はありがた迷惑な重宝を受けながら…彼はむしろその核と据えられて、会議は毎度お馴染みの、見事な不正っぷりに流れていくばかりであった。
・・・・・・
さあ…時は流れ…ジャネットはついに…議長と据えられて……
もはや何に逆らおうとも思わない…
それが、老害であるとも思考停止の狂気の沙汰であるとキリのない揶揄に苛まれ続けても…一向にお構いなし!!
彼の時代は来ていた。
彼の思うがままに宇宙の大半は牛耳ることが出来るのだ。
逆に、これまでの不正に次ぐ不正に対する鬱憤を覆す事すら、今の彼には可能であった。
彼次第では、新しい時代の幕開けも容易である…という。
そして…
いよいよ新体制は、宇宙中の大注目を浴びながら…開幕するのであった。
情報の波は破壊的で、宇宙のほぼ全域に、真実の開示を遂せている。
つまり、宇宙の、不正の巣が、闇やブラックホールや死や殺意などにあるのではなく、この、ちっぽけな会議の賽の目によって、無責任に決められているに過ぎないという事実を、宇宙中の多くの存在たちは知ることとなって、そして数々の期待を一身に、そして時流が開かれた宇宙へと雪崩れ込んで、それがつまり、今回の会議の、公開制だった。
長机にはたった8名。
その中心にはジャネット。
8名の内5名は知らんぷり。
つまり会議は実質…宇宙は実質3名の手に握られてあった。
ジャネットを除いた、残りの2名は…
バーブスヒミリと、アツゲイションだった。
以降、伝説の三つ巴…
「ただ今より会議を行う!」
ジャネットの重々しく荘厳な口調で吐き出された宣言。
ついに彼の腐敗進行も根っこまで届いてしまったのだ。
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「頂けないのは時間とは引き延そうと思えば…もうその瞬間にはそれをなし得ている…ということですね」
「はい」
「アツゲイション君」
「何を突然言い出したのでしょう彼は…ぽか~んです、何の脈絡もないことをこんなにも抜けぬけと…悪意のみを感じます。彼の目的は単なる攪乱です」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「ところで宇宙に住所はあるのでしょうか?宇宙でもし、住所不定無職という言葉が成立する場合があるとするなら、それはなぜでしょう?」
「はい」
「アツゲイション君」
「まるで意味が分かりません、議長、彼の退会を命じて下さい、お願いします」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「私は、時間を引き延ばせる…という論脈に是認の意思を表明します」
「はい」
「アツゲイション君」
「もはや支離滅裂です。何故彼は自分が持ち出した命題に、まるで他人であるかのような口ぶりでその是非を追っているのでしょう。もはや暴走です、それに、そもそも彼の差し出した命題が訳が分からない…」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「これでは参加の意味がありません、もう少しナチュラルにいきませんか?例えば、塩分濃度を2%減らしてみるというのはどうでしょう」
「はい」
「アツゲイション君」
「糖尿病じゃるまいし」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「基本的に疑問はなすがままにしているといいでしょう。そういえば銀河のもつれがパズルみたいだ」
「はい」
「アツゲイション君」
「では仮にゴッペを代入してみましょう」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「ゴッペって何?」
「はい」
「アツゲイション君」
「ゴッペとは銀河と銀河の平均的な距離です、代入するとは、銀河自体を方程式に例えてみました、よって、隣の銀河との平均値がつまり銀河自身に代入されていく、ということです」
「え?」
「バーブスヒミリ君、挙手をしなさい」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「銀河に一様な法則などがあるのですか?それは余りに膨大な観測におけるいわば二元論的なものであって、もはや意味をなさないのでは?」
「はい」
「アツゲイション君」
「銀河に法則なんてありません、あるのは、とある銀河に対する、隣接する銀河距離感との法則です、それは確実にあります」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「詳しくお聞かせください」
「アツゲイション君、答えなさい」
「否です」
「なぜです、答えなさい」
「ではもう一方の答えならば答えてもいいでしょう」
「バーブスヒミリ君、それでもいいですか?」
「糞っ」
「バーブスヒミリ君、慎みなさい」
「糞っ、糞糞糞糞糞っぅぅぅっ…ああ…すっきりしたぜ…まるで糞みたいに、すっきりしたぜ…」
「バーブスヒミリ君、これ以上会議を侮辱するのであれば退会を命じます…」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「今のはい、は、挙手ではありません」
「しかししてましたよ、挙手」
「すいません。しかし、文脈においては、はい、わかりました、という意味でのはい、でした」
「バーブスヒミリ君、説明が長ったらしくて耳が痛い。そう少し声量を落としなさい」
「了解しました」
「それでは戻りましょう…」
「はい」
「アツゲイション君」
「ところで、この宇宙とは…?まるで西遊記だか何だかのように、神様の手のひらにでも乗っているようなドラッギーな感覚が致します」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「それは間違いです、比喩で、幻想です。確かに今、この宇宙の大半は、我々三名の選択肢に極まっています。それも、議長!あなたはずっと、司会業に徹していますね、よって、今や宇宙は、この私か、アツゲイション議員かの二つの手によって牛耳られているということになりますよ」
「はい」
「アツゲイション君」
「そんな時には一縷の望みを賭けて、すべてを闇に葬ってしまうのはいかがでしょう」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「いやです」
「はい」
「アツゲイション君」
「闇は偉大です、生贄を捧げれば、必ずや見返りを存分に手渡してくれることでしょう」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「でも来世のために己が死ぬのは嫌です、不公平という意味において、特に頷けません」
「はい」
「アツゲイション君」
「ならクイズだと思えばいい。しかも数学の難問です。イメージの競争…来世を銀河、生贄の我を闇だと仮定しましょう。ある時、平面は折れ曲がるということを発見します。では三次元は折れ曲がった部品を骨組みにすることで、立体が構築されていく。では四次元は?これ以降はまともなユークリッド次元の生命には想像できない、例えばレオナルド・ダ・ビンチのような、ある意味狂気ですらあるタイプの天才、でなければ予想出来ないでしょう、よってレオナルド・ダ・ビンチ本人に聞いてみます、今ここには居ませんので、私がそれを再現してみましょう」
「はい」
「レオナルド・ダ・ビンチ君」
「我々は3次元の檻に閉じ込められています。よってワタクシは3次元の表現を、持ちうる限りの想像力を目一杯使って、たくさんの絵画に遺しました、それは沢山の存在から知られている事実でしょう。さて、では四次元とは?これは一言で、『憑依できない想像』であり、また簡潔に、『想像力の勝利』と呼ぶことが出来ます」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「それってただの観念論ではないのですか?」
「痛いところをついてくるな…どうする?ダ・ビンチ!」
「アツゲイション君、私語は慎みなさい」
「失礼!」
「はい」
「レオナルド・ダ・ビンチ君」
「これまで知られていなかった事実を、『観念』と呼んでしまう滑稽な悪癖があるみたいですね、下等な生き物には…ええ、実際それまでのヨーロッパ民族には、平面的表現しか、生み出す力がなかったのをご存知でしょうか?それとも我々の遺したルネッサンスの表現の数々を…『観念論』であると唾棄してしまうのでしょうか?」
「はい」
「バーブスヒミリ君」
「三次元表現は当然理解できます、それまでの平面的な表現は、そうせざるを得なかっただけであり、そこへは格闘による獲得がいずれは齎された筈に決まってます。しかし…四次元以降の表現なんて、脱線でしかないでしょう…」
「はい」
「レオナルド・ダ・ビンチ君」
「ワタクシの名誉に賭けて…バーブスヒミリ君!あなたをこれから論破しましょう…」
「レオナルド・ダ・ビンチ君、表現を少し抑えなさい」
「失礼」