016 疾駆 改稿前
透明なタイルを踏みしめるその感覚はとても硬質だ。
この拡がりの感覚…無限……
細い体躯と無駄の少ない筋力が勇気を与え、いつまでも突っ走っていく事を可能にする。
可憐な…しかしたくましい少女だ!
走る!走る!…ずっと駆け抜けていく…
このタイル、すべてが一様で、それは空間と宇宙、2つのスペースを厭でも連想させる秩序。
そして下方を見遣れば透明な…
くっきりとした緑の美しい、タイルとタイルの境界を狂いのない格子がずっと並んだ…
タンタンタンタン…疾駆…
走り抜けていくその地面はとても透明だから…走るのをやめてしまうと宇宙の闇の深淵を永遠に見届けてはならなくなる、それがとてもおぞましいから、やはり少女は駈けぬける以外に選択はない。
無限の拡がりを思わせる果てのない走行、永遠に届かぬような目的地…
しかし突然に現われる障害物はきまって唐突。
それらを少女はジャンプする。
敵…
少女にとってそれはそう心で名づけられて久しい。
いつ現れるやもしれぬ敵に脅えながらも、少しもスピードを落とすことはない。
少女はずっとハイだった。
休息も食事も一切取らず、ただ前へ前へと。
両脚を動かすだけだ。
!
また敵!
一目で金属と判った。
しなるそして鋭い、その表面を無数の棘が覆った棍棒みたいな太い棒。
…ジャンプ!
一瞬だけその障害物、つまり後方を一瞥。
棍棒-今しがたの敵は、既に砕け、美しい繊維状になってすぐ蒸発した。
その煙は少女の背中に向かって吸い込まれていく…
つまり、その、繊維の蒸発したものが彼女のすべてのライフである。
敵を薙ぎ倒していく、(ジャンプで)、その結果得られた収得物こそが彼女の魂の源泉、原動力となって。
未来へ未来へ突き進むのみである。
敵は様々。
大きさも形状も、そして素材も。
敵は宇宙の象徴。
宇宙に存在するすべての可能性が彼女に向かって襲い来るのだった。
ザコならいい。
しかし手ごわい敵はいる。
たくさんいる。
初めは弱く、手こずり、死にかけていた少女も、命拾いを重ねていく事で、生き延びていく事で、どうにか、少しずつその強さを生育させていった…
スキルをたくさん増やしながら…
少しずつ…ますます力強く発達しながら。
勝負は一瞬だ。
強くなればなるほど、それに応じて宇宙の限りない可能性のうち、より強力な敵が召喚されていく。
それは殺し合いの相乗効果。
インフレにインフレを重ねて。
バトルはすでに宇宙の膨張に到達してしまわんとしている…
敵と己の掛け算は、神々しさを刻んでいく。
少女はもう、神だ!
…そう思うと必ず、有り得ないくらいの難敵がいつも降りかかる…
立ち止まる…決して地面を見ないようにして…
目の当りにした敵。
またボスキャラ。
それは前回のボス、前回の自分を遥かに凌駕する強烈なバトル。
しかし彼女はやはり勝つ。
それも、決まって記憶出来ない方法で。
事後、絶対に整理できないような…存在は睡眠時に記憶を整理するという、しかしこの時空を駆けていくものに、そんな余裕はない。
よって記憶にとどまらぬ事実が肉体を精神を通過してくばかりだ。
勝つ方法?
それは知らない。
でも、勝利の運命にだけ彼女はこころを許している、ただそれだけの事が、彼女のすべて。
彼女の存在理由、彼女の根本でありかつ彼女の終着点。
今を、今を。
未来と癒着した、特別な今のみを今のみを…
トランスは必ず勝利の女神を演じる…
勝利を齎してくれる…
勝利の方程式は本能の赴くまま…この両脚がすべての生き様…
サバイバー。
宇宙と存在。
敵!
ジャンプ!
敵!
ジャンプ!
……
ただただそれが繰り返されていく……
またボスだ。
立ち止まる。
本能だけが思い出すリーサルウェポン繰り出して。
カーーーーーーー…
キー――――――!!!
勝てない。
いつもそうだ。
否!
いつもと違うのか?
わからない。ただわからない。
しっている。本能だけが…
しかし。
ついに終着。
少女は本当に、超えられない大ボスと対峙して……
振り絞る!魂を!
振り絞る!宇宙のすべてに交感して。
宇宙のすべてから受ける今この攻撃をかわし、ジャンプする…
しかし。
…今度こそ本当に…
!!!!!!
ジャーーーーーーーンプ!
決まった!
また…少女は…ひとつ…大きな障壁を……
!!!!!!
ばらばらに散っていく…
この瞬間だけは…少しだけ…サブリミナルのように知覚するんだ。
そして、走りながらトランスしながら…
フラッシュバックで、やはり再び知覚する!!!
勝利の味を…
美酒を…
恍惚を…興奮を!
!
ボスが砕け散っていく…これまでのレベルに考えられぬほどの大ボス……
???
なんだ!
どうしたんだ!!!
あの、巨大で強靭な大ボス……
繊維となって…すぐに蒸発して…少女の背中へ…?
??
???
!
いや。あれは…
あれは、少女だ。
砕け散り、宇宙へ…蒸発したのは…大ボスを攻略した…と思われた…少女自身じゃないか…!!!
繊維となって少女!
しかし蒸発せず……
繊維は鋭さを保ったまま…緑色の格子目を潜り、抜け落ちて…一気に深淵へと墜落した!!!!!!
永遠…果てのない暗黒への到達のなき落下!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……
・・・・・・
ぶわっ!!
青年は差し込まれている…
青年の大きな体躯を包み込んだ巨大なカプセル。
そこから伸びたプラグは、青年の肉体に刺さっていた…
重い意識。
少しずつ…少女のトランスした意識より…今の、青年としての意識へとスライドさせ…ようやく掴む。
周りを見渡す…
!!
いつものことだ。
いつみても初めてのような鮮烈さを暴力的に殴りつける!
青年の、今の意識は…ここは「拠点」とよばれる宇宙の階層の「核」…つまりSPACEの次元の平面上のどこかであり、青年は少女としていつもながらに違平面へと旅立って…いつものように敗けた!
並ぶ並ぶ並ぶ…!!!
青年を包んだカプセル…
…とまったく同じカプセルが…それこそこの無限の…真っ白な…眩いくらいの簡素な部屋に…果てしなく並んだその異様な光景に…戦慄は免れ得なかった。
ああ…
いつも絶望する…
しかしその絶望も…
今しがた同期したばかりのあの可憐で強靭で勇気に溢れた少女と同じく…数知れぬ大ボスとの対峙…必ず退治。
そのような流れで…奇跡的なわりに日常的なその感覚通りに、このある種違和感の奇跡!
あり得ない感覚を…やはり通常の感覚として取り戻すその悲惨な日常に、立ち戻るスピードに辟易する青年「ゾラ」の、無念の表情だけは、筆舌に尽くし難い……