015 ジオラマとチェス 改稿前
とある惑星…
文明の変遷に泳ぐ生命たちの相克。
属は族をつくってそれは重力に群がる物質と同様で、美しい動線に向かった船。
その歪な曲線や衝突はやがて、その角をなだめ、それが流れを生み出すまでに執念を燃やす。
文明…
そう。
食う側と、食われる側が、カタチ上明瞭に分割され、その共生関係が拡がって、歴史へと到達されたときにやっと、世界が着火している。
存在は省エネを達成する。
歴史。
それは波の満ち引き…
それはサークルともサイクルともよばれて存在全体へと認識されている、もちろん、その存在のいちいちとは、同時に存在全体なのであるから、それは鏡面と鏡面とにぶら下がった、無限の個になされた全体である。
幻想…
二つの鏡が生み出した、わずか50cmの間隔とひとつの象による、無量大数と無限の時空…
あるものは幻想と…しかしまたあるものはそれを現実であると見なす。それが世界の本質で、世界の真実の暴露であると見なされるのだ。
それが三次元世界を宇宙へと厖大に限界を超えて膨張したり…逆に素粒子へと突き進んで次元の限界を突破して混淆させたりしている。
そこに私がいる…
誰かがいる。
そう、宇宙は、世界は、このように定まったのだ。
とある惑星に話を戻す。
そこは広大な平原のみの広まった緑の惑星であった。
丈の低い植物が永遠に広がっている。
それ以外には何もなかった。
ある時、巨大なタワーが建っていた。
それは音もなく、幽霊みたいな気配から生まれていた。
それからは、ある期間が過ぎるまで、様々な建造物が生まれていった。
それは一様に幽霊の増殖とて顕われた。
そしてある時、ぱったりと止んでしまった。
ひとときがながれた。
世界に変貌はなかった。
その様相がその世界の安定であると思われてもおかしくはなかった。
しかし突然…
あらゆる建造物。
いかにもすべてはまだらであった。
それらは近かったり遠く離れたりして密集か過疎かをなしていた。
それらあらゆる建造物から…様々な生命方式をとる様々な生命体が突然這い出した。
それらはすべて同じベクトルを有していた。
すなわちすべては軍隊という群体だった…
建造物をそれら族の軍事基地として、すべては同じ目的、戦争という殺し合いを始めるのである。
しかし、それら族の集合、すなわち軍は、ただの操り人形だった。
遺伝子に刻まれて、本能に促されて。
それらを操る高次の存在者は建造物の最上階にいる。
それぞれの建造物の上階に、それぞれの軍を動かす管制塔があった。
そこはありふれた洋間だった。
ただテーブルとイスがありテーブルにはジオラマがあるのだった。
そこはみごとな、惑星の緑の大地と、軍事と軍隊すなわち繰り広げられる戦争の再現。
それらを操ると、建造物の外とリンクして掌握できる。
高次の存在は、死を賭したゲームみたいにそれに興じるばかり…
将棋やチェスのような、王の首を賭けた戦い。
それを王自らが一任して繰り広げていく。
自らの首を賭けて、自分以外のすべての首へと目掛けていく…
惑星のなかで…
もっとも高く聳える塔が、皇帝の塔だった。
「いやはや…文字通りの高みの見物ですな…」
皇帝の塔は、戦争の参戦期間にいわば滑り込んだものだった。
そして唯一無二のその高さが幸いして、鉄壁のディフェンスを誇った。
ただし、防御には長けても優れた攻撃力を持つ兵が、他に比べ圧倒的に少ないのが欠点であった。
ある時、その悉くが並外れた特殊能力を持つ山賊の一隊と遭遇する。
山賊は惑星の裏側をかつて牛耳った無敵の軍の生き残りであり、よく言えばその精髄でもあった。
攻めは最大の防御である。
しかし護りが固くなければ結局は生き残れるわけでは無かった。
それほどに、かつてのその軍の城は、体当たりなくらいの、防御に弱点を持つはだかの城同然だった。
その王は、自らが戦士たる過去を持ち、しかも現役の兵士よりもいまだに強かった。
それが幸いした。
不幸中の幸いである。
結果的に城が破られて、しかし王は特殊部隊と固く結ばれて、敵陣を交わしいつまでも逃げ続けた。
食糧もすぐに尽き果て、やがては山賊となっていた。
王、かつての高次の存在は、今やジオラマを這う小さな駒となっていた。
そしてついに。
建造物という建造物を、策略と隙をついた技巧のみで渡り歩き、ついに、この惑星でもっとも輸送や移動に重点を置くウィティ軍と交渉するまでに至る。
そして、ディフェンスの王、皇帝と、オフェンスと交渉の王とが、つながった。
攻め入れられてもどうにか耐え忍び、相手方の消耗を待ち、自陣の僅かな攻撃で毒針の如く急所に特化して倒していく、という余りに痛々しい皇帝軍のメソッドに、ようやく勝利への灯が燈る。
特殊能力を操る山賊たちは、すぐさま軍の戦力の核となり、軍事力の育成を施し徹底してついには、飛躍的に高次へと引き上げた。
ただ受け身で待つばかりであった軍は、積極的に敵陣を破り、ひたすらその勢力を拡大していった。
そして徐々に、無敵の軍事力を誇るようになった。
山賊の長、つまり王は、すぐにこの最長の塔の最上階に引き入れられた。
皇帝と王は、司令塔に、並んでいた。
それはひょっとして、この惑星で唯一の選択であったかもしれない。
ひとつの王国にふたりの王。
皇帝は最高権力者かつ、デスゲームのプレイヤー。
王は山賊…つまり軍の人心の支配者であり、攻撃の質の要であった。
恐らく、皇帝の軍の勝敗には目もくれていなかっただろう。
ただひとつ、嘗ての家族、山賊たちを誰一人として欠かすまじ、と奮闘していたに違いない。
その山賊たちももう、育成のみで、危険なミッションには関わらなくなっていた。
ついに、王にとってこのデスゲームの勝敗など関係なくなっていたのだ。
「いやはや…文字通りの高みの見物ですな…」
王は、もう一度繰り返すのだった。
それは、皇帝に当てた言葉ではなく、もしかすると自分自身に対するねぎらいの言葉だったのかもしれない。
どう攻撃されようが、絶対に崩れることのない鉄壁。
そして最強の攻撃力。
この無敵の軍隊を、無為に、ただうつらうつらと…皇帝は知恵の輪のように、パズルのように、生ぬるく欠伸ばかりしながらあそんでいた。
「この結末は…」
「?いかがなされた?」
「いや…ただ、このような無敵な帝国がひとつ世界にあって、それ以外外野はこちょこちょと殺し合いを続けている。我らはそれを傍観するのがより近道と知っているから何も動かない」
「そうじゃな、平和すぎて眠くなるわい」
「でも。これで終わりだというのか?」
「!これでは終わらないと?」
「平和ボケも末期にまで及んだか?かつての精鋭よ!」
「ほう…そなたにしては鋭い口調ぞな」
「ああ、そうは思わないのか?例えば…我ら以外の…全ての軍が結託し、わが軍ひとつに反旗を翻すとしたら…?」
「それはあまりにもエントロピーを無視し過ぎた飛躍の論理じゃわい」
「ふ~ん」
「それに…奇跡的にそれに漕ぎ着けても、やっとこさ一つにまとまった兵力は、我らの兵の半分くらいにまですり減っておるじゃろうて」
「そんなもんかねえ…」
「それより弱いもんどおしで凌ぎ合っている今のほうが、やはり効率はよいじゃろうて…」
「それが…」
一息。
「宇宙の縮図かねえ…」
「じゃてじゃて…世界の縮図じゃ」
「つまらん。退屈だ」
王は、だからこそ皇帝が、暇つぶしのようにこの、決して死なないと確約されたデスゲームに戯れるばかりの、目的をまるで失ったようなざまでしかいられないのだろうと穿った。
しかし。
「ああ、つまらん世界だ。だからこそ、こんな遊びが我を生かしてくれようぞ…」
「!!」
王は皇帝の言葉の真意が解からなかった。
てっきり、退屈なのはゲームのほうであると取り違えていたのだから…
「なあ、シャルロット王よ…」
「……」
黙るしかなかった。
解せなかった。
それに、いくら考えても答えは出ないだろう。
「皇帝。聞かせてほしい…正直、戦士出身のワシに、今の言葉の真意が計りかねたのじゃ」
「?なんだ。何も解からずに聞いていたのか。まあいい。表面で解からんことは、その精髄にはますます難解さしか捉えんはずだ。なにも言わんほうがいいだろう」
「…そういうもんかのう…しかしこれが契機で齟齬にはなりとうないぞ、やはり、無理は承知で教えてはくれんかのう…」
「まあ、それもそうだ。我が今、こうして居られるのもすべては王のおかげ。もし、齟齬の契機をつくるのであれば、どんなに小さな芽であったとしても、摘んでおくにこしたことはない…」
「……」
「もしかして王、そなたは我がただつらつらと遊んでいるだけとお考えでは?」
「!!…う~む…その問いかけに何と答えてよいものやら…そう見受けられる部分も大いにある、というのが答えじゃのう」
「ふはははは…やはり…ふはははははっ」
「……」
「…さすがは!さすがは戦士の血が流れる者!血気が多いとはこのことじゃ…ふはははははっ」
「皇帝、どういう意味かのう!」
「いやいや、これは完全に生き様の相違。でも、それだからこそ我らは共にあるし、そして崩れないのだろうぞ!!いやいや、感服した。これだからこそ面白いわっ!」
「…よくわからんわい!解かりやすく説明してくれ!」
「ああ、いいだろう。我は、このゲームで、どうすれば負けるのかをずっと考えている」
「!!!なんじゃと!」
「だってそうじゃないか?何もせずとも鉄壁で破ることの出来ないこの塔が、あろうことっか王の齎した最強の兵力によって完全無欠になってしまったからな…」
「……」
「それからというもの、この世界、この宇宙について、なぜだか深く考え込んでしまうようになって…」
「負けないと知ったことによって…」
「そう。正しく。それで我は、存在の意義というものに捉われてしまう」
「……」
「そう、これが、我らの軍が、絶対に負けない、というこの状態こそが、この宇宙の…果たして最終論理といえるのだろうか…と」
「!!」
「そして究極の物事へと意識は向かうようになった。どうすれば我が軍は負けることが出来るか、それが出来なければ我の負けだ!ゲームの敗北者だ…と」
「!!!!」
「つまり…神は、絶対解きようのないパズルを我に手渡した!」
「なんじゃと!!!」
「まあ、これはそなたと反りの合う話ではないから…程ほどに聞いてほしい。しかし…」
「……」
「我が塔は、参戦期間に滑り込んだ。そして、いくら想いだそうとしても、それ以前の記憶がない…」
「!!!」
「そこで…今ここにあるジオラマの起源について疑問になったのだ」
「な…なな…」
「想像すればするだけ…ジオラマに塔を置いたのは一体誰だろう…そして…」
「……」
「それは外へ外へ…永遠に抜けられない無限後退だったとするなら……」
「!!!!!!」