012 「洞窟」 改稿前
農夫は地図を量産した。
地図を…そして言うまでもなくぼく以外の地図を…
その総数ともなれば信じがたいほどであって、枚挙に遑がないだろう…
そして宇宙風が吹いた…
かの宇宙風・ZODIACは地図を蹴散らしのみならず農場惑星もろとも蹴散らした…
当然農夫も皆殺しで……
地図は宇宙を漂っていた。
ひらひらと…暴風に乗って。
永劫の月日が流れたのであろうか?
時は停滞し一瞬にして流れ去ったとでも言うのか?
地図を拾ったソイツは野蛮で横暴な奴だったことを記憶している…
かつて地図であったぼくの体はもう動物として生育していた。
2足歩行の知的生命体のフォルムで…
ぼくは衝突し、それは記憶や未来記憶を混濁させ…知らぬ間に流れていた…
流動惑星。
しかしあの頃の記憶すら、未だ判然としない代物だったと思う。
曖昧で不確かなものだった。
今思えばそれは当然だ。
流動惑星の事実。
激しい対流に包まれたその液体惑星は、ひとえに生物の冬眠機械であったと言える。
その海表にさえ漂っていればそれは永遠の揺りかご…
そして運悪く海のそこへと引き摺り下ろされれば最後、それは死の海…狂気と殺意の混濁する嵐の、液体による大嵐の内部…引き摺り下ろされたそのすべては一気にミンチと化された。
しかしその表面だけは違っていた。
永遠…
それはアルカロイド…つまり快楽と幻覚の渦巻く麻薬の海…ぼくはそこに漂った。
だから、惑星への衝突による記憶の喪失と混濁だけの理由ではなく、ズバリこの、永遠の幻覚剤によってぼくは錯綜していたんだ…
それはしかし、解毒剤と栄養の海でもある。
つまり、万能薬の海でもあり、シラフ以外のそれは全てを叶え、ぼくは地図から2足歩行動物へと変態したし、それから何事もなく永劫ほどの時間を漂っていられたのもそれのおかげだ。
安眠と夢、更に重奏する夢中の夢を…
破った!
ソイツがぼくの永遠を…
「オイ見てみろよ!!コイツは俺のもんだからなー、誰にもやんねーぜ!!」
「…オイ、オイ!!地図だ!珍しい拾いもんだぜ…でも誰にも渡さねえぞっ!!」
…しかし。
その声は虚しく惑星へ拡散して、それを拾う者はいつの間にかどこにもいない…
「オイまさか??」
ソイツは慌てていた。ぼくはハッキリと見ていた…幻覚のなかにハッキリと捉えた現実だったから一層ハッキリ記憶して忘れなかった…
そう、ソイツ以外の全員はあっという間に静謐と、海底の恐怖へと引き摺り下ろされていったんだ。
ソイツはやっと直覚し、汗を噴き出し、狼狽し戦慄に平常心を奪われながらもぼくを担いで小型シャトルへと戻っていた。
…危機一髪であった。
惑星はぼくが墜ちて以来、初めての噴射を起こした。
マグマの噴火と同じ巨大エネルギーによる怒りの体現…
「ああ…コイツを除いて孤独になっちまった…」
野蛮で横暴なソイツは落胆していた…
奴らの目的は一つだった。
「麻薬」を捌き奴らは生きていた。
無論奴らは皆一律に薬物に依存していただろう。
あの時ソイツが落胆したのが、仲間からの孤独か「麻薬」からの孤独なのかはわからない。
「生きていけねえ…」
出し抜くことばかり考えている筈のソイツにとっては「麻薬」以外に心を開いたものは無かった筈だ。
そしてその時ぎょっとした。
いきていけねえ…と漏らしたソイツの視線は、ハッキリとぼくを凝視していたのだ。
・・・・・・
それからぼくの記憶は一気に「洞窟」の記憶へと跳ぶ!
パチパチ鳴る音で目を覚ました…
それがはじめの記憶だ。
その日以来記憶はぼくに地続きで…ソレは同時に麻薬が抜けた証だった。
「オウ…」
それからスプーンでぼくの口に運ばれて。
ぼくは赤ん坊みたいに世話をされているらしい…
「大分吐き出さなくなったな。お前にとっちゃあ真人間の証だわなあ…名残惜しいったらねえぜ」
突然!
吐き気をもよおし、吐いた!
「おうおう…俺の元気の源…残り僅からしいな…クソッ」
あろうことかソイツは洞窟の地面にこびりついたぼくの吐瀉物を啜り上げる…恍惚…
「蔑んだ目で見てんじゃねえ」
!!
ソイツはぼくを平手打ちした。
「けっ、この程度の暴力じゃちっともスッキリしねえ…」
激痛…
しかしこれでも…
!!!!!
更なる激痛がふいに巻き起こった。
脇腹のあたり…訳がわからない…
「おう痛むのか…」
「うがあっ」
ソイツは信じられないことにぼくの吐瀉物で汚れた指を、脇腹に突き入れた。
…瞬間傷から脳天へ向けて懐かしい記憶が…それから波紋のように…ぼくの肉体を越え…遥か宇宙まで拡がっていく快楽の伝播……
…ソイツは…ぼくの痛みを…揉み消した……
・・・・・・
激痛の理由が判明した。
ぼくは地図だった。
そしてその名残りというか、未だにぼくが地図であり続けている証を、ぼくは脇腹のその奥に残していた。
「うぎゃああああああああああああ…」
ソイツとぼくがここにいる理由…
ソイツに見つかったばかりの時、ぼくは2足歩行動物の肉体から地図を突き出していたことを覚えている。
それから…
おそらく地図は脇腹のあたりに流れ着きやがては埋没してしまったのだろう。
ぼくの地図でこの洞窟のある惑星にたどり着き、それから洞窟内部の地図をたどってソイツは何かを探し歩いていたのだろう。
ソイツの知性は低く、それが為ぼくは必要以上に脇腹を裂かれた!
・・・・・・
ある日…
ぼくは岩陰に潜んでいた。
ソイツは迷っていた。
拠点であるはずの何度も行き帰りした、さすがのソイツの知性にも深く刻まれた筈のその場所に、タイマツも食料もその跡形も…何よりぼくが居なかった…
そして洞窟は似かよった地形の反復であるがため方位を失いやすい…
ぼくはそれまで動いた形跡を見せなかった。
しかしその実、ソイツの外出や睡眠時間を利用して、洞窟を探索していて近辺においてはソイツよりも知悉していた。
睡眠時間…綱渡りではあるが、ソイツが一度眠り込んだら頬を叩いても起きない。翌日不思議そうに頬を撫で首をかしげているくらいだった。
(太い綱であったのだろうか?)とにかく綱渡りはうまくいった。
洞窟は異次元を含む。
そいつがぼくの脇腹を何度も切開した正当性が少しは認められるのだろうか…
ソイツとぼくの拠点のすぐ傍に、異次元のポケットがあった。
葉隠みたいだ。
長い期間をかけ、ぼくはたくさんの材料を集め貯蔵した。
更には作業場になっていった。
実際たくさんの素材に溢れ、それは実用的だった。
食料も豊富で、ここに留まることはそう難ではないらしい。
蔓植物と岩石を使い、鉱物の粉で磨いて…湧水で身体を洗う…この水は汚れを簡単にぬぐい去る。
ぼくは弓を…30以上の矢を…
ぼくは岩陰に潜んでいた…
ソイツは迷っていた…
ビュッ…
!!!
ソイツに命中し、絶命した。
…声を上げる遑もなく…最初首に突き刺さり、次に心臓に…手早い。
膝を突きうなだれた恰好に…頭蓋骨を目掛けた矢は左目から脳天を斜めに貫通した……
とっくに絶命していた。最後の一撃は余計だったかもしれない。
たった3本の矢で…ぼくはソイツを殺した。