011 魔法と魔王 改稿前
巨大なすり鉢に身を呑まれていくのだった……
ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…
……。ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ…
闇―――――――――――
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…………………………―
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………………………―
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……………………―
――――――――――――――――闇
ブラックホールを間近で見るような奇蹟的光景のもたらした高揚…
博士は見蕩れていた…すると……
「うあああああああああああああっっっっ…」
……。
まるで。自らの蟻地獄に引き摺られ自滅してしまうかのよう……
永遠―――――――――――――――
眼を開けた博士…顔面には大粒の脂汗がぼつぼつと張り付いていた。
「へへぇ…随分とうなされてたぜ…先生さんよ」
「……」
装飾ばかりに気を取られ、座り心地は最悪な金属製の椅子、ムダに分厚い背もたれのせいで、椅子の背に後ろ手をくくりつけられるには明らかにギリギリ一杯の状態。
博士は囚われていた。
しかしその、人為的な無理な体勢だけではなかった。
湿気、熱さ、ニオイ、そして不快さをおびき寄せる嬌声……
重なりあって果てのない悪夢…
その原因は無限に掘り起こし続けても涸れはてぬものだった。
「やっとこさ目がお覚めになったようで」
「う、うむ…」
全身からも噴き出した滝のような汗と脂……
いつもならば若く見られがちな初老の博士が、老衰しているようにしか見えず…ばかりか、ブリーフ一枚姿……
異常さは際立っていた。
「まあいい…これでも飲むんだな。いくらなんでもギリギリで生きていてくれんとな…」
嚥下の音が殴るような音に似ている…
「っぷふうっ、はぅっ、はぅっ、はうっ…」
もうすぐ目的の場所である。
パンプキング博士…
マッドサイエンティスト。主に宇宙の知的生命体及び生命系星群に対する改造手術の権威…
彼の技術と叡智をもってすれば、知的生物たちが、脳内で想像しうるすべての奇蹟を与えゆくに違いない。
科学よりもむしろ神話的である。
彼は医者であり天啓であり悪魔だった。
科学。
普段温厚な彼が、神秘と人工のチークタイムへとなだれ込めばサイゴ、彼はもう急激な狂気にとり憑かれては戻らない…そう、精神が分裂したように……
…そしてもう、何もかもが奪われ、改造の施しようのない極地的姿にまで変えられたかつての生物を前に、正気に帰って穏やかさを取り戻すのである。
ソコニハ物体がある……
目的地は物体にほかならなかった。
かつて、博士が施し、星の意識を奪い去るかのように物質性の権化のような機械へと変貌を強いたあの星…
…意識とは変化の賜物であろうか…
それとも変化こそ意識からの賜物なのか…
宇宙の知的生命体のコミュニティが、宇宙全域で、同時性を浸透させて、星の意識について…解明していったとき、宇宙のそこかしこで狂熱を生んだし、それ以上に騒がれて忙しいばかりだった……
戦闘民にとっての成人のイニシエーションとして、肉体の機械化は伝統として受け継がれていた。
博士の住んでいた世界はそれが当たり前で、博士のような医者は、滑稽なことに美容外科医と呼ばれ地域の伝統に密着していた。
その中で、一等の医者…そして…狂人。
しかし彼の名を轟かせることとなったのは、やはり小さな生命レベルでの話ではなかった。
星の意識の解明…
存在の叡智の追いついた銀河と星の真理。
そこから編み出されていく次なる戦略とその施術。
よって星々は意識の軌道に沿い、ときに変化を見せ、秩序の軌道を逸れる可能性があることを数多くの知性体から発掘されてしまったのである。
そんな星々の、意識の覚醒と、存在の革命とがこの、パンプキング博士を駆り立てぬ筈がなかった。
そんなことは、誰も信じない荒唐無稽の航海へ…
光の射し込まない未来に待たれていた博士、しかし、彼は当然、自ら光を目指して飛び立ったのだ。
それで結局彼は人生最大の偉業を為し遂げる。
そしてそれからはもう、破竹の勢いだったのだ。
意識を持つ星は、機械化することで、人工の管理下におくことができる。
否、それほどのコントロールが可能な星はごく一部であったのかもしれない…しかし、意識の調整や、コミュニケーションくらいなら、確実に成された。
金属質に妖光する…それは不気味な喋る惑星だった……
次々に舞い込む仕事の依頼…
それに伴い、宇宙をのさばる商人たちの群れと景気が宇宙に散らばった。
結局、彼の変態的な意欲と、本能からの偏執の爆発力で、宇宙を、鉛色の球体で染め上げた。
……彼は今囚われていた。
宇宙蛮族からの、卑劣なだまし討ちにあったせいで。
そして彼は今、輸送されていた。
始まりはまだ、大事に扱われていたのだけれど、博士自身の自業自得も手伝って、しまいには彼ら蛮族の棟梁を失われたことで堰を切ったかのように、膨れ上がったこの疑わしき人物に向かって、不満と不信の銃乱射が炸裂した。
それは、こういった流れだった。
そもそも蛮族の目的は、博士が星々を染め上げていたその絶頂期に、連続する高揚の脈動の末に、振り落とされたひとつのリングの回収であった。
それは科学というよりも幻想に近い代物で、呪いのような意味でもあった。
それを着け宇宙中のそこそこに生えている記録の樹に近づくのである。
するとたちまち幻想は霧のように漂って、そこに降り立つ。
それが形而下の次元に引き寄せられきれば、それはすなわち記憶の実としてなり、それが形而上の次元のままであれば、脳裏の地図を拡張する増幅作用として働いた。
博士はそれによって、ますます活力を得ていたが、あるときそれに飽き、それからは純粋に、次なる星に向けては本能のみに従っていったのだ。
博士は、ずっとトランスしていたため。、それがいつのことであったかなど覚えてもいない。
それでも、その期間に自分の成し遂げた悪魔的な偉業はハッキリと思い出すことができるのだった。
しかし…呪いとは何事であろうか…
しかも、よりによって科学者の手の内に……
この呪いのリングを蛮族が狙うのはシンプルに記憶の実を異常発生させるためだった。
(しかしそれは、宇宙の時空の益々の崩壊を意味して、かつまた助長する)
そして奪い取ったその大量の実を、破格で売りとばすためだった。
そして、その散策の為の案内人としてもとの所有者たる博士を、ただの尋問のみにおかなかった最大の理由が明確にあった。
これは迷信なのかもしれないし、不思議な魔力なのかもしれない。
このリングの最終所有者は、誰かに譲渡しない限り、誰が触ってもリングとしての力は発揮されない。
その上、譲る相手を探さずに所有者がそのまま死んでしまえば、それはとおい異次元へと運ばれ、次元からは消えてしまうという。
蛮族はそうなる前に、是非とも博士を操ってそれを奪い取ってしまわねば…と思っていた。
そして…
行く星行く星すべてはずれ…
はじめは多めに見ていた蛮族たちも日に日にストレスを増幅させ、ばかりか彼らの棟梁を失ったが為に、もう限界寸前だったのである。
よって、状態は拷問に近いスタイルを取っている今は、常識の範囲内とさえ言えるのかもしれない……
さて、奇しくも最後の星…
小さな船内は…皆が我慢比べのようで、なぜかしらそれぞれの根気の所有量を競い合っているのだった……