009 姥捨て 改稿前
SPACE…
宇宙に存在する意識や生命たちにとって、そのひとつの存在が向かうべき道筋を、その自身の終焉までに、わずか一筋を忠実に見出し、宇宙の意識全体へ開示することのできる前進的存在の存在する割合は、あまりにも僅少であると言わざるを得ない。
ここに特異な生物があった。
宇宙の次元の平面があるとして、それは一般的な多数の尺度の共有面であるが、この特異生物のやり方はそこから逸脱していた。
かれらはみな一様にみじかい。
その存在性を、「時間」という軸に絡め取って計測しても、おそらく何も解らずじまいだろう…
時間にして一瞬…もし長くても数瞬、長い方でも一秒の数万分の一に満たないのだから。
つまり、彼らにとっての時間軸は、一般的な共有面からの時間軸ではない、もっと別のものであるといえる。
そして、宇宙に存在、繁栄しやがては滅びてゆく万物の生涯にとって、その特異存在の存在を知覚する可能性など無いに等しく、それどころか、そこに繁栄する王国の存在すら知覚し得ない。
…王国。
まさか一瞬という無に等しい無意識の羅列に…その燦爛たる、ドラマティックな振る舞いの集積が、リアルタイムに繰り返され続けていようとは……
SPACE…
これは我等の到底知覚しえない、一瞬の物語である。
宇宙に存在する意識や生命たちにとって、そのひとつの存在が向かうべき道筋を、その自身の終焉までに、わずか一筋を忠実に見出し、宇宙の意識全体へ開示することのできる前進的存在の存在する割合は、あまりにも僅少であると言わざるを得ない。
そんな一筋を…そればかりかいま、運命の淵に立たされた結果として、彼は二筋を並走させていた。
王の慣わしに違わず、彼は正室のみならず数多くの側室を抱えて、たくさんの子を持っていた。
その中で、ある、美しく、豊かなこころを抱く側室とのあいだに……
宇宙の姥捨て山…
彼の引き連れている幼き王子は、ひとことでチャーミングであった。
その王子は、他の王の子達と比べて、きわめて特異だった。
否、特異であることを王が見極め、見逃さなかった、といったほうが正確だといえよう。
つまり、他の王子は、差異を受けず、ただぬくぬくと王国のなかで安全に暮らしていける運命にあるのだ。
一方…
王はある日、その、選ばれし第何子目かの幼き王子を引き連れ歩いていた…我が子を捨てるために……
宇宙の姥捨て山。
文字通り宇宙下層の住人たちの、口減らしのためだけに、無残にも老衰した実の親親を捨てに行く場所である。
宇宙は広い…
それが為か、宇宙の端々から世にも不徳な行為を遂行するために集う境遇者たちは賑わっていた。
やはり、宇宙は生産のみで成り立つほど甘くはないという……
磨き上げられた長大な金属片になる歪な断層…
…その連なり。
足場の悪いそこは、宇宙の様々な次元へ地続きとなった時空の崩壊地区である。
そしてそこをまたいでワープやタイムワープを行うことさえできる異世界のゲートとしても、冒険者たちへは明るい。
マジックミラー号と呼ばれ、その1枚1枚にいちいち名が付いていた。そして号数が付けられて区分されていた。
子を引き連れ歩く威厳の王…連れられてよちよち歩くチャーミングな王子……
しかし、我ら、彼ら宇宙からの宇宙の第三者と呼ぶべき我らの目に写るのは、かろうじて細長く、きらびやかで強靭な繊維と繊維でしかなかった…
つまりそれが、次元のギャップの共有への限界であった。
なぜなら、彼ら宇宙にしてみれば、我ら時間軸に居続ける事は基本不可能なのであり、それができる王は特別で、なお且つその、特異な王子のほうも、それが可能な極めて特異な才を手にした、選ばれた存在だった。
王はゴンダイル王、王子はサグシェ王子という名だった。
そしてこの、宇宙の姥捨てを境に、サグシェ王子はサグシェ…という名を置き土産に、そのたったそのひとつの記憶以外を剥奪されて、遠い異世界へと送られた…
サグシェ王は、もういない。
幼年の彼は、単なるサグシェとして、降り立った。
…そこは…SPACE、我らがユニバース……
我らが宇宙のマジックミラー号のはずれ、ここは宇宙の都心であった。(まさかここが、異次元にとっての姥捨て山と通じているとは誰が知ろうか?)
このユニバースにおけるマジックミラー号は、宇宙の都心から、近郊へと掛かった山脈のようなものである。
…宇宙の都心には、巨大なビルがある。
宇宙空間に浮かんだ巨大なコロニー…、そこから突き出した塔……
宇宙情報局。
その地階、巨大なショッピングセンターがそこにはあって、それは、宇宙空間からは透けていて、次元の境界に差し掛かり、その狭間を有効利用したスペースであった。
滑稽なことに、宇宙情報局の膨大な数の局員たちが、休憩時間や勤務後の憩いのひとときを得るために、彼らはいちいち時空を超えた旅をしている…
そして…
大勢の局員のなかでも、ひときわ美人として名高いジェニファーと、その妹シェリーのうちの、生真面目なほうの妹シェリーが、運命的にも、仕事後の恒例となったカフェテリアのひとときの最中に、そのカフェテラスの席から、アイスコーヒーのグラス越しに、美しい金髪の巻き毛を湛えた幼い子供の道端に寝そべった姿を発見した。
シェリーはひと目で、美しい女の子だと思ったけれど、本能的に近づいてみたさきに目に焼き付いたのは、可愛らしいペニスだった。
シェリーは直覚した。
この子は捨て子だと…
そして、彼を育てるのが自分であると…
これは運命だった。
ジェニファーとシェリーはともに宇宙情報局の受付嬢であって、契約上どちらかが常に出勤していれば、後のことは姉妹自身が管理すればよいようになっていて(ふたりはそれだけ美しく欠かせなかったし、ふたりはそれだけよく似ていた)話ひとつで彼女たちは交代で勤務するようにしていた。
そして、カフェテリアにとっても、その美しい美女のひとときが、何よりの客寄せと働く名物として密かに重宝していて、それは几帳面なくらいになし遂げられた、世にも美しい日替わりメニューであった。
そんななかで、たまたま、生真面目なシェリーの出勤日に当たり、拾われた事は幸運だったといえる。
奔放なほうの姉、ジェニファーだって、気まぐれな母性を急に発揮することがあって、その、美しい捨て子を見た瞬間一目惚れに陥って、自分が育てていく決心をしたであろうし、矛盾して子を育てるほどの真面目さはなく、すぐに困窮したに違いない…さらにややこしい事に、生真面目で慈愛に満ちたシェリーが姉の不可能に手を差し伸べたところで、意地でも役回りを妹に譲ることはしなかっただろう。
つまり、ジェニファーに拾われずして、幸運であった。
そしてシェリーは、確実に幸運をもたらすことであろう。
病院で手当てをおえたあと、まだ意識の戻らない天使の男の子を抱え、孤児センターに正規の手続きを済ませていた。
調査によって親族が見つからない場合、彼女が養子としてその天使を育てる権利を得ることとなる。
・・・・・・
異次元…
次元を超えたことを見届けた繊維…
かの、威厳の王は内面世界を噛みしめていた。
ふたつの筋…
ひとつは王国の繁栄への努力であった。
が、もうそれは、終焉への直覚にほかならなかった。
避けようのない外的要因。
巨大兵力による強奪は迫っており、これまで高めてきた無敵の軍事力も適わない…それは運命であって抗うものではなく、彼のやり方にとってそれは受け止めるものであった。
彼は、姥捨てに捨てたばかりの子と逢うまでは、正直諦めていた。
しかし…
もうひとつの筋…
それは、彼の精神のリレーである。
彼の意識の、遥かなる成就……
それを受け継ぐべきかの子に逢ったあの時、彼はこの、姥捨てを覚悟したし、もう落ち着いていた。
(この子なら俺の精神の王国を…)
さて、姥捨てを終えた彼の内面には、形而下に広がる彼の王国に、勇気と気迫を出し切る未来をもう描いていた。
そして彼のもうひとつの王国に未練はなかった。
彼は別離の際に、王子の精神へ向けて、内面の王国を…ある、ベクトルをすべて注ぎ込んでしまった。
それは……
・・・・・・
すやすや……
「ワタシの天使…ワタシが、ママよ」
!
「あなたは?」
「…ワタシはシェリー…あなたのママよ」
「…ボクは…とおいとおいどこかからやってきた…そんなきおくがあるよ…あなたは…ボクのママになってくれる?」
!!
「…ええ、もちろん!ワタシがママで、あなたとずっと…ワタシがあなたを育て、あなたを守り、そしてあなたは立派に育って、いつかワタシから旅立っていく…それまで、全力であなたを育てる」
「…ボク、もう、なにもおぼえていないんだ。ボクはサグシェ。よろしくね、そして、ほかはもうなにもおぼえていないんだ、でも、ボクはまもられてる、ボクをうんでくれたおやから…そして…これからは…」
「坊や…天使。あなたは守られているのね。そして、これからは…」
「ボクがいくセカイは、どこなのかしっているよ。まだ、ハッキリということはできないけれど…それまで、せいいっぱいいきていく。だから…よろしくね、ママ」
「…。うん、一緒に育っていこう!」