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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

片恋クラッシャー

俺は狡い奴だ。

あいつが静かに泣く姿を見て、どうしようもなくホッとしているこの腐った性根がその証拠だ。

胸元のペンダントを指に食い込ませるくらい強く握り締めたって、俺の罪が癒える事は無い。

あいつが悲しんだ分だけ俺は…償い続けていくしかないんだ。



あいつには好きな奴がいた。

俺も知っている奴らしい。

よく昼飯を一緒にする中庭で話を切り出した声はすこし高くて、照れて赤みがかった頬がなんだか可愛かった。

イニシャルしか教えないからどいつが好きなのかわからないが、寝転がりながら面倒臭げに手を振って当たり障りの無い応援を約束した。

それにあいつはすこしだけ複雑そうに曖昧な笑みを浮かべて、ありがとうなんて思ってもいない暗い声で呟いた。

それに疑問を抱かなかった訳じゃない。

叶わない片想いなのかとそんな在り来たりな事を一つ頭に浮かべて、ポンと俯いた頭に手を置いた。

小さくて寝癖が強い髪を多少強めにかいぐり回すと痛い痛いともがき始め、ボサボサになった頭を指差して笑うとベシベシと平手打ちしながら腹を立てる。

それでもすぐに一緒になって笑うあいつの笑顔を、俺は一番気に入っていた。


あれは雨の日だった。

補習からの帰り、教室に残した忘れ物を取りに向かうと、

「う、わっ!?」

突然隣のクラスからあいつが飛び出してきた。

セーラー服の大きな襟を翻して驚いて立ち止まった俺を見る二つの瞳は…涙がいっぱい溜まっていて、咄嗟にかける言葉が見付からず走り去る背中を見送るだけ。

我ながら情けない、と後ろ頭を掻き毟り、ふと出てきた教室に目を向けると…そこに奴がいた。

いや、奴等と呼んだ方が分かりやすいか。

学年でも有名な双子の兄弟。

質が悪く性格も歪んでいて、それでも顔と頭だけは割と良い方だから女子から人気があった。

男の俺からしたら気味が悪いくらい同じ顔と声の奴等は苦手な部類で、正直関わり合いたくなかった。

でも、ケタケタと肩を揺らして笑いながら掴んだ物が目に焼き付いてしまって、気付いたら既に体が走っていた。

馬鹿にしたように持ち上げた物を指差して、多分あいつの真似をした方を見て爆笑する奴に肩に掛けていたスポーツバックを振り上げながら俺は……

ビュッ…ガッシャアアアンッッ!!!

あいつの頑張っていた姿を思い出しながら、頭を思いっきり殴っていた。

宙に舞うのは銀色の裁ち鋏と焦げ茶色の髪の束。

一生懸命好みに近付こうと伸ばしていたあいつの髪が顔に掛かる。

机や椅子を巻き込みながら壁に後頭部を打ち付けた片割れに駆け寄るもう一方に今度は腹目掛けて振り回し、嗚咽しながら飛んだ体は机の角に背中を痛め踞る。

舞い上がった鋏が頬を斜めに落下し、赤い線から血を流すが全く痛みを感じなかった。

それほど激しい動きをしていないはずなのに肩で呼吸を繰り返し、腹の中を引っ掻き回す熱くドロドロしたモノが歯を食い縛っていないと今にも全て吐き散らしてしまいそうで。

パタタ…ピチャン…

ワイシャツを赤く染める俺の顔を見上げた奴等の怯えた表情が余計腹立たしく感じて、教卓の隣に置かれた花瓶を初めに殴った方に投げ付けた。

甲高い衝撃音と低い叫び声が反響する放課後の校舎は不気味なほど俺達以外誰も来なくて、逃げ出すもう一方に近くにあった椅子を投げ飛ばすと背凭れ部分が直撃し足を縺れさせながら無様に倒れた。

汚ならしい泣き声とアンモニア臭が窓際からして、横目で確認すると花瓶の濁った水を滴らせながら奴が漏らしていた。

ハーフだと持て囃された綺麗な顔を歪めて鼻水や涙でぐちゃぐちゃにして、ごめんなさいごめんなさいと壊れた機械のように繰り返す唇は花瓶の破片で切れたらしい。

そんな無様な格好をポケットに入れっぱなしのケータイを取り出して、

カシャッ

「はっ、惨めだな」

「ヒィッ!?」

鼻で笑いながらカメラに納めた。

自分でも何処から出るのかわからない低い声。

それにビクつく奴の顎を、次の瞬間には思い切り蹴り上げて腹を何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏み潰した。

ズボンをスリッパを靴下を制服を顔を全身を何色に汚そうが止めてやらない。

片割れが背後から邪魔しようが肘で叩き落とし、足にしがみ付こうが顔面を蹴飛ばし、あいつが痛んだ以上の苦しみを味わわせてやる。

謝罪しようが泣き喚こうが後悔しようが関係無い。

俺に土下座しようが許す義理は一つも無い。

お前等が贖罪すべき相手は俺の……俺が好きな奴だ。

嗚呼、畜生。

くそったれ。

こんな事になるくらいなら…俺が先に告白するべきだった。

あいつを泣かせるくらいなら俺が傷付けば良かった。


「ああ…ああああああ…うあぁあ……ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


獣のように犬歯を剥き出して、喉から腹から目一杯叫び出した声は…まるで泣いている様だと誰かが噂した。

涙目に染み込む夕焼けは酷く眩しくて、それから先の事はあまり覚えていない。

ただ、戻って来たあいつが俺以上に傷付いた顔で泣き付いたのをそっと抱き締めてやった感触は、一週間が経過した今でも確かに覚えている。


一週間の謹慎処分の末、八日目に登校を許された。

奴等は怪我の治療とこれまでの行いの反省と心のケアとかで暫く学校には来れないらしい。

もしかしたら転校するかもしれないと女子が噂をしていた。

願ったり叶ったりだ。

糞野郎共を見てあいつが怯えなくて済む。

「………ったく、泣くことねえじゃん…」

そして冒頭に戻る。



自分の席で泣いている背中を黙って眺めていると視線に気付いたあいつが振り返り、遂たじろぎついでに後方へ逃走した。

追い掛けて来る足音に合わせて名前を呼ばれたが合わせる顔が無いのも事実で、元陸上部相手に本気の鬼ごっこを校内で開始する。

こんな成りだしヤンチャもよくするからそこそこ体力はある方だけど、毎日毎日天候関係無く馬鹿みたいに中学卒業した今でも走り込みしている奴とは流石に部が悪い。

切り揃えた髪を掻き上げ、鬼の形相で追い掛けて来る奴とスレスレの駆け引きを幾度となく繰り返しては逃げ延びて、互いに制服の中を汗だくにしながらも先生に叱られても走り出してしまえばゴールまで止まらない、止められない、途中停車の休憩所など見当たらない。

息が上手く出来ない、治りかけの足は悪化しただろう、捕まったらきっと一発くらいは殴られるだろう、怖い恐ろしい苦しい辛い…

「っはぁ!」

でも、それが生きてるって実感を強く感じられて、あいつと二人っきりになれたような錯覚さえ覚えて。

不自然に吊り上がる口角は喜びを隠し切れない。

嗚呼、そういや俺って単純だったな。

馬鹿みてえに嬉しがってやんの。

好いた女が自分だけを見てくれる、それだけの事に次もこいつを守ってやろうと空高く拳を振り上げた。

「お前の片想い壊して悪かったなーっ!!」

「本当よ!この不良!!バカバカバカーッ!!!」

「あっははははは!!」

声を上げて無邪気に笑うと頬の傷が痛かったけど、あいつがやっと何時もみたいに笑ってくれたから楽しくて仕方無い。

惚れた弱みは麻酔薬、ってか。

何時か痛み全部忘れちまいそう。

この片想いの鈍痛さえ、全部。

そうなれば良いのに。

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