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投稿小説〜短編〜

3人目のセシル

作者: 玉木 久芳

「今日お店に立っているのは、マリーのほう? エリーのほう?」

「姉のマリーです。いらっしゃいませ」

 名乗りながら、私ははじめてきたお客様に優雅に微笑んでみせた。

「娘に頼まれていた服を取りにきたの。エリーさんに話せばわかると言われたのだけど」

「シエラさんの注文したスカートのことならエリーから聞いています。こちらですね」

 大好きな彼とのデートのために作った、とっておきのスカート。レジのカウンターの中に取り置きしておいた紙袋を取り出し、私はそれをお客様に見せる。シエラさんと二人でデザインを決めた、花と蝶の刺繍が鮮やかなフレアスカートを見て、彼女のお母様はうっとりとため息をついた。

「素敵ね……」

「ありがとうございます」

 長い前髪が顔にかかってしまわないよう気を付けながらおじぎをして、私はスカートを紙袋に戻す。お代はすでにいただいていたので、あとはこれをお母様に渡せばよかった。

 シエラさんの豊かなブロンドは、母親ゆずりのものらしい。太陽の光をとじこめたようなまばゆい金の髪と空色の瞳が、彼との結婚を夢見ながら店を訪れた彼女の姿をありありと思い出させた。

「実はわたしも、娘になにかアクセサリーを買ってあげたいと思っているの」

「それなら、服に合わせたものがいいですよね。昨日いいものが入荷したばかりです。一緒にお選びしますよ」

 カウンターの一角に、ネックレスやブレスレットを並べた小さなスペースがある。そのデザインはどれも繊細で、照明を受けてキラキラと輝くそれを見てまた、お母様がほうっと息をつく。

「……本当に、評判どおりのいいお店ね」

「ありがとうございます」

「今日は、エリーさんはいないの?」

「エリーは買い出しで街に行っています」

 この質問をされるとき、私はいつもドキドキする。背中にじっとりと汗をかき、もう一人の私を出してほしいと言われないか身構えてしまう。

「エリーにはシエラさんのこと、私から伝えておきますので」

 この嘘を、いつまでも続けることができますように。蝶の飾りのついたネックレスを握りしめながら、私は心の中でそう祈った。


     〇


 小さな町にひっそりとたたずむ洋裁店『セシル』は、双子の姉妹が営む若い女性に人気の店だった。

 姉のマリー・セシルは落ち着いた上品な服を、妹のエリー・セシルは甘く可愛らしい服を。そっくりな顔をした双子だけど、作る服のスタイルはそれぞれ違う。だから店にくる客も、どちらかそれぞれの服を目当てにやってくる。同じ顔をしながら全く違う格好をする双子のことを、町の女の子たちは憧れのまなざしで見ていた。

 その双子が、実は妹のエリー・セシル一人で演じているものだということを、知る人はこの町にいない。

『セシル』の服のほとんどが、私たち姉妹の手作りだった。時にはお客の好みに合わせてオーダーメイドの服を作ったりもして、死んだ両親が残してくれた店を私たちは二人で守り続けていた。

 マリーが突然結婚すると言い出すまでは。

『エリーへ。元気にしてる? 新しいデザインを考えたから、送ります』

 街への買い出しで偶然出会った男性と、運命的な恋をしたマリー。遠くの町へと嫁いでいった彼女は、定期的に私に手紙とデザイン画を送ってくれる。それをもとに私はマリー・セシルの新しい服を作り、店に並べていた。

『あなたまだ、私の格好をして店に出ているの? 一人でやっていくって決めたんだから、あなたの好きなようにやってみればいいのに』

 そしてマリーはいつも、同じことを手紙に書く。けれど私は、日替わりでエリーとマリーの格好をして店に立つことをやめなかった。

 親でさえ間違うほどそっくりな顔をしているのだから、私がマリーになりすますのは簡単なことだった。黒くて長い髪も灰色の瞳も同じに決まっている。違うのは服と髪形と、化粧の仕方と立ち居振る舞いと性格だけだ。

「エリー、アクセサリー売れてるか?」

「私はマリーよ、アレン」

 店の入り口ではなく、住居スペースの裏口から勝手に入ってきたアレンは、私の顔をまじまじと見ると照れくさそうに笑った。

「相変わらず同じ顔してるから、どっちがどっちかわかんないって」

 そっくりもなにも、一人で二役しているのだから同じ顔なのは当たり前だ。でもこの言葉は、私たちが幼いころからいろんな人に言われ続けてきたことだった。

 マリーでいるときは上品な髪形と化粧を。エリーでいるときは髪を巻いて口紅の色もピンクにする。朝早くから丁寧にブローした髪を指で梳きながら、私はマリーの表情を真似て唇を弓なりにまげてみせる。ヌードベージュの唇が上品さを与えるマリーは、話す声がすこし低くてそれが色っぽかった。

「今日も納品に来てくれたの?」

「そう。ブレスレットと、イヤリングを少し」

「見せて」

 アレンは、私たち双子の幼馴染だった。この町で唯一の宝飾店の跡取り息子であるアレンは、毎日工房にこもっては修行を重ねている。そして出来上がったアクセサリーを、この店に並べて委託販売をしていた。

「ここに置かせてもらったものが一番よく売れるんだ。いつも助かるよ」

「それはアレンが、店の雰囲気にあわせたアクセサリーを作ってくれるからよ」

 アレンが作るアクセサリーは、その女性のような優しい外見と同じ、やわらかいデザインのものが多かった。それはマリーの服にもエリーの服にも合わせやすく、買った服にあわせたアクセサリーがほしいときにとても重宝されていた。

「この間の蝶のネックレス、あっという間に完売したわ。売り切れって聞いて残念がってる子がいるの」

「わかった。急いで作る」

「あと、同じデザインのイヤリングがほしいっていう子もいたわ」

「じゃあ何個か作ってみるわ」

 そう意気込むアレンは、カウンターに並んでいるブレスレットを手に取り、おもむろに自分の手首につけはじめる。そしてその華奢な腕に映えるブレスレットをしげしげと見つめて。ひとり「よし」とうなずいていた。

「またやってる……」

「いいだろ。これも修行のひとつだ」

アレンはときおりこうやって、自分の作品を身に着けることがある。私だって自分の作った服を着ているけど、彼は女性用のアクセサリーを身に着けるつけるためにわざわざ腕の毛を剃刀で剃っているのだった。

 指の毛はおろか、ひげまで抜いているらしい。宝飾店という美にたいしてシビアな世界を生きているためか、彼の自分に対する美意識はとても高かった。もともとそんなに背も高くなく、細身な体をしているため、着る服の色を間違えるとたまに女性に間違えられてしまうこともある。

 縫い針でしょっちゅう指をさしてしまう傷だらけの手をした私よりも、アレンの手のほうがよっぽど綺麗な手をしている。けれど見た目に反して中身はとてもさばさばとしていて、話すと深みのある声をしていた。

「そうだ。納品しに行くついでに、服買ってきてほしいって妹に頼まれたんだ」

「服?」

 アレンには三つ下の妹がいる。彼女もまたセシルの服をごひいきにしてくれていて、取り置きしていた服や新作を発売した時に、アレンが納品とともにおつかいにくるのはよくあることだった。

「この間、マリーが店で着てたワンピースがほしいって。たまたま通りかかった時に見て、ひとめぼれしたんだってさ」

「あれならもう全部売れちゃったのよ。私が店で着てた、試作品しか残ってないわ」

 アレンの妹がほしいというのは、きっと店に出すなりあっという間に売れてしまった、足首まですっぽり隠れる丈の長いのワンピースのことだろう。大判の花柄が目に鮮やかな黄色のワンピースは、マリーからの手紙でデザインを受け取った時に、私も素敵だと思ったものだった。

「それでよかったら、あるけど」

「ありがとう、喜ぶよ」

 そのワンピースを探しに店の奥に向かいながら、私は思わず唇を噛んでしまう。アレンの妹が買う服は必ず、マリーがデザインしたもの。私の服は一度も買ったことがなかった。

 好みの問題だから仕方ない。そう心に言い聞かせても、マリーには決してかなわない自分がとても悔しかった。

 私が姉の格好をするのは、マリーがいないと知って店から人が離れていくのが怖かったからだった。

「最近、エリーの服の数、少ないんじゃないか? 売れてるからか?」

「逆よ。あまり売れないから作ってないの」

 ワンピースを持ってアレンのところに戻れば、彼はしっかりと店の中を観察していた。宝飾店でも商品のレイアウトにこだわるため、ほかの店に行くと職業病で店の様子をチェックしてしまうらしい。

「エリーの服、人気ないのか?」

「売れないってことは、そういうことでしょ」

『エリー』がいないことをいいことに、アレンはずけずけと言ってくれる。目の前にいるのが実はマリーではなくエリー自身だと知ったら、彼はいったいどんな顔をするのだろう。

「たしかに最近、エリーの服、変わったしな」

「変わった?」

 意味が分からず、私は首をかしげる。マリーが愛用していた薔薇の香りのコロンが、髪から香って鼻腔をくすぐった。

「なんか、前はレースとかフリルいっぱいの服だったのに。最近はなんていうか、地味になった」

「地味……」

 つぶやいて、私は表情が曇りそうになるのを懸命にこらえる。マリーの悠然とした微笑みを顔にはりつけて、紙袋に入れたワンピースの生地をぎゅっと握りしめた。

 やっぱり私は、マリーにかなわない。

「お代は?」

「いいわ。一度着てるものだし、店に並べたのとは違う布地で作ってるから」

 店に立つとき、私たちは試作品を着ることが多かった。デザインを考えて試作品を作って、それをもとに生地の値段などを考えて商品を作る。だからこの紫色のワンピースは、世界に一つしかないもので、ほしいと言われても商品として店に並べたことはなかった。

「じゃあ、今日は物々交換ということで」

 ワンピースの入った紙袋を受け取ると、アレンが私の手に白い小箱を乗せる。お金とは違うその軽さにいぶかしがりながらも、私はその箱を開いた。

「……これ」

 中に入っていたのは、指輪だった。

「いつも俺のアクセサリーおいてくれてるからさ。お礼したくて、作ったんだ」

 戸惑う私の手に、アレンがその指輪をはめてくれる。左手の中指におさまったそれは、あらかじめ採寸していたかのようにぴったりだった。

 アクセサリーを作る仕事をしているのだから、深い意味はない。そう思っているのに、私は胸が高鳴るのを抑えられなかった。

「……これは、エリーのぶんもあるの?」

 アレンはよく、こうやって双子にアクセサリーをプレゼントしてくれた。ネックレスもブレスレットもイヤリングも、双子それぞれにあわせて微妙に違うデザインにしてくれる。間違えないよう気を付けつつ、私はそれをつけて店に立っていた。

 マリーの指輪はあくまでもマリーのもの。エリーにくれる指輪はどんなデザインだろうと考えて、私は期待をこめて聞いた。

「指輪はこれだけだよ」

「……え?」

 思いもよらない言葉に、私はマリーの微笑みも忘れてしまったぽかんと口をあけた。

「ふたつないの?」

「必要ないだろ」

 ぶっきらぼうにそう言い放って、アレンはにやりと笑った。

「じゃ、俺そろそろ帰るわ」

 いたずらっ子のようなその笑みは、自分のたくらみが見事成功したことを喜んでいた。ロマンチストな彼は、この指輪を渡すことを思い描きながらこの指輪を作ってくれたのだろう。

 マリーに渡すために。

 


 マリーが結婚を決めたのは、雷が落ちるように突然のことだったので、この町でマリーが出ていったことを知る人は誰もいなかった。

 だからか、たまに町の中で私が変装した以外のマリーの目撃情報が出ることがある。きっとマリーの服を着た子が間違えられたのだと思うけど、それほどに彼女はこの町で人目をひき愛される存在だった。

 どんなに同じ顔をしていても、服の好みが違うように、私たちは全く同じだというわけではない。それは町の人の反応もそうであり、服を買いに来る女の子たちもそうだった。

 なによりアレンは、私とマリーとでは態度が違った。幼いころからずっと、私のことは妹扱い。けれどマリーには、プレゼントばかり贈っていた。

 だからなおさらに、私はマリーをこの店に残す必要があった。

 マリーが結婚したと知ったら、アレンはアクセサリーをもってこなくなってしまうかもしれない。マリーに贈るついでに、エリーにも作ってくれていたアクセサリーのプレゼントもなくなるかもしれない。

 この店を守り続けるためには、私はマリーになりきらなければならない。

「今日はエリーしかいないのか?」

「マリーは風邪で寝てるのよ」

 さらりと嘘をついて、私は納品にきたアレンを出迎えた。

「マリーが風邪? またか?」

「夜遅くまで根つめてミシンを踏むから、疲れがたまってるのよ。何回私が言っても夜更かしするんだから……」

 一人二役をしていると、もう一人の私を出してほしいと言われることがある。そういうときの嘘はすこしだけ真実を混ぜるといいと、私は学んでいた。

「だから最近、顔色悪かったのか」

「そう。ついつい頑張りすぎちゃうのよね」

 その顔色が悪かったマリーもまた、私のことだ。今日はいつもより化粧を濃くして、目の下のクマを消していた。

「じゃあ見舞いに顔だそうかな」

「やめてよ。年ごろの女性の部屋に勝手に入らないで」

「はいはい」

 仲間はずれにされたのが面白くないのか、アレンがふてくされながら自分の指先に視線を落とす。指の毛を爪で抜こうとする姿が、あまりに女の子らしくて私はなんだか負けた気持ちになってしまう。

「エリーは何をしてるんだ?」

「刺繍よ」

「見ればわかるよ」

 お客が来ないのをいいことに、私は店の中で裁縫をしていた。刺繍くらいなら、レジのカウンターの狭いスペースでも十分だった。

「ブラウスに、フリルじゃなくて刺繍で模様をつけることにしたの。けっこうこれ、評判いいのよ」

「前はふりふりのレースばっかりだったのに」

「いつも同じようなものばかりじゃ芸がないじゃない」

 エリーの服が少なくなったのは、売れ行きが悪くなったのもあるけれど、一着つくるための手間がとてもかかるようになってしまったからでもあった。

 今までは、エリー・セシルの服にも少なからずマリーのアイデアがあった。レースの種類もふんだんにつけたフリルも、マリーに言われて量が増えていっただけ。私は本当は、レースの繊細さを活かした服を作りたかっただけだった。

 刺繍を施した服は、その繊細さが大きな魅力になる。マリーがいなくなった今、私は自分の好きな服を思う存分作ることができる。

 それが評価されるかどうかはまた別の問題ではあるけれど。

「今日は、お土産はないの?」

「ないよ」

 お土産。つまりアクセサリーのプレゼントをねだってみたけれど、アレンはきっぱりと一蹴する。やはりあの指輪は、マリーのためだけに贈ったものだった。

 エリーでいるときは、その指輪をつけてはいけない。トパーズを太陽に見立てて、蝶や花の繊細な細工を施した指輪は、作るのにとても時間がかかったのだろうとひとめでわかるものだった。

 エリーでいるときもつけたい。けれど、つけてはいけない。それが悔しくて、私はエリーでいるときはネックレスのチェーンに通してこっそりと首から下げていた。

「この間私にスカートのオーダーをしてきた人がね、彼にプロポーズされたんだって。そのうち、アレンのお店に結婚指輪の依頼が来るかもね」

「シエラさんのことか? それなら、婚約指輪を作ったから結婚指輪も作ることになると思うけど」

 私が一針一針丹精込めて刺繍したスカートが、彼女がプロポーズされた思い出の日に着ていた服だと思うと、とても嬉しい気持ちになる。仕事が忙しくてなかなか会えない彼とのデートを心待ちにして、スカートをオーダーしに来たシエラさんはとても輝いて見えた。

 恋する女の子は綺麗になる。

 でも私は、綺麗になんてならない。

 この町にもういないはずのマリーのことで、毎日頭を悩ませてしまう。アレンの気持ちがわかりすぎて、いまさら自分の気持ちを伝えようという気持ちにもなれない。

 私がマリーだったらよかったのに。そうしたら、迷わずアレンの気持ちにこたえたのに。

 マリーがうらやましい。作る服はどれも喜ばれて、女の子たちがマリー目当てにやってくる。エリーはそれを見ながら、マリーがデザインした服をこつこつと作るしかなかった。

「じゃあ俺、帰るわ。またリクエストあったら教えてくれ」

「わかった」

 エリーが店に立つ日は、アレンはすぐに帰ってしまう。

 その後ろ姿を見つめながら、私はまた、縫い針を指にさしてしまった。


     〇


「エリーさん、いる?」

 アレンが去ってからしばらくして、やってきたお客様はシエラさんだった。

「あたしに、ウェディングドレスを作ってほしいの!」

 私が作ったフレアスカートのすそを翻しながら、彼女はスキップをふみそうなほどに軽い足取りで店の中に入ってくる。作りかけのブラウスをカウンターの下に隠して、私は彼女を出迎えた。

「シエラさん、婚約おめでとうございます」

「ありがとう! このお店の服のおかげよ!」

 私の手を握って飛び跳ね、シエラさんが満面の笑みを浮かべる。太陽のように輝く金色の髪が、身体の動きに合わせてキラキラと踊っていた。

「ドレスもまた、このスカートのようにたくさん刺繍を入れてほしいの! 形はシンプルなものでいいから、刺繍で華やかにしてほしいわ!」

「わかりました。打ち合わせしましょう」

自分が着たいドレスを思い浮かべてうっとりとした表情を浮かべるシエラさんは、私が椅子を出して座らせようとしてもまったく聞く耳を持ってくれない。ドレスのことで頭がいっぱいになってしまったようで、店の中の服を手にとってはこういう生地がいいこういうラインがいいとひとりごちっている。

「ドレスの形はシンプルなものにしたいの。きっと、エリーさんよりマリーさんのほうが伝わりやすいと思うわ。マリーさんはいる?」

「マリーはちょっと風邪をひいていて、昨日から寝込んでるの」

「あらでも、あたし今朝マリーさんを見かけたわ」

「え?」

 またあの、マリーの目撃情報が寄せられる。私は今日、マリーの服を着ていないし店から出てもいない。けれどシエラさんは、マリーを見たと断言した。

「なんで風邪なんて嘘つくの?」

 無垢にたずねてくるシエラさんの瞳に、私はなにも言えぬまま立ち尽くすしかなかった。

 いつもなら、ごまかしが通用していた。でも、きっとシエラさんはマリーが出てこないと納得しないだろう。呼びに行くふりをしてマリーの服を着ればいいのかもしれないけど、そうしたらエリーはどこに行ったといわれるに違いない。

「……えっと」

 とっさに、言葉が出ない。いつもの適当な嘘が通用したのは、ただ運が良かっただけなのだと痛感した。

 マリーとエリーが一緒に必要とされることは、今までなかった。だから油断していた気持ちも、少なからずあった。

「いつも不思議に思ってたけど、どうして片方しか店にいないの? 前はいつも二人でいたじゃない」

「それは……」

 うまくごまかしていたつもりだけど、やっぱり不審に思われていた。うまい嘘が出てこなくて、私はただただ、シエラさんの視線を受けて居心地悪く身じろぎするしかなかった。

「――あら、マリーさん」

「え?」

 突然シエラさんがあげた声に、私はつられるように店の奥を見た。

「……マリー?」

 店の奥にかすかに見える台所に、たしかに誰か立っている。後ろ姿で顔は見えないけれど、ごほごほと激しい咳をしながらコップに水をそそいでいた。

 その華奢な手にコップを持って、咳をするたびに長い髪が乱れて背中に広がる。マリーの服を着たその人は、そして水を一息に飲み干すと、ようやく咳が落ち着いたのか大きく息を吐いて深呼吸をした。

「本当に、風邪だったのね」

 その様子を見て、シエラさんがひとり納得してくれる。あわてて、私も声をかけた。

「マリー、まだ寝てないとだめよ。シエラさんとは私がちゃんと話しておくからね」

 こくり、とうなずいて、マリーはそのまま店の奥へと消えていく。いかにも熱があるかのようにふらついた足取りで、彼女のお気に入りのワンピースを着た後ろ姿はこころなしか広い背中をしていた。



「……あなた、アレンね?」

 シエラさんとの打ち合わせを終えて、私は店に『close』の看板を下げて鍵を閉めた。

「その服を着ている人は、ほかにいないわ」

 店の裏口がいつもあいていると知っているのも、この店の人間とよほど親しくない限りわからないことだ。勝手に家に入って勝手に水を飲んで、我が物顔でふるまえる人は一人しかいない。

 なにより、その世界に一つしかない紫色のワンピースを最後に手にしたのは、彼だった。

「アレン、こっちを向いて」

「……そんなに怖い顔するなよ」

 長い髪はウィッグだったらしい。それを帽子のように外しながら、アレンは私を見た。

「助けてやっただろ。お礼くらい言えよ」

 長い髪のおかげで、広い肩幅やたくましい喉が隠れていたらしい。丈の長いスカートは脚のラインを隠してくれて、マリーによく似た後ろ姿を上手に作り出していた。

「……もしかして、町の人がマリーを見たって言ってたのは、アレンのことだったの?」

「エリーが店にいるときにほかのところでマリーが歩いてたら、双子がちゃんと町にいるってアピールできるだろ」

「なんで……」

「俺が気づいてないとでも思ってたのかよ」

 スカートの脚をがばりと広げて、アレンは床にあぐらをかく。腕を組むしぐさと、着ている服があまりにもミスマッチすぎて私はめまいがした。

「なんで二人一緒に店に立たないんだろう。なんでいつもどっちかが出かけたり風邪ひいたりしてるんだろう。なんでエリーが指を針で刺した跡が、マリーの指にも同じところになるんだろう」

「あ……」

「俺はすぐに気付いてたよ。マリーがいなくなったこと」

 ばりばりと乱暴に頭をかきながら、アレンが私を見上げる。

「なんで指輪してないんだよ。お前のために作ったのに」

「だって、マリーのために作ったと思ったんだもん」

「俺に打ち明けてほしくて、いろいろやったのに。エリーは全然気づかないんだもんな」

 おもむろに立ち上がって、アレンが私の首に手を回す。そしてネックレスを外して、予想通りといった表情で隠し持っていた指輪を手にした。

「マリーがいなくなったって知ったら、アレンがもう店に来なくなると思ったんだもん」

「なんでだよ。そういうときこそ、俺のこと頼れよ」

「だって、だって……」

 口ごもる私の頭を、アレンが撫でる。そのてのひらのあたたかさに、私は張りつめていた心がぷつりと切れたのを感じた。

「アレンは、マリーのことが好きだと思ってたんだもん」

 溢れ出す涙がとまらなくて、私はうつむいたままアレンのスカートの先を見つめた。

「店に残ったのがエリーだって知ったら、がっかりすると思ったんだもん。みんながマリーの服ばかり買うみたいに、アレンもマリーのためにアクセサリーを作ってたんだと思ったんだもん」

「だから、マリーの格好して、マリーがいるふりしてたのか?」

「『セシル』は二人じゃないとだめだもん。マリーがいないとダメなんだもん」

「せっかく自分だけの店になったんだから、好きなようにやればよかっただろ」

「そんな自信ないもん!」

 声をあげて泣き始めた私に、アレンがあきれたようにため息をついた。

「私は地味な服しか作れないもん。マリーみたいな服、作れないもん」

「別にマリーの真似しなくてもいいだろ」

「だってアレンだって私の服のこと……!」

「それはエリーが自分に自信を無くしてるから言ったんだ」

 うつむく顔を無理やりあげさせられて、わたしは涙でぐしゃぐしゃな顔のままアレンを見つめた。

「頑張れよ。ちゃんと俺が助けてやるから」

「だって……」

「お前の服、俺は好きだから。頑張って細かい刺繍してるの、いつも見てたから」

 傷だらけの私の指先を、アレンはその綺麗な手で、いたわるように撫でてくれた。

「不安なら、こうやって俺が、三人目のセシルになってやるから」

 言われて、私は改めてアレンの姿を見る。いくら彼が女顔だからといって、女性の服が似合うわけではない。気恥ずかしそうなその顔を見ていると、なぜだか急におかしくなってきて、私は涙が止まってしまった。

「なんだよ、笑うなよ」

「だって、なんかおかしくって」

「俺はエリーのことが好きだからこんな格好してるんだぞ」

 笑いの止まらない私に、アレンは赤い顔をして言った。

「指輪はエリーのためだけに作ったんだ。だから一つしか作らなかったんだよ」

 私の指に、彼が作った指輪をはめながら。



            END  


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― 新着の感想 ―
[一言] うわーん、きゅんきゅんしました。 可愛いなぁ。 1つだけ。 アレンが昔からエリーは妹扱い、マリーにはプレゼントを送っていたのはなぜだったのでしょうか。 昔はマリーが好きだったのか……!…
[一言] 小説読ませてもらいました。 三人目って誰だろうかと思っていたのですが、まさかあの子とは。 実は三番目の妹がいたという話かと思っちゃいました(笑) ハッピーエンドの話が大好きなので、このお…
2013/12/12 00:22 退会済み
管理
[一言] 初めまして。 作品を読ませていただきました。 エリーの心情が丁寧に描かれていて、とても素敵な少女小説らしい話だと思いました。 エリーのコンプレックスだとか、がんばりだとかに感情移入できて、…
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