第7話
画面の矢印をスライドさせると深海の待受け画面が現れた。初期設定のまま何も変わっていないのが分かった。
「おい、人の携帯勝手にいじるなよ!」
今度は深海が陽斗の手から携帯を取り上げる。
「…………」
行方不明者の写真もない。これでどうやって調べるのか。
陽斗は俯いた。ついさっき深海に啖呵をきった自分が恥ずかしい。
「月橋が見たいのはこれだろ?」
深海が陽斗の目の前に行方不明者の写真を出す。陽斗は顔を上げた。
「深海……」
陽斗は深海を見つめる。陽斗が情けない表情をしているのを見て、深海はふっと笑った。
「いいのか? 写真見なくて。警察より先に情報を手に入れるんじゃなかったのか?」
「も、勿論見るよ!」
そう言って、深海からスマートフォンを受け取った。奈瀬と頭を寄せて画面を覗く。
そこに写っていたのは、大人二人と何人もの子供たち。中央には人の良さそうなおじさんとおばさん。そして小学生から中学生くらいと思われる子供たちが、彼らを囲むように写っていた。
「これは……?」
「行方不明の男子高校生が以前通っていた施設だ」
深海の話を聞いて、陽斗は再び写真に視線を落とす。
子供たちの笑顔が並ぶその写真の端に、目線を合わせない詰襟の制服を着た中学生が写っていた。
「もしかして、その高校生って……」
「ああ。そいつだ」
そう言って深海が指差したのは、詰襟中学生だった。深海は写真の彼をズームする。少し伸びた黒い髪、虚ろな瞳、感情の分からない表情。写真しか見ていないのに、彼に対してネガティブな印象を持った。
「名前は諸星雄吾。現在高校三年生。幼い頃に母親に捨てられ、以降施設に預けられていた。だが、その施設は中学生までしか入れない決まりになっているそうで、それからは一人暮らしをしていたそうだ。アルバイトをして学費を稼いでいたらしい」
自分が経験したことも、考えたこともない苦労。陽斗はまじまじと中学時代の諸星を見つめた。
「そういえば、行方不明の捜索願い出したのって学校だったよね?」
奈瀬が深海に訊ねる。
「ああ。初めは無断欠席だと思ったらしいが、三日経っても登校してこなかったため、担任が家を訪問したらしい。中にいる様子もなかったが、一応管理人に鍵を開けてもらったらしい。それで本当に中にいないことを確認してから、担任が学校に連絡。学校側が警察に届け出たという話だ。先ほどのおじさんの話だと、その担任が心当たりを捜してから警察に届けたらしいがな。通常、行方不明事件は本人の意思、つまり家出などの可能性が高いため、捜査はほとんど行われない。だが、今回は血痕のついた傘がこの美竹公園に落ちていたため、事件性ありとして捜査されている」
陽斗は深海の話を聞いて、眉根を寄せて腕を組む。
「あのさ、この事件って本当に犯人がいるの? 自殺ってことは考えられないかな?」
深海はそう話す陽斗を一瞥してから、逆に質問を返す。
「月橋はどう思う?」
深海の逆質問に戸惑いながらも、陽斗は頭の中を整理した。
「おれは……、自殺の可能性は少ないと思う。これだけ警察が捜していて遺体が出てこないのはおかしい。それに血のついた傘を残して自殺することも考えにくい……。だけど、彼が自殺を図る理由はあると思う。だから自殺の可能性を全て消し去ることはできない」
深海は陽斗の回答を聞き、次に奈瀬に視線を移した。
「奈瀬さん……だっけ? どう思う?」
奈瀬は少し考えてから口を開いた。
「そうね……。わたしは自殺じゃないと思う。月橋くんの言う通り、これだけ警察が捜索しているのに遺体が出ないのは不可解。それに、諸星くんは最終目撃のちょっと前に近くのコンビニで飲み物を買っている映像が監視カメラに映ってたって聞いてるし。自殺しようとする人が直前に飲み物なんて買うかな……? しかも、アルバイトのシフトはその日も、その日以降も入ってたんでしょ? アルバイト先は渋谷って聞いたから、これからそこへ向かう時だったんだと思うよ。アルバイト先では問題があって店長と揉めてたって聞いてるけど、だからって自殺しないんじゃない? よって、自殺じゃないと思う!」
陽斗は思わず息を呑んだ。自分の知らない情報を奈瀬が沢山持っていることに驚いたのだ。
「奈瀬さんよくそんなに知ってるね」
陽斗がそう言うと、奈瀬は二、三回瞬きをして見せた。
「これくらいの情報、テレビのニュースで言ってたよ。まあ、今の話の中には世間に公開してない情報も入ってたけど」
奈瀬はしれっと言ってから、深海に笑顔を向ける。
「で、深海くんはどう思ってるの?」
「俺は自殺の可能性はないと思っている。奈瀬さんが言ったのと同じ。でも、本人が生きていて、どこかに逃げ隠れているという可能性はあると思う。毎日に嫌気が差したとか。まあ、この可能性もかなり低いと思うが。警察がその線でも捜索しているから、一ヶ月経っても見つからないなんて考えにくい。所持金が少なそうだから、そんなに遠くに行けるとも思えない。誰かに唆された可能性もあるが、おじさんの証言によると諸星の他に人はいなかった。ということはその可能性も低い。……血がついた傘を残して瞬時に姿を消した。一体どういうカラクリになっているのか……」
風がより強くなり、一気に冷たくなってきた。四月上旬はまだ冷える。
「深海、その諸星くんの写真、おれに送ってくれる?」
「ああ」
深海はあっさり了承してくれた。
彼のスマートフォンは赤外線が使えなかったため、深海のアドレス情報の二次元バーコードを陽斗が読み取った。その後、陽斗が深海にメールを送信する。そして深海から諸星の写真を入手した。奈瀬も同じようして写真を受け取った。
その写真を元に公園にいる子供たちとその母親にも諸星についての話を聞いてみたが、有力情報は何も得られなかった。
空が暗くなり、渋谷の光が眩さを増していく。
「今日はもう暗いし、二人とも帰った方がいい。俺も寄るところがあるし」
深海に言われて、三人は駅へ向かった。
「じゃあ、俺はここで」
深海は半蔵門線に乗るらしく、地下鉄行きの階段を下りていった。彼の背中を眺めながら、奈瀬が横で笑顔を見せる。
「深海くんって、もっととっつきにくい感じだと思ってたけど、意外といい人そうだね!」
「そうだね」
陽斗も彼女と同じことを思っていた。明日、学校で深海に会うのが今から楽しみで、思わず微笑が零れた。