第5話
「どうだったかな、日本の高校は」
「初日では分かりませんよ」
深海聡一と書かれたプレートには、警視総監の文字も併記してあった。そのプレートが置かれた席に座る相手を前に、深海諒は物怖じすることなく、対等にその場に立つ。
「それより……、例の事件はその後どうなっているんです? 進展はあったんですか?」
深海聡一は手を組んで、両肘を机につけた。
「そのことだが……、実はあれから全く進展がない。こんなにも情報……、手がかりが少ないのは初めてだ。何せ、事件が起こったという事実以外、ほとんど分かっていることはないのだからな」
「…………」
深海聡一は小さく溜息をついてから息子の顔を見上げる。
「神隠し……。そういう者もいる」
諒は眉を顰めた。
「私も馬鹿馬鹿しいと思っている。こんなに科学が発達した世の中に神隠しなんてそんなことあるはずない」
深海聡一は黒い椅子から席を立つ。そして息子の横で立ち止まった。聡一は彼の右肩に軽く手を乗せる。
「……昼食まだだろう? 久しぶりに二人で食事をしよう。その後、渋谷の所轄にも挨拶に行った方がいい。そこで詳しい話を聞けるだろう。その際は諒に誰か付ける」
「ありがとうございます」
諒はそう言って頭を下げる。
視線を戻すと、正面の窓が目に映った。諒は青々と澄み渡る空を無情に見つめ、警視総監室を後にした。
*
(今日は深海の後をつけてみよう)
奈瀬とスタバで深海について話した翌日、陽斗はそう決めていた。
あの後、陽斗は家に戻ったものの、深海のことが気になって、好きなRPGさえも手につかず、テレビをつけてぼーっと眺めていた。そこでは、奈瀬のお父さんが追いかけているというマジシャンのカルマが華麗なマジックを披露していた。だが、どうしても落ち着かない。心がざわつく感覚。深海という人物に対する興味だった。
始業五分前に教室に入ると、ほとんどの生徒はそこにいた。深海も、奈瀬もだ。
「おはよう!」
陽斗が挨拶するより先に奈瀬が笑顔で声をかけてきた。
「おはよう」
陽斗がそう言ってバッグを机に下ろし、椅子に座る。
左隣の深海を陽斗はちらっと見たが、昨日読んでいた本の続きを読んでいた。特に変わったところはない。
「あのさー」
奈瀬が囁きながら陽斗の肩を突く。椅子の後ろ脚を軸足に陽斗は椅子ごと体を傾けた。
「まだまだ謎が多い深海くんを調べるために、今日彼をつけてみようと思ってるんだけど、一緒に来る?」
陽斗は正面を向いていた体を奈瀬の方に捻る。
「凄いシンクロ! おれも今日深海をつけてみようと思ってた! だけど、奈瀬さん。深海のことは新聞に掲載できないんでしょ? 後をつけて深海のことが分かったとしても、新聞に書けないんだよ。なのに、どうして?」
陽斗も低い声で囁く。すると、奈瀬はふっと笑みを漏らした。
「新聞部の一員としてではなく、奈瀬冴歌としての完全なる興味だよ。深海諒に対するね」
二人が深海を尾行する目的で結託していることを、当の深海は最も近い場所にいて知る由もなかった。
陽斗は昼食を奈瀬と一緒に食堂でとった。椅子は山ほど用意されているのに、そこは生徒で溢れていた。食堂棟は一部ガラス張りになっていて、校内がよく見渡せる。床はダークグレーの木製でニスか何かで艶出しされ、天井に備え付けられた照明は黒い淵のゴシック調。洗練された雰囲気が漂う。
入口を入ってすぐにあるディスプレーを見てから、今日のメニューを決める。陽斗は日替わり定食、奈瀬はボロネーゼスパゲッティーの食券を買い、それぞれの列に並んだ。
二人で空いている席を何とか探し、やっと腰を下ろす。そこは長机のため横に他の生徒がいるが、一つ席が空いているため、それだけで少し落ち着く。
「深海今日どこに行くのかな? もしかして家だったりして」
「それはないんじゃない? だって神隠し事件を捜査するために戻ってきて、早くも引きこもりなんてありえないでしょ。きっと所轄に行くか、現場に行くかだと思うよ。まあ、恐らく所轄には昨日行って情報を取っているだろうから、今日も現場で見落としがないかとか再チェックでもするんじゃない?」
陽斗の質問に答えてから、奈瀬はフォークに巻きつけたパスタを口に運んだ。
「尾行なんて初めてだけど、バレないかな」
陽斗が呟く。周りの騒音の中に小さく零れ落ちたその言葉を、奈瀬は逃すことなく拾った。
「渋谷なんて人ばっかりなんだから心配いらないよ。それに、バレても二人でカラオケ行く途中だったんだ、とか、深海くんこそヒトカラするの? とか言っておけば、向こうはそれ以上何も言わないよ。多分ね」
(奈瀬さんがいると凄く心強いな……)
陽斗は一人感心していた。