第38話
昼少し前頃、黒い車がマンションの前に止まった。
「カルマが乗ってる車だ!」
洋一が意気込んでカメラを構える。
車からは茶髪の青年が出てきた。ジーンズをブーツインしていて、お洒落に洋服を着こなす彼は異世界の人間とは思えなかった。
マネージャーはそのまま車を駐車場に運んで行った。カルマはその間マンション横に植えられた花々を前に目線を合わせる。住宅が集まるこの辺りは、そんなに人通りはなかった。
「いくぞ!」
洋一は先陣を切って木の陰からカルマ目がけて飛び出した。三人もそれに続く。
カルマは花壇に咲く黄色いパンジーに優しく手を添えていた。だが、複数の足音に気づいて急いで立ち上がり、体を捻る。そして捉えた映像に息を呑んだ。
「――――ランド様!?」
カルマはランドを見つめ、その瞳を大きく広げながら、一歩後退した。
洋一はそんなカルマの様子に構うことなく、カメラの画像を近づける。
「カルマ! 白状しろ! 俺はちゃんと写真にも収めてんだよ! あんたが魔法使いだって証拠をな!」
マネージャーの木本が声を聞いて、血相を変えて向かって来る。
「一体何なんですか、あなた方は!」
木本は洋一のカメラの画像を一瞥してから、彼のカメラを掴んだ。
「おい! 何すんだよ!」
木本の行動を止めようと、冴歌とランドは彼を抑え込もうと両手を掴む。木本はそれを振りほどこうと横にいたランドを肘であしらった。それが見事ランドの左腕に直撃。
「やめろ!」
カルマはそう叫び、攻撃を受けたランドの腕を手に取った。
「ランド様、大丈夫ですか? マネージャーの木本がとんでもないことを致しました。非礼をお詫びいたします。……ここでは何ですから、部屋へどうぞ」
「お、おう」
ランドは深海と冴歌に目を向けてから、マンションに入っていくカルマの後に続いた。
木本と洋一は事情が呑み込めず、暫く二人で見つめ合っていたが、すぐに四人を追いかけた。
カルマたちの部屋はマンションの七階にあった。
「どうぞ」
部屋はメゾネットタイプで、インテリアがお洒落な高級感のある部屋だった。
カルマはキッチンに立ち、すぐに全員分のコーヒーを用意する。
芳醇な香り漂うブラックコーヒー、それにミルクと砂糖をテーブルに配置し、カルマは席に着いた。ランドたち三人はカルマ同様椅子に座り、残り二人はソファに仲良く座らされた。
「……本当に先ほどは申し訳ありませんでした」
カルマが深々と頭を下げる。
「いや、別にいいよ! そんなに謝るなよ!」
ランドは慌てながら、彼の頭を上げさせた。
「こっちはフカミ、こっちはナセだ」
ランドは隣に座る深海と、カルマの隣に座る冴歌を紹介した。二人は軽く会釈をする。
「カルマ、いつからこっちにいるんだ?」
ランドのこの言葉を聞いて、木本が立ち上がった。
「ま、まさか……、君も向こうの世界の人なのか!?」
木本の言葉に、ランドは素直に頷いた。
「え、月橋くんも魔法使いだったのか!?」
洋一も立ち上がり、ランドと冴歌を交互に見つめる。
「パパ、ごめんね。彼ね、月橋くんじゃなくて、ランドくんって言って、こことは違う世界の人なんだ」
洋一は口を開けたまま、すとんとソファーに腰を下ろした。
「私は一ヶ月ちょっと前くらい前からこの世界にいます。ライレーンに見たこともない小屋があって、興味本位で中に入ったんです。それで梯子を上って二階に行ったら急に小屋が揺れ出して、鏡に手をついたらこの世界にいたんです」
(一ヶ月ちょっと前は諸星が行方不明になった時期と重なる……。まさか諸星と入れ替わりでカルマさんが来たのか?)
深海は眉間に皺を刻みながら、顎に手を当てる。
「こっちの世界に来た時、公園にいました。雨が降っていて体がびしょ濡れになって、その場がどこなのかも分からず、何もできなくて、ただ寒くて震えていたんです。そんな時、偶々そこにいた木本さんが私に傘を差してくれたんです。雨の中で傘も差さず、ローブを纏ったこんな変人に……」
カルマが優しい笑顔を木本に向けた。
「あの、カルマさんがマジシャンとして活動しているのは、木本さんに助けられたからですか?」
冴歌がコーヒーにミルクを足してかき混ぜながら、カルマに訊ねる。
「最初にマジシャンをしようと思ったのは、それが理由です。木本さんに助けられて、恩を返したかった。私が売れれば、木本さんも喜ぶと思いましたから。でも、実際にマジシャンとして仕事をして、自分の魔法でこれだけ沢山の人が笑顔になるんだと思ったら嬉しくなって。最近はそれがモチベーションになっていました」
カルマはそれからふと表情を変化させた。
「私、向こうではあまり魔法も使えず、所謂落ちこぼれだったんです。魔法なんて大嫌いでした。初歩的なものしか使えない。魔法には才能が必要なんです。でも、あの世界は魔法以外は認められない。魔法で成り立つ、魔法が全ての世界でした。だからこそ、魔法のないこの世界が私には輝いて見えた。みんな魔法に頼らず、自分の力で何でもこなしている。だから、向こうへ戻る方法も探しませんでした。もうこの世界で生きていくつもりでいましたから」
カルマはそう言って自分のコーヒーに口をつけた。
「そっか……。オレはあの世界は平和で、みんな過ごしやすい所だと思ってると思ってた。だけど、違ったんだな。確かにあの世界は魔法で成り立ってる。だけど、魔法が全てではないとオレは思ってる。だけど、もしそうじゃないなら、これからそうしていかなくちゃいけないな!」
ランドはニカッと笑った。
そこでインターホンが鳴った。全員の注目が玄関の方へ集まる。
『宅配便でーす』
木本が不思議そうな顔をして玄関へ向かう。すると、鍵を開ける音がして間もなく、彼の叫ぶ声が皆の耳に届いた。




