第36話
奈瀬は流れくる言葉を聞き漏らすことのないように、携帯をきつく耳に当てていた。
『実はカルマは魔法使いだったんだ!』
(――――――っ! カルマが魔法使い!?)
奈瀬の顔を不思議そうに見つめてくる三人を見て、彼女は若干慌てた。
(パパの言ってることが本当だとすると、カルマは向こうの世界の人間――。深海くんとランドくんはいいけど、日下部さんにバレるとめんどくさいことになる。今はこの内容を三人に悟られちゃダメだ……!)
「へぇ、凄いね! 後でまた連絡するから」
『え、ちょっと冴歌! 冴――』
奈瀬は父がまだ話していたにも拘らず、電話を切ってしまった。
「どうかしたかぁ?」
隣に座る日下部が奈瀬に目を向ける。しかし、彼女は慌てて首を横に振った。
「別に何でもないよ! 友達に彼氏ができたんだって! めでたいことだよね!」
「そりゃ、めでてぇな! その子んち行って祝ってやるか?」
「いや、その必要はないと思います!」
どことなく不自然な様子の奈瀬に深海は懐疑の目を向けていた。
奈瀬は腕時計を見てから、気づいたように声を上げる。
「もうこんな時間! 日下部さん、漫画家って大変な職業みたいですから、そろそろ戻らないと締切間に合わないんじゃないですか? それに、夜もバイトなさってるんですよね? だったら、尚更もう戻った方がいいですよ!」
「お? おう……」
日下部は訳が分からないまま奈瀬に丸め込まれ、四人は会計を済ませてファミレスを出た。
「今日は貴重な時間をどうもありがとうございました」
深海が礼儀正しく頭を下げる。
「ホント助かりました! それじゃあ、また!」
まだバイクに乗ってもいない日下部に奈瀬が手を振る。失礼極まりない。
「……じゃ、じゃあな」
日下部はヘルメットを被って、首を傾げながらバイクに乗って行ってしまった。
ランドは彼の姿が見えなくなるまで、手を振り続けている。
「ふぅ……」
奈瀬が息を吐いたのを一瞥し、深海が鋭利な瞳を向ける。
「あの電話、一体誰からだったんだ?」
「あれはパパから。というか! そもそもこんなにわたしが疲れてるのは深海くんのせいなんだからね! 日下部さんが付いてきて、万が一ランドくんがこの世界の人じゃないってバレたらどうするつもりだったの!」
息をつく暇もなく、奈瀬は言葉を吐きだした。直後、彼女はすっきりした表情を見せる。
「最初は俺もどうするかと思ったが、日下部さんには何を言っても同じだと思った。付いてくるなと言っても、あの人は付いてくる」
「…………」
「そう考えたら、あの場で彼の言うことを否定するのは逆効果だ。付いてくるなと言ったら、意地でも付いてくる。付いてきてもいいと言っておいて、後で巻けばいい」
「……な、なるほど」
奈瀬が感心したように何度も首を縦に振った。
「それで、お父さんは何と?」
深海が腕を組んで、奈瀬に説明を求める。
「わたしのパパ、ある雑誌で記事書いてるの。よく電車の広告に載ってるような、芸能人の暴露話みたいなやつ。で、今、最近よくテレビに出てる凄腕マジシャンのカルマをマークしてて。そうしたら、実はカルマは本当の魔法使いだってパパが電話してきたの!」
奈瀬の話に、深海とランドはお互い顔を見合わせた。
「あのさ、それってオレと一緒ってこと?」
ランドが自分を指差す。
「もしパパの話が本当だったらね。電話途中で切っちゃったから、詳しく聞いてみるよ」
奈瀬は再び携帯を手に、父親へコールした。
*
「カルマ、何にもないところで杖を持ったら駄目だって何度言ったら分かるの」
カルマのマネージャーである木本修二は、車を運転しながら溜息をついた。フロントミラー越しに後部座席を覗き込む。
「だって、あそこの花壇だけ水が行き届いてなくて、可哀相だったから」
カルマは横の座席に置いてある杖を見つめた。
木本はカルマの回答を聞いて、再び溜息をつく。
「誰も見てなかったから良かったものの、もし誰かに見られでもしたら大変なことになるんだからね? 肝に銘じておいてよ?」
「はい……」
カルマは頷いて、窓に映る景色に目を移した。




