第34話
「お父様は何も答えてくれなかったのだけれど……、イルート人を殲滅した理由はエスディアを脅かすからではなく、エスディアが彼らを排除したかったからというのは本当?」
リリィの不安そうな顔を見て、おばあさんは立ち上がって彼女の手を取った。
「リリィ、よく聞くんじゃ。イルート人が神の御加護を受けた民族だとして疎まれていたというのは本当じゃ。彼らの民族を滅ぼしたのもエスディアと三国。それも真実じゃ。じゃが、勘違いをしてはならん。イルート人の若者が自分たちの力を誇示するために数人でエスディアの小さな村を襲い、全滅させたのが事の始まりなんじゃ。それを知ったエスディアの一部の民がイルート人を襲った。そして復讐の連鎖が始まった。じゃが、この復讐を断ち切るには、誰かがどこかで止めなきゃならん。その連鎖を断ち切るために、エスディアと三国が取った行動が、イルート人の殲滅じゃ。民族を皆殺しにしてしまえば、エスディアを恨む者たちを一掃できるとな。じゃが、それはやり過ぎじゃった。罪もない人たちの命まで奪った、明らかな過ちじゃった。エスディア、それと三国の王……おぬしたちの父親は、その過ちという名の十字架を背負って生きているんじゃ」
リリィはおばあさんから目を逸らして俯いた。リゼルはそんな彼女を一瞥して、おばあさんに話しかける。
「その罪を今後エスディアと三国が責任をもって償っていかなくてはいけない。お父様方がその罪を背負って生きているのは分かりました。ですが、教科書にはそんなことは書かれていなかった。イルート人が悪者で、それを成敗した英雄エスディアと三国という分かりやすい構図ができあがっている。なぜ真実を隠蔽するんですか」
おばあさんはリリィから手を離し、席に着いた。その表情はどこか落ち着いていて、三人を諭すような、そんな雰囲気がある。
「それはこの世界を平穏に保つためじゃ。真実を明かしてしまうと、エスディアに対する不信感を民に与えてしまう。そうすれば、エスディアを裏切る者が現れる可能性がある。それにより幾つもの意味のない争いが生まれてしまうかもしれん。それだけは避けなければならんかった。世の中には、真実ばかりが溢れているわけではない。知る必要のない真実もある。世の中の情報を操作することもまた、平和を守るために必要ということじゃ」
(おばあさんの言ってることは正しいと思うけど、本当にそうすべきなのか……?)
陽斗はリゼルとリリィを見つめた。だが表情からは、一国の王子王女である彼らが何を考えているのか読み取ることはできなかった。
「分かったわ、おばあ様。本当にありがとう。今日はもう夕刻ですので、明日ライレーンに旅立つことにするわ」
翌日、変わらない雨の中、三人はライレーンへと旅立った。
「昨日おばあさんが言ってた三人の原点って、もしかしておれがあっちの世界からやって来たあの小屋のことかな?」
フェリアに跨りながら、陽斗が二人に話しかける。彼の質問に答えたのは、いつも通りリリィだった。
「多分そうだと思うわ。おばあ様は確かにおぬしたち三人と言ったわ。つまり、ランドではなく、ハルトとリゼルと私の三人の原点よ。三人が最初に会ったのはライレーン城だけれど、原点と言われると違う気がするのよね。ハルトがこの世界に来た。そこから私たち三人が始まった。そう考えると、やはり三人の原点はあの小屋だと思うの」
彼女の話にリゼルも首肯する。
「やっぱりそうだよね」
陽斗はそう呟いてから、今度は暫し逡巡してから二人に別の質問を投げかけてみた。
「……昨日のイルート人の話だけど、二人はどう思ってるの? 今真実を隠すと、偽の真実が世の中に浸透して、それが本当の真実になると思うんだけど、二人はそれでいいと思ってるの?」
「………………」
二人は黙ったまま、リゼルは正面を向き、リリィは伏し目がちに下を向いた。
「……ハルトはどう思っている?」
リゼルが前を向いたまま、陽斗に聞こえるように叫ぶ。
「…………おれは真実を明らかにすべきだと思う。一度隠蔽してしまったら、その他のことも都合が悪くなると隠蔽する癖がつくから。それに、歴史は繰り返しちゃ駄目だと思うから、過ちは潔く認めて次に繋げた方がいいと思う」
「仮にそれが次の無意味な争いを生んでもか?」
リゼルの言葉に陽斗は詰まってしまった。おばあさんが言ったことを正しいと感じてしまっている以上、それを超える反論が思い浮かぶはずもなかった。
リゼルはそんな陽斗の様子を一瞥して、軽く息を吐く。
「俺はリリィのおばあ様が仰ったことは最もだと思う。世界の平和を守るためには情報操作も厭わない。……だが、ハルトの言うことも分かる。これから俺たちが王位を継ぐにあたって、この世界をどんなものにしていきたいのか。それを考える上で、この件は非常に重要な意味を持つ」
「そうね……」
リリィも小さく呟いた。
「すぐに答えが出る問題だとは思っていない。もう少し時間をかけて答えを導き出しても遅くないと思っている」
リゼルはそう言って微笑した。
思考を優先しそうなリゼルが、感情との間で葛藤をしている。その様子を見て、陽斗は妙にほっとした。




