第33話
ディノスが刑魔所に収監される当日、陽斗たち三人は水の国リヴァレルへ出発した。リリィの提案で、占い師をしている彼女の祖母に今後の行動を占ってもらうことにしたのだ。よく当たる占いらしい。
ダークウォーツが壊れたことによって解放された闇。それを何とかしなければこの世界が消えてしまう。水位も上がり、既に大陸の外側は沈んできていた。
リゼルの介抱のお陰ですっかり元気になったティルと、フェリアに跨り、リヴァレルに向かった。リリィの精霊魔法で降りやまぬ雨が三人を避けてくれる。
「刑魔所って悪いことした人が閉じ込められている場所のことだよね?」
陽斗の質問にリリィが首肯する。
「刑魔所はエスディア大陸の下の方にある氷に閉ざされた小さな島なの。その周辺は寒いわけではないのだけれど、なぜかその地だけ極寒の地になっているのよ。不思議でしょ? この世界の中心はエスディアだけれど、地理的な本当の中心はこの刑魔所だと言われているわ。そこには騎士団と呼ばれる人たちがいて、彼らが凶悪犯たちを取り締まってくれているの。Aランク以上の者しかなれない、所謂エリートよ。それより……」
彼女は渋面を作った。
「『最後の黙示録』読み終わったの。……この本は昔の有名な占い師ケルヴィン=クラークが書いた預言書だったのだけれど、まさに今のことが書かれていたわ。ダークウォーツの適合者が現れて、世界を闇に導く。そのまま世界は闇に蝕まれ、無に返る」
「それって凄くマズいんじゃ……? この世の終わりってことでしょ? どうにかしないと!」
陽斗が心配そうに口を動かす。
「だから今からリリィのおばあ様にお話を伺いに行くんだろ?」
陽斗はリゼルを見て頷いた。
水の国、リヴァレル。水資源が豊富で、正面には大きな噴水があり、そこから城の至る所に水が張り巡らされていた。
本当ならさぞ美しい国だろうに、今はあちこちが水浸しになっていた。
「ただ今戻りました」
リリィが城に足を踏み入れる。従者たちがすぐに彼女に駆け寄り、頭を下げる。彼女は彼らに笑顔を向けるとすぐに父親の元へと向かった。王もこちらへ近づいて来る。
「リリィ、それにランド殿、リゼル殿、今回の働きご苦労であった。暫しゆるりとしていって下され……と言いたいところだが、今世界に異変が起きているのは火を見るより明らか。悠長にしている暇はない。……ばあ様に会いに来たのであろう?」
「はい」
リリィは首を縦に振った。
「ばあ様もリリィを待っている。早く行ってやりなさい」
「ありがとうございます。……それともう一つ」
リリィは少々躊躇ってから、それでも王を真っ直ぐに見据えて言った。
「十四年前のイルート人殲滅ですが、本当はイルート人は悪事を働いたわけではなく、彼らの能力を恐れたこの世界が彼らを死に追いやったのではありませんか? 正義を捻じ曲げて歴史を都合のいいように作り上げてしまったのではありませんか?」
王は彼女の言葉に驚愕したような表情を見せ、すぐに言葉を吐き出した。
「お前には関係ない。知らなくていいことだ」
「それはつまり、認めるということですか!?」
「ばあ様が待っていると言っただろう! 早く行きなさい!」
半ばリリィは部屋から追い出された。陽斗とリゼルは若干王を睨みながらも、会釈をしてリリィを追う。
緩い螺旋階段を一つ上り、右から二番の部屋をノックした。少しして、とんがり帽子を被った背の低いおばあさんが姿を現す。
「そろそろ来る頃だと思っておったよ。さあ、中へ入りなさい」
おばあさんに通された部屋に入ると、カーテンが閉められ、紫の照明だけが鮮やかに部屋を照らしていた。
(まるでお化け屋敷……じゃなくて、占いの館そのものだな)
若干不気味な雰囲気を醸し出すその部屋を見回しながら歩いていると、陽斗はいきなり大声で怒鳴られた。
「こら、ランド! そこを踏むでない!」
「す、済みません!」
陽斗は勢いよくその場から飛び退いた。言われて床をよく見ると、魔法陣らしきものが部屋に中心に描かれている。
部屋の奥にある椅子に四人は腰を下ろした。
「……で、ここに来たのは、この世界を救う手立てを知るためじゃろ?」
「はい。おばあ様の洗練された占いで、今後私たちがどのように動くべきなのか占っていただきたいのです」
「分かった。じゃ、そこに座っておれ」
おばあさんは立ち上がり、ロッドを持って描かれた魔法陣の中心に立った。すると、おばあさんを中心に魔法陣が現れ、既に描かれていた魔法陣と外円が重なった。おばあさんが目を閉じて一分ほど念じる。すると、床の魔法陣も光りだし、二つの違う魔法陣から放たれる光がおばあさんを包んだ。光が徐々に強くなり、目も開けていられないほどになると、光が急に消滅した。
「ふぅ。分かったわい」
おばあさんは再び座っていた椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「ライレーンへ向かうことじゃ」
「ライレーン?」
「そうじゃ。ライレーンにはあるのだろう? おぬしたち三人の原点にあたる何かが」
おばあさんの言葉に三人は顔を見合わせた。
「そこへ向かうんじゃ。そこに行けば、きっと何かが掴めるはずじゃ!」
「……それだけ?」
陽斗は言ってすぐ手で口元を抑えた。おばあさんの瞳が細くなり、眉が吊り上る。
「『それだけ?』とはどういうことじゃ? それだけあれば十分じゃろ」
「……いや、あの、何かもっと具体的に、どこへ行ってどうすればこの世界を救えるのか教えてもらえるんだと思って」
おばあさんは深く息を吐いた。
「相変わらずランドは頭が悪いな」
(うわ! このばあさんめっちゃ失礼だ! だって、よく当たる占い師だって言うから……)
陽斗はそんなことを思いながら、おばあさんの話を聞いていた。
「確かに昔超凄腕の魔法使いがいた。ケルヴィン=クラークという男じゃ。その方は、ランドの言うとおり、具体的に物事を占って見せた。だが、彼は何千年に一人の逸材じゃ。わしがその方と同じように占えるわけがなかろう」
「そのケルヴィン=クラークって人が『最後の黙示録』という本を書いていて、現状をそのまま占っているんです。その本によると、この世界はもう助からないって言っているらしいんです! そんな凄腕の占い師が書いてるんだったら、それが本当になってしまうかもしれないですよね。だから、この世界を救うために具体的行動の提示が欲しかったんです!」
「バカ者!!」
おばあさんに怒鳴られ、陽斗の脳の温度が下がっていく。
「お前さんの言いたいことも分かる。じゃが、ランドは今『それが本当になってしまうかもしれない』と言った。その通りじゃ。かもしれないんじゃ。じゃが、そうじゃないかもしれない。占いは所詮占いじゃ。このままだとそうなってしまう。その未来を変えたいのであれば、変える努力をする。そうすれば、確実に未来は占いとは違った結果が現れる。占い師は占いを通じて、人々に未来を変える手助けをしているに過ぎない。占いがおぬしたちにしてやれるのは、ここまで。後はおぬしたち次第ということじゃ」
陽斗はおばあさんが真剣に語るのを見て、胸が熱くなった。
(未来を変えるのは、おれたち次第……!)
「おばあ様、ありがとう」
リリィはおばあさんに微笑んだ。
「……それともう一つ。占いではないのだけれど、訊きたいことがあるの」
リリィは姿勢を正して、おばあさんに体ごと向けた。




