第31話
日下部はアイスコーヒーを飲みほして、乱暴にグラスをテーブルに置いた。
「俺は施設にいた時からずっとあいつを気にかけてた。何せ、誰にも心を開こうとしなかったからな。……あいつは幼い頃駅で親に捨てられた。すぐ戻ってくるからちょっと待っててと母親に言われ、ずっと待ってた。よく聞く手口だ。勿論母親は戻ってこない。駅にずっといる諸星を見て不思議に思った警察が保護したが、母親は見つからず、あの施設に入ることになった。まだ小学校入学前だ。俺はあいつの五つ上だから、既に施設にはいて。だから、あいつが施設に来た日のことはよく覚えてる」
日下部は席を立って、新しいグラスにコーラを注いできた。そしてそれを一口口に含む。
「おばさんが警察から諸星を引き取って施設に連れてきた時、あいつはどこを見てるか分からないような、虚ろな目をしてた。俺はあいつが気になって、何度も話しかけた。けど、一切話そうとしない。完全に心を閉ざしてた」
ランドは運ばれてきた食事を全て平らげ、水を飲みほした。
「諸星に『そんな母親のこと忘れろ』と言ったことがあんだけど、そん時だ。あいつがガチ切れしたのは。泣き叫び、俺を殴ってきた。まだ小さくて力もなかったから、止めるのは簡単だったけどな。で、あいつの腕を掴んだ時、袖が捲られて、俺は見たんだよ。煙草を押し付けられたような跡や青紫色に腫れた痣を……」
「虐待……?」
奈瀬の言葉に日下部は表情を歪め、頷いた。
「ひでー話だよな。虐待する親に捨てられ、それでも自分が悪いと責め続ける子供。何だか無性にやるせなくてよ」
日下部はその時のことを思い出しているのか、唇を噛んだ。
「諸星が小学校三年生になって、今までの苛めが突然エスカレートしたんだ。俺は不思議に思って、あいつの同級生の女の子に話を聞きに行ったことがあったんだが、それであいつが親に捨てられた理由、学校で苛められる理由が分かったんだ」
日下部は一度区切って息を吐いた。
「あいつには特殊な才能があったんだ」
「特殊な才能?」
深海が神妙な顔で繰り返す。
「ああ。どうやらそれまではあの暗さが苛めの原因だったようだが、理科の実験でアルコールランプやマッチを使う時、あいつが触ると炎の勢いが強まったり、同じだけ蛇口を捻ってもあいつの時だけ勢いよく水が噴き出したそうだ。それで諸星は呪われてんだーとか言って苛められて。その他にも、あいつが一言嫌だと言ったり、そういう素振りを見せると、例えば運動会が豪雨で中止になったり、嫌いな奴が転んで怪我したり……。そういうことが散見されるようになったらしい。ま、さすがに怪我するんじゃ、それが恐ろしくて苛めはなくなったみたいだけどな」
「…………それって偶々じゃ?」
奈瀬が遠慮がちに口にする。
「俺も偶然に偶然が重なったんだと思って、施設に戻ってマッチを擦って、諸星にそれを渡したんだ。そしたらそれまで消えそうだった炎が勢いよく燃え始めて。で、俺は諸星が親に捨てられた理由を悟ったんだ。親はあいつの特殊な能力を気持ち悪がって虐待し、最後に捨てたんだ……。諸星が自分の世界に閉じこもる理由、親に捨てられた理由、学校で苛められている理由、その全てがその特殊な能力で繋がったんだ」
昼時が過ぎて客の少なかったファミレスに、今度はスイーツ目当てに入ってくる客が増えてきた。周りががやがやと騒がしくなり始める。
「日下部さんは諸星のことをどう思っているんです?」
深海は冷めた紅茶を口に運んだ。
「どうって……。正直、諸星の力は科学では証明できないもんなんじゃねーかと思って。だったらアレは何か、と冴えない脳みそで考えたら、やっぱ魔法か? とか思ってさ。ま、あいつがただの人間じゃなくても、俺はあいつが好きだし、この先も関わっていたいと思う。……あんたらは今諸星の行方を捜してるんだったな?」
三人は同時に頷いた。
「だったら決まりだ! 俺もあいつが今どうしてるのか、どこにいるのか気になる。俺とあんたらの目的は一緒だ。だったら、俺も協力するし、あんたらの行くところに付いていく!」
「………………」
「なに渋ってんだよ?」
眉間に皺を寄せ、片眉を吊り上げる日下部。
「まさか、これだけ俺に話させといて、切り捨てるなんてことするわけねーよな?」
(めちゃ怖! ヤクザか! 日下部さんが付いてくると、ランドくんが異世界から来ちゃったことがバレちゃうんだよ!)
奈瀬は何とかいい切り返しを考えてみたが、残念ながら思い浮かばなかった。
(深海くん!)
奈瀬は彼に熱い視線を送った。深海がどうにかしてくれることを祈って。ランドはとっくに深海しか見ていなかった。
しかし、深海は奈瀬の期待をいとも簡単に裏切る。
「……日下部さんには協力してもらいましたし、諸星の居場所を突きとめたいという意思は俺たちと同じです。……人数は多い方がいいですし、一緒に諸星を捜しましょう」
「おうよ!」
日下部がガッツポーズを見せる。
(え~! ホントにいいの!? わたし知らないからね!?)
奈瀬が呆れた顔で深海を見つめていると、彼女のブレザーのポケットからバイブ音が聞こえた。急いで取出し、誰から来たのか確認する。
「……何だパパか」
奈瀬はそう呟いて、その場で電話に出た。
「もしもし?」
『冴歌! 父さんはやっと尻尾を掴んだぞ!』
「え!?」
『カルマの尻尾を捕まえたんだ!』
携帯を耳に当てながら驚く奈瀬の様子を三人は不思議そうに眺めていた。




