第3話
奈瀬が変なことを言うものだから、陽斗はそれが気になって頭の中がぐるぐるしていた。深海と奈瀬は一体何者なのか。
(それにしても随分と濃いメンバーのいるクラスになったな……。得体の知れない人物が二人もいるなんて……)
いつも通り誰の話も耳に入れることなく、始業式は終わった。がやがやと騒がしく戻った講堂から生徒が出て行く。
「教室に戻ったらオリエンテーションだよね。高校二年は文系と理系に分かれる学年だから、その話もするのかなぁ? 月橋くんはどっちにするか決めてる?」
立ち上がりながら、奈瀬が早速話しかけてくる。
「うん。おれは理系。数学得意なんだ」
「数学得意……。羨ましい限りだよ。わたし、計算も苦手だけど、空間的なものが凄く苦手で」
「そうなんだ。おれはむしろ空間の問題が得意なんだ。形とか距離感とかリアルにイメージできるから、楽しくない?」
「…………」
奈瀬は奇妙なものを見るような目つきで陽斗を捉える。陽斗は何となく彼女と目を合わせていたくなくて、すぐに前を向いた。
生徒たちがずらずらと列を作りながら講堂を後にする。
「……それより、さっきの話の続きだけど」
奈瀬は陽斗の言葉に首を傾げてから、思い出したように手をぽんと叩いた。
「わたしが何でそんなに詳しいのか、だっけ?」
陽斗はこくこくと頷いた。
「わたしね、新聞部なの」
確か一年の時、どこからか凄い情報ばかりを入手してくる女子が同じ学年にいるという話を耳にしたことがあった。彼女は廃部寸前だった新聞部を一人で立て直した救世主だと。中には生徒のゴシップ記事のようなものが書かれていて問題になったこともあった。それが奈瀬だったということだ。
「貴重だったり、誰も知らなそうな情報を手に入れると居ても立ってもいられなくて。聞き込み、張り込み、コネまで、使えるものは何でも使う。パパ似なんだ」
(コネ……)
思わず陽斗は苦笑いを浮かべる。
「お父さん似って、奈瀬さんのお父さんは何してるの?」
「わたしのパパはね」
奈瀬はにこにこしながら話を続けた。
「所謂、パパラッチ。気になった人をとことん調べつくし、スクープ写真を提供する。今はね、最近出てきたばかりの凄腕マジシャン、カルマっているでしょ? 彼に密着してるんだよ!」
「へ、へぇ」
(パパラッチってそんな嬉しそうに……。しかも何でカルマに密着……?)
「あのさ、話戻るんだけど、深海の転入の話なんてどこで聞いたの? 今日知って調べるなんて無理でしょ」
陽斗は話を戻した。渡り廊下を行進する大勢の生徒に二人も続く。
「そうだよ。……二週間くらい前だったかな。部室に用があって学校に行ってたんだけど、トイレに入ってたら、そのことを話している先生たちが入ってきたんだ」
教員の間でも話題になっていたらしい。春休みで生徒が少なかったせいで、先生たちも気が緩んでいたようだ。
「『今度高二に転入してくる深海くんって子、警視総監の息子らしいわよ。しかも、本人は今までイギリスにいて、スコットランドヤードに捜査協力をしていたって話よ。どんな子なのかしら』ってね」
「……スコットランドヤードに捜査協力?」
(深海って何者……!?)
今まで聞いたこともないくらいの化物加減に、思わず口が開いた。
「さすがに驚いてるね!」
奈瀬は楽しそうだ。
「こんな話聞いちゃったら、どうしても気になっちゃうでしょ? 早速彼の身辺からイギリスにいた時、帰ってきた経緯まで調べ尽くしたよ!」
D組の前に来て、彼女は人差し指を口に当てた。陽斗は怪訝そうな表情を送る。
「でも、今までの話は内緒だからね! 深海くんから許可をもらったら新聞にも書くつもりだし」
奈瀬はそう言うと、手をひらひらとさせて自分の席に戻っていった。
陽斗は少し恐ろしくなった。下手なことを言ったら最後、言いふらされるか新聞に書かれてしまう可能性がある。
(彼女の前では気をつけよう)
陽斗は心の中で強く誓った。